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			<title>土佐(ドサ)日記</title>
			<description></description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>土佐(ドサ)日記</title>
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding</link>
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		<item>
			<title>さらば、現行憲法無効論</title>
			<description>いのししさんが、國軆護持塾&lt;br /&gt;
    &amp;lt;&lt;a HREF=&quot;http://kokutaigojijyuku.blog100.fc2.com/blog-entry-671.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://kokutaigojijyuku.blog100.fc2.com/blog-entry-671.html&lt;/a&gt;&amp;gt;&lt;br /&gt;
    で、「さらば日本国憲法」と題して、団塊の世代を説得もしくは折伏しようとし&lt;br /&gt;
    てゐる。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; とりわけ、団塊の世代に属する人、だいたい６０代以上の人たちは、&lt;br /&gt;
    &amp;gt; これまで日本国憲法が良い憲法だと信じ、戦後民主主義に揺るぎな&lt;br /&gt;
    &amp;gt; い信頼をおいてきたことと思います。日本が敗戦を迎え、戦争の惨&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 禍を二度と繰り返さないためにも、平和憲法と称される日本国憲法&lt;br /&gt;
    &amp;gt; の精神に感動したのだと思います。そのお気持ちは十分に尊重いた&lt;br /&gt;
    &amp;gt; します。決して間違ってはおりません。ですから、日本国憲法が無&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 効だと言われることで、大変気分を害されることと思います。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    気遣って下さってありがたうございます。（でも、まあ気分を害するところまで&lt;br /&gt;
    は行ってないですね、「無効論はとんでもだなあ」と思ふ程度です。）&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 戦後教育を受けてきた私たちは「自由と民主主義」という価値観を&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 大切にしてきました。これには私も賛同します。異論はありません。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    へぇ、自由と民主主義に賛同なんですか？これは驚きましたな。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; しかし、これが国民主権に基づいていると考えているのであれば、&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 少し事情は異なってきます。では、国民主権とは一体何でしょうか。&lt;br /&gt;
    &amp;gt; その本当の意味を踏まえなければならないと思います。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 国民主権とは元来日本にはない概念であり、「神にも匹敵する国民&lt;br /&gt;
    &amp;gt; の絶対的権力を意味し、国民の一存で国や国王、伝統を破壊するこ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; とを許す」ものです。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    それはまたとんでもな解釈ですな。勿論、国民に主権が有るのだから、国民が全&lt;br /&gt;
    体として誤れば、誤りを犯す事もあるでせう。しかし、世界史を見渡せば、自由&lt;br /&gt;
    と民主主義、もしくは基本的人権の擁護に一番近いのは、国民主権の体制でせう。&lt;br /&gt;
    言い換えると、仰る事は、君主主権が「君主の一存で国や伝統を破壊する事を許&lt;br /&gt;
    す」のと同様全く無い事ではない。しかし、国民主権と君主主権、どちらが自由&lt;br /&gt;
    を始めとする基本的人権の擁護に近いかと言へば、云ふまでもなく、国民主権で&lt;br /&gt;
    せう。十五年戦争のあげく破滅するに至った帝国憲法の御代と現憲法の世の中を&lt;br /&gt;
    比べれば明らかです。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; この意味は戦後教育の中で曖昧にされてきました。戦後、国家観に&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ついて私たちが受けてきた教育のほとんどが捏造であったと言わざ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; るを得ません。様々な言葉の意味のごまかしがあったのです。例え&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ば、自衛隊（本当は軍隊）がその代表ですが、同じようにごまかし&lt;br /&gt;
    &amp;gt; たまま流布しているのが国民主権という言葉です。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    で、どのように胡麻化しているんですか？本来国民主権とはどういふもので、そ&lt;br /&gt;
    れに対して現行憲法もしくは教育はどんな風に間違ってゐるのですか？&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 日本国憲法は国家を監視し縛るという要素は十二分に満たしている&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ものの、これまでの伝統的な慣習を明文化するという面では全く不&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 十分です。むしろ、伝統的慣習から大きく逸脱した内容です。日本&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 人であればこれを到底容認することはできません。&lt;br /&gt;
   &lt;br /&gt;
    「（現代の）憲法が伝統的な習慣を明文化するものでなくてはならない」といふ&lt;br /&gt;
    前提が既にをかしいですね。少くとも立憲主義に立つ日本人であれば到底容認す&lt;br /&gt;
    る事はできません。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 中でも、とりわ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; け容認できないのが国民主権です。君主を排除する権利を国民が有&lt;br /&gt;
    &amp;gt; することは日本人の伝統規範から大きく外れています。なぜ、この&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ようなものが憲法に明記されているのか、疑問を持つべきです。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    なる程、やっぱりそこへ来ますか。君主主権を否定してゐるのが間違ひだ、とい&lt;br /&gt;
    ふ事ですね。私は間違ひではないと思ひますよ。なんだかまわりくどい話をされ&lt;br /&gt;
    てゐますが、そんな論理をいかに弄しても循環論の域を出ないでせう。君主主義&lt;br /&gt;
    が良い、國軆を護持したい、と思ふのは勝手ですが（思ふだけですよ）、他のも&lt;br /&gt;
    のにもさう思へ、といふのであれば、共通の価値（この場合は自由と民主主義で&lt;br /&gt;
    すかね）の実現にとって、帝国憲法に帰る（すなはち國軆を護持する）事が、現&lt;br /&gt;
    行憲法の下に（すなはち国民主権の体制下に）留まるより、ずっと有利である、&lt;br /&gt;
    と示せなければ、単なる「懐古趣味ですね」でおしまい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 国を守れない概念が憲法の三大原則の一つとは一体どういうことで&lt;br /&gt;
    &amp;gt; しょうか。このことをもっと真剣に考えてみてください。よく団塊&lt;br /&gt;
    &amp;gt; の世代の方は日本国憲法の内容は素晴らしい理想に満ち溢れている&lt;br /&gt;
    &amp;gt; と言います。確かにそうですが、前文をはじめ、戦争放棄、国民主&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 権といった原則のほとんどは実現不可能な内容です。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    いえいえ、戦争放棄も国民主権も、今のところ立派に実現してゐますね。現行憲&lt;br /&gt;
    法を改悪してなんとかそれをなきものにしよう、制限しようとやっきの方々も居&lt;br /&gt;
    ますが、その方達は自由も民主主義も理想ではないのでせう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/32140480.html</link>
			<pubDate>Mon, 12 Aug 2013 16:11:09 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>ローマ字は新たな悩み</title>
			<description>高崎さんから貴重なコメントを頂いたのに、すっかり見落していた……&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    野&amp;gt;&amp;gt;&amp;gt; 歴史的假名遣が分らないと結局運用できないつていふ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt;&amp;gt; それは誤解だね。歴史的假名遣ひしか知らない人に向けて書く&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt;&amp;gt; なら、ああするより他に無かった訣で、例えば小学校で一から&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt;&amp;gt; 教へる際には必要ない。現に、「現&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 概ね妥當な御理解かと存じますが、この部分だけ割込すみません。&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 「ああするより他に無かった」&lt;br /&gt;
    &amp;gt; といふより&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 「あれだけで濟んだ」&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ではないかと愚考します。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    最初はどういふ事かよく分らなかったが、つまりは「その時点で歴史的假名遣ひ&lt;br /&gt;
    によって、假名遣ひが比較的よく統一されていた」から「あれだけで済んだ」と&lt;br /&gt;
    いふ事だらうか。正直なところ上げられてゐる例（具合、馬、その他）が「う&lt;br /&gt;
    わっ、大変だあ」という以上によく分ってないので自信はないが、次のコメント&lt;br /&gt;
    で、&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; さういふ疑問が出ないほどに國民を標準化できたのはやはり歴史的&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 假名遣の功績だと思ひます。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    と仰っているので、多分当らずと言えども……なんだろう。（その「疑問」が分&lt;br /&gt;
    かってないのだが。）ともあれ、&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; といふより、歴史的假名遣と現代假名&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 遣には原理的にほとんど何の違ひもないと、私は最近感じてゐます。&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 背景をなす思想によって不倶戴天の敵みたいに見えますが、片方に&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ある現象は必ずもう片方にもあります。昭和21年の『現代かなづか&lt;br /&gt;
    &amp;gt; い』は、あれでなかなか的確な説明だと思ひます。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    は、何の違和感もなく同意できる。（が、やはり問題は字音假名遣ひだな。）&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; ちなみにローマ字ですとこのあたりを一から説明せねばなりません&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ので、ローマ字が「國字」となる日は遠いでせう。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    そんな日は来ないのではないか、と私は思ってゐるが、それより、ローマ字がか&lt;br /&gt;
    らんでくると「假名遣ひ」が一層面倒な事になる……。萩原さんは、「旧假名遣&lt;br /&gt;
    ひで書く日本語」の中で、「いふ」の活用語尾が&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    ha, hi, hu, hu, he, he, &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    となって「きれいなものです」「外国人にも憶へやすい」なんて言ってゐる。し&lt;br /&gt;
    かし、思うても見よ、後になって、その h は発音しないんだよ、しかも、イハウ、&lt;br /&gt;
    でも、イアウ、でもなくて、イオウなんだよ、と言った日には殴られかねないぞ、&lt;br /&gt;
    と私などは心配になる。なんでそんな無理筋を押すんだろね。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    などといふのはしかし、むしろ高尚な悩みで、ヘボン式ローマ字では、「じ・ぢ」&lt;br /&gt;
    はどちらも JI, 「づ・ず」はどちらも ZU で、あっけらかんとしている。しかも、&lt;br /&gt;
    これはパスポートの中の名前では強制される……これはやりすぎではないか、と&lt;br /&gt;
    も思ふが、外国人のための便宜と考へるならば、日本人が既に区別できてゐない&lt;br /&gt;
    音を書き分ける事に意味はないのかも知れない。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    でも、それを云ふなら、文字にした時の読み易さを改善するはずの、「は」「を」&lt;br /&gt;
    はどうなる。それをあっさり WA, O としてしまって良いのか？&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    と、低級な方の「悩み」も絶えず、結局そこで思考停止して、「いや私は歴史的&lt;br /&gt;
    假名遣ひで……」といふ思ひはローマ字には及ぼさない事にして、とりあへずの&lt;br /&gt;
    心の平安を得てゐる。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    いや、得てゐるつもりであるが、悲しい事に、DDSKK のローマ字入力では（多分、&lt;br /&gt;
    他の IME でも同じだと思ふが）HA, WO, WI（ゐ） WE（ゑ）と入力するので、&lt;br /&gt;
    そうそう「忘れたふり」はできないのであった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/32134455.html</link>
			<pubDate>Sun, 11 Aug 2013 11:50:24 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>旧無効論は頑迷固陋</title>
			<description>&amp;gt; 一度改正限界を超えた改正を認めたならば、二度でも三度でも改正&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 限界を超えた改正をする事も認められなければならない。前例主義&lt;br /&gt;
    &amp;gt; と云ふ奴だ。だから改正限界を超えた改正は、絶對にやつては行け&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    「だから……」などと、おためごかしは止めて下さいな。二度目の限界を超へた&lt;br /&gt;
    改正は、「國民主権の否定」になるでしょうが、それは確かに嫌だ。だからと言っ&lt;br /&gt;
    て、一度目の改正限界を超えた改正を無かった事にしたら、やっぱり國民主権で&lt;br /&gt;
    はなくなる。そんな屁理屈を「成程」と思ふのはよっぽどの阿呆でせうな。少な&lt;br /&gt;
    くとも民主主義者には居ませんよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 大日本帝國憲法から「日本國憲法」への「改正」は、自由意志に基&lt;br /&gt;
    &amp;gt; づかない状況下で行はれた「改正」であり、内容的にも「改正限界&lt;br /&gt;
    &amp;gt; を超えた改正」であつたわけだから、有效と認められたら行けない&lt;br /&gt;
    &amp;gt; わけだ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    主権を恢復して六十年これでやってきたのだから、「自由意志に基かない」とか&lt;br /&gt;
    「押しつけ」だなんてのは当らないと思ひますよ。あと、改正限界を超えた改正&lt;br /&gt;
    だから無効といふ議論は、たとへ当ってゐたとしても、憲法の施行までしか「有&lt;br /&gt;
    効」でないでせう。そもそも、改正限界に関する明文規定はありませんし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; どんなに「いい内容」に「なつていた」としても、改正の手續きに&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 問題があり、形式的に問題があつたのならば、改正としてダメであ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; る。法は、内容が良ければそれで良い、と云ふものではない。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    いやいや、帝國憲法の改正手続きに完璧に沿ってますよ。何の問題も無いですね。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 1992年から正かなづかひで書いてゐるから、「正かなづかひやめろ」&lt;br /&gt;
    &amp;gt; とか言はれるのは俺の半生を否定されるのと同じなわけで、本當に&lt;br /&gt;
    &amp;gt; やめてほしい。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    なあんだ、野嵜さんの都合だけだったんですか。だったら、そんな事を云ふ人を&lt;br /&gt;
    無視すれば済む。ひょっとして、無効論もパッションというか御自身の都合で主&lt;br /&gt;
    張してゐるとか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 法学者が「改正しなくても今の憲法をうまく運用してやっていく事&lt;br /&gt;
    &amp;gt; は可能だ」と言つても、耳を貸す必要はない。彼等はただ、運用が&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 可能かどうかを述べてゐるに過ぎないからだ。&lt;br /&gt;
     &lt;br /&gt;
    どうして「……からだ」となるのか、よくわかりませんが……ともあれ、それを&lt;br /&gt;
    云ふなら「帝國憲法に一旦戻って、民主的に改正すればよい」ってのは、遥に&lt;br /&gt;
    「とんでも」ですな。何しろ「どうやって戻るかわからない、その後どう改正&lt;br /&gt;
    するのかも分らない」んですもんねぇ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 重要なのは、「こんな憲法でやつていくつもりはない！」と云ふ意&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 志を國民が持つ事である。アメリカ人も支那人も、「こんな憲法」&lt;br /&gt;
    &amp;gt; を戴いてゐる國民の精神を嘲つてゐるのである。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    また、聞いてきたやうな嘘を……。さうさう、一遍「新旧無効論」を中国人や米&lt;br /&gt;
    国人にぶってみたらどうですか？嘲笑はれる事間違ひなし。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31853086.html</link>
			<pubDate>Wed, 19 Jun 2013 13:35:58 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>野嵜さんの十年一日（その 2）</title>
			<description>&amp;gt; 歴史的假名遣で大抵合理的だから、下手に改變しない方が良いと思&lt;br /&gt;
    &amp;gt; つてゐる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 少數の人間が作つた「現代仮名遣い」よりも、無數の人々が育んだ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 歴史的かなづかひの方が合理的になるのは理の當然。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    それが根本的な勘違ひだよね。無数の人々が育むのは「表記のゆらぎ」、それを何&lt;br /&gt;
    とかしようといふのが假名遣ひでせう。表記の規範は誰かが作らなければ、自然&lt;br /&gt;
    にはできない（馬鹿念ですが）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 少數の人間が權力で「現代仮名遣い」を押附けた事に俺は反對して&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ゐるわけ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    別に押し付けてないよ。野嵜さんも（私も）平気で、（なんちゃって）歴史的假&lt;br /&gt;
    名遣ひを使ってゐるではないですか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 狸は「野嵜も権力を握って歴史的かなづかひを押しつければいいだ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ろう」と言つたが、「少數の人間が權力を握つて特定の言葉遣ひを&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 押しつける」事に俺なんかは反對してゐるわけ。それが狸には理解&lt;br /&gt;
    &amp;gt; できなかつた。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    うん、ならば、現状はどうしやうもない訣だ。大勢が決まってしまっゐて、なお&lt;br /&gt;
    かつ強制もされてゐないのだから、勝手に歴史的假名遣ひを使ってゐれば良いだ&lt;br /&gt;
    けの話だしね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 俺は、言葉が特定の少數の人間に支配される事に反對してゐる。だ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; から、自然に成立し、或は學問的に定められた歴史的かなづかひを&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 支持してゐるわけだ。歴史的かなづかひは特定の少數の人間によつ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; て押附けられたものではない。それは自然に存在するものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 斯う言ふと、歴史的かなづかひ「も」明治政府が押附けたものだ、&lt;br /&gt;
    &amp;gt; なんて言出す人が出てくるのだが、明治政府は歴史的かなづかひを&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 採用したに過ぎない。明治政府が歴史的かなづかひを創作した事實&lt;br /&gt;
    &amp;gt; はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    明治政府が決めたのではないでせうが、同時に「自然に成立する」訣もなくて、&lt;br /&gt;
    学問的に定められたのですよ。で、それを採用しようと決めた人が明治政府の中&lt;br /&gt;
    に居た訣だ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    しかも、文部省は、後にそれを表音的に改変しようといふ急先鋒だった。それを&lt;br /&gt;
    押し止めたのは貴族院だったやうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; なぜかかなづかひの話でも憲法の話でも、敗戰直後の問題に目をつ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ぶり、明治政府の惡口を言つて、話を逸らさうと必死になる人が續&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 出する。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    話を逸らさうとしてゐるのではなくて、貴方の論旨が反駁されてゐるだけ。必死&lt;br /&gt;
    になってゐるのは野嵜さんの方だよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; にっちも@nitchimo&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ここで立場が別れると思うのですが、僕は「創作でも上手ければい&lt;br /&gt;
    &amp;gt; い」という立場なのです。ただ、現代仮名遣いは決して上手い創作&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ではなく、歴史的仮名遣の方が優れていると考えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    さうですね、至極妥当は判断だと思ひます。が、&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 言葉なんかでは、自然に成立した約束事の方が増しなものになるに&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 決つてゐる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    って決め付けてお仕舞……&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 何しろ、正義は相對的で、一人一人「正しい」と思ふものは違ふの&lt;br /&gt;
    &amp;gt; だから、少數の人が自分の正しさを信じて「新しい言葉」を提言し&lt;br /&gt;
    &amp;gt; たところで、誰からの反對もなく贊同を得られるなんて事があるわ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; けがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; しかし、自然に成立した言語なら、賛成するも反對するもない、そ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; れを使ふしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; だから俺は、創作された言葉の約束事なんてダメに決つてゐる、自&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 然に成立した言葉の約束事にみんな默つて從ふしかない、つて思つ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; てゐる。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    まあ、何といふか、話のわからん人だねぇ。自然に成立するのは話言葉で、どん&lt;br /&gt;
    どん変化するし方言もできる。歴史的假名遣ひはそれとは遠いでせう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 英語やフランス語を勉強した人なら全員知つてゐるんだが、動詞の&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 活用の仕方には規則變化と不規則變化がある。全部規則變化にして&lt;br /&gt;
    &amp;gt; しまへば合理的なんだらうが、結局そんな事はされてゐない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; みんな約束事だからそのままそつとして置いてゐるわけだ。難かし&lt;br /&gt;
    &amp;gt; くても覺えるしかない。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    いや、話言葉の不規則変化が変はらないから、書き言葉も変はる必要が無いだ&lt;br /&gt;
    け。ったく味噌も糞も……の議論だからね&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; なら、日本語で「合理化」だの「体系化」だのをしようだなんて、&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 考へる事もないわけだ。全部約束事なんだから、そのままそつとし&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ておけばいい。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    あらま、学問的（科学的）に決まったものじゃなかったの？この変がふらふら&lt;br /&gt;
    しながら、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; となると、「現代仮名遣い」なんかを「作った」のは言葉の本質を&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 知らないただのバカ、と云ふ事になる。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    など言ふのは、まったくのアホと言ふ事ですな。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31800275.html</link>
			<pubDate>Mon, 10 Jun 2013 17:11:01 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>野嵜さんの十年一日（その 1）</title>
			<description>なにやら、また国語表記の話が盛り上ってゐる（野嵜さんが誰かと喧嘩したのか&lt;br /&gt;
    な？）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 「現代仮名遣い」で「書くものだ」つてみんな言ふのだけれども、&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 「新しく創作された現代仮名遣いで書いていい」なら、みんな「新&lt;br /&gt;
    &amp;gt; しく書き方を創作していい」つて事になるんで、「現代仮名遣い」&lt;br /&gt;
    &amp;gt; を守るべき理由は何一つない。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    普段論理がどうかうと言ふ割には、こういふ没論理を平気でやるからなぁ。假名&lt;br /&gt;
    遣ひは書き表し方の規則だから、（創作されたかどうかは置くにしても）みんな&lt;br /&gt;
    が創作して良い、なんて議論にはならんでせうよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; がんばつて「現代仮名遣い」なんてものを作るくらゐなら、既存の&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 歴史的かなづかひをそのまま使つてゐれば良かつたのだ。「現代仮&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 名遣い」はただの無駄。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    そんな事はないと思ふよ。難しすぎる歴史的假名遣ひをやめたおかげで、今や高&lt;br /&gt;
    校を出た程の人が、假名遣ひを間違ひ捲る、なんて事は無くなったし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 「せっかく現代仮名遣いを作ったのだから、歴史的かなづかひは古&lt;br /&gt;
    &amp;gt; くて今の時代には使いものにならないことにしましょう」なんてみ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; んな言つて、自分を欺して、滿足しようとしてゐる。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    なんの、使ってみたら易しくてなかなか良い、ちょっと情緒には欠けるが、と思っ&lt;br /&gt;
    てゐるだけですよ。自分を騙してなんて、野嵜さんの苦し紛れでせう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ところが、歴史的かなづかひで十分物を言へる事を、俺なんかが證&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 明してしまつてゐるから、みんな怒つてゐるわけだ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    がははは、これこそ野郎自大の極みだね。野嵜さんの没論理や罵詈雑言が、歴史&lt;br /&gt;
    的假名遣ひを使ふ人に共通だなんて思はれては迷惑だ、と皆思ってるんぢゃない&lt;br /&gt;
    の？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    珍しく別の方々からの「提案」も有った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; にっちも@nitchimo&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 僕は国語表記に関しては「合理的なものを作ろう」という方が強い&lt;br /&gt;
    &amp;gt; んで、保守的な発想で歴史的仮名遣を支持している人とは相容れな&lt;br /&gt;
    &amp;gt; いはずなんだけれども、それでも「現代仮名遣い」をベースにしよ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; うとは絶対に思わないし「歴史的仮名遣」をベースに改変する方向&lt;br /&gt;
    &amp;gt; になる。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    さういふ是々非々は野嵜さんには通じないですよ、きっと。何しろ鸚鵡真理教な&lt;br /&gt;
    んだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 名賀月晃嗣 (あっきー)@acy&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 既に原稿を送つたから書くけど、昭和21年の「現代かなづかい」つ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; て、歴史的假名遣から現代仮名遣にどう對應させるか、つて表が本&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 體だから、歴史的假名遣が分らないと結局運用できないつていふ、&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ね……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    それは誤解だね。歴史的假名遣ひしか知らない人に向けて書くなら、ああするよ&lt;br /&gt;
    り他に無かった訣で、例えば小学校で一から教へる際には必要ない。現に、「現&lt;br /&gt;
    代假名遣」では、本文から外されてゐるし、歴史的假名遣ひを知らなくても、ちゃ&lt;br /&gt;
    んと「運用」できてるよ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31793833.html</link>
			<pubDate>Sun, 09 Jun 2013 16:53:35 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>野嵜さん、語るに落ちる</title>
			<description>野嵜さんも、たまには良い事を言ふ……&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 理解した事だけを書く人の文章は理解出來る。理解してゐない事を&lt;br /&gt;
    &amp;gt; わけがわからないまま書いてゐる人の文章はわけがわからない。そ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; れだけの話だ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    確かに。野嵜さんも最近は少し自省できるやうになったって事か？もしくは「言&lt;br /&gt;
    ふだけだったら誰でも言へる」のたぐひか？&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 人の言つてゐる事の「行間」を勝手に讀んで、「ちょっちょっちょっ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; と待って下さい野嵜さん。あなたの言つてゐるのはかういふ事です&lt;br /&gt;
    &amp;gt; よね」とか言つて、こつちの言つてゐない事を勝手に極附けて、自&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 分に都合のいいやうに解釋しては、好き放題に非難して呉れる、N爺&lt;br /&gt;
    &amp;gt; なんて人がゐるんだが。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    あっはっは、本当ですか野嵜さん。「そんな事は言ってないぞ」といふのはもっ&lt;br /&gt;
    ぱら N爺のセリフだったが。それにしても、もしさうなら反論は簡単。「さうで&lt;br /&gt;
    はなくて、かう言った」とその場で返せば良い。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; N爺つて人は、論理學を知らないから、ポパーの言つてゐる事でも論&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 理的な歸結だと理解しないで全部イデオロギーの發露だと解釋する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    「反証主義」が論理的な帰結だって？で、爺がそれをイデオロギーの発露だと思っ&lt;br /&gt;
    てるって？ そんな馬鹿な。人を謗るつもりで、自分の「頓珍漢」を露呈してどう&lt;br /&gt;
    するんですか？&lt;br /&gt;
        といふか、もう殆んどいつも晒しっぱなしか。最近では&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    野&amp;gt; しかし「ポパーはそんな事言ってない」つて具體的な反證を擧げれ&lt;br /&gt;
    野&amp;gt; ばいいだけなのに、なんでN爺氏は擧げないんだらうね。ポパーに&lt;br /&gt;
    野&amp;gt; 何も學んでゐないのではないだらうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt; あっはっは、「ポパーはこういふ事も言った」に、「具体的な反証」は挙げやう&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt; がないでせうに。それは反証不可能なんですって。（やっぱり野嵜さん「反証主&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt; 義」がちっとも解ってない。ちなみに、「仮説が反証可能である」ってどういふ事&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt; が解ってますか？）ちなみに、「そんな事は言ってない」は反証可能で、「ほら、&lt;br /&gt;
    爺&amp;gt; ここにあるぢゃん」で OK。    &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    なんてやりとりも有りましたね。遠吠えしてゐる暇が有ったら、少しはポパーを&lt;br /&gt;
    真面目に読んではどうですか？読んで分らなかったら、相談に乘りますよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; で、N爺氏は論理學を知らないから、俺が「人は自分を超えた外部の&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ものを認めるべきである」つて言ふと「何でもかんでも外部のもの&lt;br /&gt;
    &amp;gt; に從へつて言ふんですか。それは變でせう（笑）」なんて變な反論&lt;br /&gt;
    &amp;gt; をしてくる。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    あっはっは、こりゃまさに「そんな事は言ってないぞ」の典型だね。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    それで野嵜さん、少し前には「辛うじて三段論法」（全称・特称命題）あたりだっ&lt;br /&gt;
    たやうですが、そこから少しは進歩したんですか？&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    最近は「没論理がばれるかも知れない」と思ふのか、少し用心深くなって、あま&lt;br /&gt;
    り具体的な事や纏まった話をしないから、進捗の度合ひが良く分らないよ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31667120.html</link>
			<pubDate>Sun, 19 May 2013 13:41:25 +0900</pubDate>
			<category>幼児教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>「批判を人格否定」ととる野嵜さん</title>
			<description>野嵜さん、N爺の「批判」がよっぽど応えたのか、珍しく、Twitter で反論……&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; N爺つて人は、「私はWikipediaに載つてゐたポパーの言葉とされて&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ゐる文章をコピペしないとポパーを理解してゐるとは認めない」つ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; て言つてゐるんですよね。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    あはは、誰がそんな事を。でも、まあ、論拠はともかく、ちっとも理解できてな&lt;br /&gt;
    いのは確かだよね。（Wikipedia を読んだのは進歩だけど。ちゃんと著作も読&lt;br /&gt;
    みなさいよ。）&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; ところがそんなN爺氏が「野嵜のこの發言の意味は、實は斯う云ふ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 事なんだ、と私は思ふんです」つて言ふんですよ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    まあ、人の誤読の程度を忖度するんだから、所詮は想像だからね。N爺は謙虚なん&lt;br /&gt;
    です。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 都合の良い二枚舌つて奴だ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    それは言葉の使ひ方を間違ってると思ふよ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; N爺つて人は、左翼だから、ネトウヨの野嵜を叩きたくて、それで惡&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 意で人の言つてゐる事を捉へてゐるだけなんですね。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    だから、さういふ時は「思ひます」って言はないと……。だって、その忖度てん&lt;br /&gt;
    で間違ってるんだから。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    それはともかく、肝心の「野嵜さんの反証主義理解は間違ってゐる」の方はどう&lt;br /&gt;
    なったんですか？&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; だからN爺氏の發言は偏つてゐるわけで、それで誰もN爺氏のブログ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; を讀まないわけです。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    だから、その「だから」も間違ってますって。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    それもさうだが、いつだったか、野嵜さん&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 日本人の民族主義者と話したときにも感じたんだけど、日本人は批判&lt;br /&gt;
    &amp;gt; されると人格を否定されたと感じるらしいの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    なんて事も囀ってゐたなぁ。やっぱり野嵜さんも日本人だった、といふ事らしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    でも、日本語がとても拙いので、さうも言ひ切れないか。やっぱり（日本人っぽ&lt;br /&gt;
    い）ネトウヨ？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31606326.html</link>
			<pubDate>Thu, 09 May 2013 05:42:10 +0900</pubDate>
			<category>その他インターネット</category>
		</item>
		<item>
			<title>旧無効論再訪</title>
			<description>こちらに関しては鳴りを潜めていたのに、憲法記念日ともなると、いっちょかみ&lt;br /&gt;
    してみたくなったのか、囀って曰く&lt;br /&gt;
        &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 本當は、獨立を恢復した時に、「日本国憲法」なんて破毀して、大&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 日本帝國憲法のまともな改正をやるべきだつた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    誰もさうするのがまともだと思はなかったみたいですね、田師周辺以外は。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 占領下で眞面目に改憲の議論をやつた擧句、G.H.Qから一方的に憲法&lt;br /&gt;
    &amp;gt; を押附けられたんで、最うみんな投遣りになつちやつたんだな。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    また、そんな嘘を。松本委員会では真面目な議論なんてやってない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 乞食は3年やるとやめられなくなるさうである&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    いや、乞食は結構辛いよ。やめられないのは「（何故だか）食える無職」でせう。&lt;br /&gt;
    ねえ、野嵜さん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; @dagon_kawadu 大日本帝國憲法が「良い」、と云ふのではありませ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ん。先に「あつた」のであり、先にあつた法は優先されるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    さうさう、先にあった帝國憲法の規定に沿って、日本国憲法に改訂したのですよ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; @dagon_kawadu 福田恆存の主張したやうに、私も現憲法の破毀と大&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 日本帝國憲法の復活、そして、大日本帝國憲法の即時改正を主張し&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ます。改正の方法が問題なので、内容が問題なのではありません。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    日本国憲法への改正に問題はないでせう。むしろ、どういふ法的根拠もないのに、&lt;br /&gt;
    破棄したり復活したりなんて、とんでもない過激思想です。といふか、思い切り&lt;br /&gt;
    投げ遣りですよね。あと、内容が問題でない、といふのも嘘で、天皇主權（一条&lt;br /&gt;
    から四条）は変ヘられないんですよね。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    それもさうだが、具体案が皆無だね。新無効論も、新憲法による国会決議&lt;br /&gt;
    で良い、なんて「わけわか」を言ってゐるが、旧無効論の「皆無」よりは見所が&lt;br /&gt;
    有った。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    ったく、鸚鵡みたいに田師のトンデモを繰返すだけで、いつまで経っても何の&lt;br /&gt;
    進歩もないね、鸚鵡真理教は。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31594815.html</link>
			<pubDate>Tue, 07 May 2013 10:37:54 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>野嵜さんの没論理（相変らず……）（その 2）</title>
			<description>野嵜さんが、連休で暇が有ったのか、えらく沢山のコメントをつけてくれた。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    以下、N&amp;gt; が野嵜さんが引用した N爺の言ひ分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     N&amp;gt; てっきり、それが鸚鵡真理教の教義に都合が悪いから、だと思っ&lt;br /&gt;
     N&amp;gt; てゐましたよ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     &amp;gt; またぞろ「思ってゐました」！ 獨斷。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    はあ、「思ってゐました」が何で独断なの？野嵜さんの日本語理解能力ってかな&lt;br /&gt;
    り問題が有るよね。それとも、「教義に不都合」が逆鱗に触れたのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     N&amp;gt;「決まり事」が「外部」にあったら何でもそれに従はねばらなない、&lt;br /&gt;
     N&amp;gt; と思ふべきだと？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     &amp;gt; そつと「何でも」つて言葉を紛れ込ませる不誠實。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    なんと仰る野嵜さん。話を原則らしくしてあげただけですよ。それとも、「決ま&lt;br /&gt;
    り事が外部に有ったら従はなくてはならない（が、何でも、といふ訣ではない）」&lt;br /&gt;
    といふのが、野嵜さんの言ひたい事だったんですか？（緩い文章ですなあ。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     N&amp;gt; それなら野嵜さんが、確かに「外部に有」ったきまり事の「変体假&lt;br /&gt;
     N&amp;gt; 名」とか「字音假名遣ひ」とかに従はなくて良いと思ふ理由は何？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     &amp;gt; 優先順位が低いから。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    あ、やっぱりね。原則の基準は野嵜さんが決めたんだ。といふ事は、野嵜さんの&lt;br /&gt;
    いふ「他人に従って」は、「野嵜さんに従って」といふ意味だったんだ。これは&lt;br /&gt;
    笑へるね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     N&amp;gt;何で「即座に」なのかが解りかねるが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     &amp;gt; 「決り事を「自分で決める」と云ふのは、要は「他人には従わない」&lt;br /&gt;
     &amp;gt; と云ふ事であり」つて説明した。なぜ説明が直前にあるのにN爺に&lt;br /&gt;
     &amp;gt; は讀めないのだらう。自分に都合の惡い言葉は、N爺には見えない&lt;br /&gt;
     &amp;gt; らしい。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    いえいえ、基準（優先順位と閾値）を野嵜さんが決めたんだ、と解ったら話は見&lt;br /&gt;
    えて来ましたよ。といふか、単なる手前勝手だと解りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     N&amp;gt; 推測するに、字音假名遣ひに従はない野嵜さんは、「自分が一番偉&lt;br /&gt;
     N&amp;gt; い」と思ってゐるって事？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     &amp;gt; またさうやつて獨斷を振囘すー。N爺さんはそんなにご自身の「推測」&lt;br /&gt;
     &amp;gt; とやらが信用できると言ひたいのですか。苦笑。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    あっはっは。これをどう読んだら、私が「自分の独断を振り回してゐる」とか&lt;br /&gt;
    「自分の推測を信用してゐる」事になるわけ？（どうやら、英語や数学だけでな&lt;br /&gt;
    く現代国語も中学あたりからやり直した方が良ささうだね。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
     &amp;gt; 既に書いた通り、字音假名遣は優先順位が低いから「覺えなくて&lt;br /&gt;
     &amp;gt; も大丈夫」つて俺は言つてゐるんだよ。それに、俺は字音假名遣&lt;br /&gt;
     &amp;gt; に從つてゐないなんて事はない。漢字で書くから字音假名遣が表&lt;br /&gt;
     &amp;gt; に出て來ないだけだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    まあ、なんといふ無理な言い逃れを。憶えなかったら勿論使へないから「憶えな&lt;br /&gt;
    くて良い」は「使はなくて良い」とほぼ同義だよね。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    そもそも、野嵜さんが実際に使ってゐるかどうかではなく、「外部に有ったもの」&lt;br /&gt;
    の中で、採用すべき範囲はどう決めたの？が問題なのでした。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    ともあれ、もう無理押し（「自然に有ったものを採用した」、「俺に従はない奴&lt;br /&gt;
    は自分が一番偉いと思っていゐる」）はやめて、「戦前の公教育のために採用さ&lt;br /&gt;
    れた規範に従ふべきだ」、と言ってしまってはどうですか？ ミもフタもないです&lt;br /&gt;
    が、少くとも何をどうしろと言ってるのかは解ります。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
     &amp;gt; 嘘も大概にし玉へ、と言ひたいが、嘘を吐けるほどN爺氏は頭が良&lt;br /&gt;
     &amp;gt; くないと俺は思つてゐる。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    殆んど質問だったから、何を嘘だと言ってゐるのか解りませんが、ともあれ、野&lt;br /&gt;
    嵜さんの言い逃れや没論理に気がつくくらゐはできるやうですね。（まあ、誰に&lt;br /&gt;
    でもできるでせうが。）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31582234.html</link>
			<pubDate>Sun, 05 May 2013 13:57:38 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
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		<item>
			<title>野嵜さん、ポパーを騙る（続）</title>
			<description>久し振りに野嵜さんがコメントしてくれた……。しかし、やっぱり無理っぽい。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 「ポパーさんがさういふ事を言った事は無い、とは言ひきれないけ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ど、でも、 違ふと思ふよ。」はいはい獨斷獨斷。あなたはいつもこ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; れ。自分の好みに反すれば「間違ってる」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    まあ、さういきりなさんな。ポパーさんの著作はたくさん有るので、それを全部&lt;br /&gt;
    読んだ上ででないと、絶対無い、とは言えないでせうが。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    で、ポパーさんが&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 人間は假説を述べられるだけで、それが間違つて&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ゐる事ははつきりさせられる、しかし、或假説が永遠に正しいなん&lt;br /&gt;
    &amp;gt; て事は誰も證明できない、と書いた。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    とあるのは、どの本のどのあたりの事なんですか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; あと、俺が「假説」つて言つてゐるのは、「「反証可能  なのに」&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 反証されてない仮説」だからね。別にポイントなんて外してはゐな&lt;br /&gt;
    &amp;gt; い。N爺氏がいちいちつまらないいちやもんつけを試みてゐるだけ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; の事だ。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    いやいや、上の引用からすると、それは後付けの弁解でせう。そういふ理解に基&lt;br /&gt;
    いて、上の文章を書き直してみて下さいな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; N爺せんせいは、言葉遊びで好い氣になつてゐないで、まともに人&lt;br /&gt;
    &amp;gt; の言つてゐる事を讀んだらどうですかね。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    ええ、まともに読んだから、ああいふ感想になるんですってば。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; しかし「ポパーはそんな事言ってない」つて具體的な反證を擧げれ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ばいいだけなのに、なんでN爺氏は擧げないんだらうね。ポパーに&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 何も學んでゐないのではないだらうか。 &lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    あっはっは、「ポパーはこういふ事も言った」に、「具体的な反証」は挙げやう&lt;br /&gt;
    がないでせうに。それは反証不可能なんですって。（やっぱり野嵜さん「反証主&lt;br /&gt;
    義」がちっとも解ってない。ちなみに、「仮説が反証可能である」ってどういふ事&lt;br /&gt;
    か解ってますか？）ちなみに、「そんな事は言ってない」は反証可能で、「ほら、&lt;br /&gt;
    ここにあるぢゃん」で OK。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    &amp;gt; まあ、手許にポパーの本がありませんから、とか、N爺せんせいは&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 言ひ訣するんだらうけど……そんな言ひ訣するくらゐなら默ればい&lt;br /&gt;
    &amp;gt; いのに。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
    ええっ、それはまた失礼な言い草ですなあ。大分前に、今は手許に何冊か有る事&lt;br /&gt;
    を言ったし、「反証主義理解のために、このあたりを読んでみたら」ってアドバ&lt;br /&gt;
    イスまでしてあげたのに……&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    &amp;gt; 具體的な材料も持つてゐないN爺氏が妙な原理主義と熱意だけでけ&lt;br /&gt;
    &amp;gt; ちをつけて呉れても、讀み手には迷惑なだけなんだよね。何一つN&lt;br /&gt;
    &amp;gt; 爺氏の發言からは得るものがない。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    まあ、どんな良いアドバイスをしてあげても、聞く耳もたない、もしくは理解で&lt;br /&gt;
    きない人には「得るものがない」でせうな。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
    勉旃勉旃</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gahahayoumustbekidding/31581910.html</link>
			<pubDate>Sun, 05 May 2013 12:26:33 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
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