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自然美を求めて
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錦帯橋

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  日本三名橋のひとつ 五径間木造アーチ橋『錦帯橋』

  橋長:約193m 幅:5m アーチ部分の最高点は川床から約13m


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  美しいアーチを描く姿は、見ごたえあります。


  訪れた時はどんよりとした曇り空でしたが、2時間後にはこのように青空
  が広がり見事なアーチ橋が浮かび上がってきました。  

  右山上に見えるのは「岩国城」、左上はロープウェイ乗り場です。



  訪れた時の橋姿
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   曇り空でもあっても、こうした水面に映し出される姿を観ることが
   出来ました。


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   この場所では、3ケ月もすれば桜に彩られた錦帯橋を見ることが出来る
   でしょうね。

   春は桜、夏は花火、秋は紅葉、冬は雪景色。
   どの時期も見てみたいものです。


  

安芸の宮島

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  干潮時の大鳥居の袂に集う観光客。

  この大鳥居は、高さ:16m 重さ:60t
  海底に埋め込まれているのではなく、鳥居自体の重さと箱型の島木に
  詰め込まれた石の重さだけ立っています。
  現在の大鳥居は八代目だそうです。



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  大鳥居から本殿方向を望む



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  廻廊から大鳥居を望む


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  客(まろうど)神社本殿越しに望む五重塔


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  国内唯一の海に浮かぶ「能舞台」


  以前訪れた時は満潮時で、
  海水に覆われた厳島神社は、さらに厳かな雰囲気を醸し出していました。


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    五重塔と龍髯(りゅうぜん)の松

     横に伸びる松の二枝を龍のほおひげに見立ててた「龍髯の松」
     樹齢200年以上だそうです。


飛 天

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  豊前市岩屋地区にある「岩洞窟(がんどうくつ)」

  その洞窟の天井に彫られた『飛 天』
  極楽浄土に住むとされる鳥で、上半身は菩薩・下半身は鳥という姿をした
  想像上の生き物。(迦陵頻伽とも呼ばれています)

  これは平安時代末期に描かれたといわれています。

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  この薬師堂には、平安時代後期と思われる木造仏が安置されているとか。
  画面中央部に「飛天」の姿が見えます。

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  石仏11体は江戸時代の作と言われています。

  昔のままの信仰の形が残された素晴らしい史跡です。


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  「肥前さが幕末維新博覧会」のメインパビリオン。
    肥前さが幕末維新の「技」
      −日本の産業革命は 佐賀から始まったー

  4つのテーマに分かれたシアター感覚で、幕末維新期の佐賀の偉業や偉人の
  活躍を紹介しています。

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  佐賀城址にもあったカノン砲。
  さすが、鋼鉄製大砲の製造技術の最先端を誇る藩です。
  日本で初の実用蒸気船「凌風丸」の建造にも成功しています。

  佐賀の7賢人
   鍋島 直正  佐賀藩第十代藩主 近代化の先駆者
          島津斉彬と従兄弟(母方)
   佐野 常民  博愛社(のちの赤十字社)創設 大蔵卿
   島 義勇   北海道開拓使主席判官 佐賀の乱にて刑死
   副島 種臣  参議 外務卿 内務大臣卿
   大木 喬任  初代文部卿 参議兼司法卿
   江藤 新平  司法制度の整備 司法卿・参議 佐賀の乱にて刑死
   大隈 重信  早稲田大学創設者 二度の内閣総理大臣

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  この場所を後にして、

  目指すところは、世界文化遺産『三重津海軍所跡』

  国産初の実用蒸気船を建造した幕末佐賀藩洋式海軍の拠点です。
  日本が西洋の船舶技術を導入し、自力で近代化を目指したことがわかる
  貴重な遺跡です。

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  …が、見渡す限り広い河川敷でしかありません。
  所々に説明版があるのみです。

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  ここは海軍術の訓練や様式軍艦の修理などが行われた施設で、調査により
  発掘されたドライドッグは現存する中で日本最古のもので、2015年
  「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録されています。

  ドライドッグは木組であるため保存のために埋め戻されています。
  
 
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     発掘時の状態       ©佐賀市
 
  隣接する佐野常民記念館で「みえつSCOPE」(VR機器)を借りて、
  約160年前の三重津海軍所のイメージパノラマ画像を散策しながら
  楽しめるのですが、時間がなく体験できなかったのは残念でした。


 「西洋人も人なり、佐賀人も人なり、薩摩人も同じく人なり。退屈せず、   
  倍々(ますます)研究すべし」

   幕末きっての開明派と謳われた薩摩藩主 島津斉彬は技術者を集めてそう激励
   したそうです。 近代化を推し進めた藩と言えば、薩摩藩。そう思っていまし
   たが、最初に反射炉を築き、鉄製大砲の鋳造に成功し、初の実用蒸気船を建造
   をしたのは佐賀藩です。斉彬が言った言葉のとおり、近代化のトップランナー
   は「肥前さが」だったのですね。
   鍋島直正と斉彬は母方の従兄弟同士であったため、様々な交流があったと想像
   されます。

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  福沢諭吉旧居前の梅の木に飾られたお雛様(下げ雛)。

  青空の下、心地よい雰囲気が漂ってきます。


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  背後にある土蔵で諭吉は勉学に励んだようです。


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  後ろの建物は福沢諭吉記念館。
  「学問のすすめ」や書・手紙・写真のほか、一万円札の1号券などが
  展示されています。

  福沢諭吉のまたいとこに「増田宋太郎」がいますが、この人は西南戦争の時
  中津隊を結成して西郷隆盛に従軍して、共に鹿児島の城山での最後を遂げて
  います。
  大河ドラマ「西郷どん」の終盤に出てくるのでは…。


  旧居に訪れた時は、旧居の茅葺屋根の葺き替え工事中のため
  下げ雛と旧居のコラボは撮れませんでした。
  (工事はこの時期を外してほしいものです……)

 これは10年前に撮ったものですが、

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  旧居は国指定史跡に指定されています。


  葺き替え工事中でも屋内には雛壇飾りが展示されていましたが、
  それより目に付いたのが、

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  和傘工房 朱夏 が創っている「和傘あんどん」です。
  
  中津でも最盛期であった昭和の初めには、約70軒あった和傘屋は洋傘の普及       
  とともに衰え、、江戸時代から続いていた九州で唯一の和傘屋も平成15年に
  高齢化当で製造を止めてしまいました。
  その後、和傘工芸の伝統を復活させたのが 和傘工房 朱夏 です。

  当初、この福沢諭吉旧居のすぐ隣の家屋で作業をしていた時、何度かお伺い
  させて貰い、このあんどんも購入させてもらいました。
  和紙で包まれた灯りの暖かさは本当に心落ち着くものです。

  今は場所を変えていますが、いつまでもこの伝統工芸を守ってほしいものです。

  
   

  
  

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