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救世(ぐぜ)観音

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どうも法隆寺夢殿の救世観音が気になってならない。
ある人に会ってからである。
とても笑顔が素敵だった。
ところが想像していたより背が高かったのに最初驚いた。
その驚きが記憶をよびさました。
母がその人のことで、「薬師観音」と意味不明なことを言っていたことを思い出したのだ。
そう言えば救世観音もその不思議な手の組み方に納められた宝珠が薬入れと見えなくもない。
神々しく神秘的な雰囲気がその人と似ているのだ。

息子が小学生の時、夜行バスを使って、法隆寺に向かったことがある。
朝の6時前に着いたのだが、当然法隆寺は閉門しており、まだ朝方寒い時期でもあり、父子してコンビニの中ででずっと開門まで待っていた。
ちょうど夢殿が特別展覧しており、救世観音が拝めたのだ。
「春4月11日〜5月18日、秋10月22日〜11月22日 の期間、夢殿本尊特別開扉されます。
」とあるプログにあったところを見ると、4月のことであったろうか。

実に不思議な仏像であり、宝珠を持った手の形も独特である。
あの手の組み方は何か鈴の印(宇宙の無限力を集める)の組み方のような意味があるような気になる。
少し文献から紹介してみよう。

<「法隆寺の謎」より>
聖徳太子は、敏達(びたつ)天皇3年(574)に、用明天皇を父に、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后を母として生まれた。
太子が生まれたのは、飛鳥にある橘寺の地にあった宮と伝えられる。
皇后が懐妊された時、夢に金人(きんじん)が現れ、
「私は救世(くぜ)観音である。あなたのお腹をお借りしたい」といったと、皇后がそれを承諾したところ生まれたのが太子であったと伝えられる。(聖徳太子伝暦)

夢殿の本尊救世観音は太子等身の像と伝えられる。
そしてその像高は約178.8センチである。
太子はかなり背の高い人物であった可能性が強い。

<「法隆寺の国宝美術」のホームページより>
救世観音(くせかんのん・ぐぜかんのん) 
 国宝観音菩薩立像(救世観音)は八角円堂で知られる夢殿のご本尊で秘仏として長い間人目ん触れず過ごしてきた仏像です。
 飛鳥時代に造られた樟の木の一木造りです。像178.8cm、下地は漆を塗り、白土地に金箔を押している。保存もよく、いまなお金色燦然と、当初の漆箔が輝いています。
独特の体躯の造形を有し(体躯がやや扁平で、S字状のポーズ)、杏仁形(アーモンド形)の目や古式な微笑みをたたえる表情は神秘的で、手にはすべての願いがかなうという宝珠を持っています。
 761年(天平宝字5年)の記録に「上宮王(聖徳太子)等身観世音菩薩像」とあり、聖徳太子の等身像ともいわれて秘仏であったが、明治17年アメリカ人の学者フェノロサと近代美術の先駆者、岡倉天心によって像を幾重にも覆っていた長い白布が除かれ広く世に知られるようになりました。当時、この秘仏の白布をとることは、聖徳太子の怒りに触れ、大地震が起こると言われていました。そして天心とフェノロサが布をとるとき、法隆寺の僧たちは恐れをなして、逃げていったと言います。


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