「怒鳴り声ばかり」震災直後の菅前首相の言動とは2011.12.23 23:32 産経新聞
東京電力福島第1原発事故直後、政府の現地対策本部長を務めた池田元久前経済産業副大臣は、3月11日の事故発生から5日間を記した覚書を明らかにした。菅直人首相(当時)が原発視察に訪れた際、周囲に怒鳴り散らした様子などが生々しく記録されている。池田氏は産経新聞の取材に「現地対策本部がどう対応し、考えたか。ありのままを記録にとどめた」と語った。 12日午前4時すぎ、菅氏の原発視察の連絡が入った。覚書は当時の池田氏の違和感をこう伝える。
「こうした災害では人々の生存の可能性が高い初動の72時間が、決定的に重要だ。指揮官は本部(首相官邸)にとどまって対応にあたるべきだ…」
原発に到着してバスに乗り込んだ菅氏は、隣に座った東電の武藤栄副社長(同)を攻め立てた。覚書には「初めから詰問調であった。『なぜベント(排気)をやらないのか』という趣旨だったと思う。怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばにいてもよく分からなかった」と記されている。
「何のために俺がここに来たと思っているのか!」
菅氏は免震重要棟に入ると夜勤明けの作業員が大勢いる前で怒声を上げた。池田氏は「これはまずい。一般作業員の前で言うとは…」と感じた。
2階の会議室でも、菅氏は第1原発のベント実施を求めて出席者に厳しく問い詰めた。吉田昌郎所長(同)は「決死隊をつくってでもやります」。菅氏の口調は、東電側にだけでなく、福島県の内堀雅雄副知事や班目春樹原子力安全委員長にも厳しかった。
菅氏の振る舞いを見た池田氏は同行した寺田学首相補佐官(同)に「首相を落ち着かせてくれ」と頼み、同席した関係者に「不快な思いをさせてしまった」と陳謝したという。
当時を「戦場の指揮官のような心境だった」と振り返る池田氏は、最高指揮官だった菅氏の言動について「僕もあきれた」と述懐する。覚書には「指導者の資質を考えざるを得なかった。指導者は短い時間であっても沈思黙考することが大事だ。大局観をもって事にあたらなければならない」と記している。
原子力安全・保安院などの対応については「冷戦後いわれたデタント(緊張緩和)ぼけに陥っていた」「何となく原子力安全神話のムードに包まれていた」と指摘している。
池田氏は5月19日に体調を崩して入院したが、菅氏は国会で追及されるまでこの事実を公表せず、10日間以上も現地対策本部長が不在となった。7月には菅氏は池田氏を経産副大臣から更迭し、中山義活政務官を昇格させようとしたが、国対の反対で撤回している。
-------------------------------------------------------------------------------------------- 改めて歴史に最大の汚点を残したことが明らかになった。
菅直人は今直ぐに議員を辞職すべきだ。
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民主党は終わりました・・・・
2011/12/24(土) 午前 11:41 [ 2971 ]
> 2971さん
完璧ですよね(-_-メ
2011/12/24(土) 午後 1:08 [ があぁおパパ ]
震災は確かに不幸な出来事でしたが
こんな人間が当時の首相であった事は日本にとって本当に悲劇でした
こんな時に鳩山じゃなくて良かったと思ったものでしたが
どっちもどっちでしたね
2011/12/24(土) 午後 10:07
> きらきらさん
結局は民主党の成り立ち自体が曖昧で、力を一本化する能力が不足していることが原因でしょうね。
全く期待感ゼロのまま未だにゴキブリホイホイに絡まったゴキブリのように前進できないままで、もう既に力尽きる寸前でしょう。
傷口が開く前に選挙で今の閉塞感を打開したいですね。
2011/12/25(日) 午前 8:16 [ があぁおパパ ]