ありがとう 感謝します

ありがとう 感謝します で 世界をみたしましょう

全体表示

[ リスト ]

報徳記1−1−5

イメージ 1


于時(ときに)享和二壬(みづのへ)戌年(いぬとし)、先生年十六母疾(やまひ)に罹(かか)り日々(にちにち)に病(おもく)なり、先生大いに之を歎き、天に祈り地に祈り、心力(しんりょく)を尽して其の治(ち)を求め、日夜帯を解かず其の側を離れず、看病手を尽せり、然れども其の験(けん)あらずして病むこと十有余日(いうよにち)にして死す。
先生慟哭悲痛、殆(ほとん)ど身を傷(そこな)はんとするが如し、家財既に尽き、田地(でんぢ)も亦悉く他の有(もの)となる、残れるもの徒(たゞ)に空家而巳(のみ)。
二弟(にてい)を撫(ぶ)して悲泣(ひきふ)爲す所を知らず。親族議して曰く、三男子幼にして養育のものなし、此侭(このまゝ)家に在らば何を以て其の飢渇を凌がん、親族に託して後年を待(まつ)には如ずと。
近親萬兵衛(まんべゑ)なるもの先生を家に招き之を養ひ、弟三郎左衛門(さぶらうゑもん)と末子(ばっし)とは曽我別所村川窪某(それ)これを養ふ。
是より先(さき)先生十四歳の時、隣村飯泉村観世音に參拜(さんぱい)し、堂下(どうか)に坐して念ずることあり。
忽然(こつぜん)として行脚(あんぎゃ)の僧来り、堂前(だうぜん)に坐し読経(どきやう)す。
其の声微妙(びめう)、其の深理広大、一聞了然(りょうぜん)として意中(いちゅう)歓喜に堪ず、誦経既に畢(おわ)る。
謹(つゝし)みて僧に問ひて曰く、
今誦する所の經は何の経ぞ。
僧応(こた)へて曰く、
観音経り。
曰く、
予(よ)嘗(かつ)て屡(しばしば)これを聞けり、而して今聞く所に異なり、何ぞ余(よ)が心(こゝろ)に徹することの明なるや。
応(こた)へて曰く、
世の誦する所は呉音(ごおん)也、今国音(こくおん)を以て転読せり、是れ子(し)の解する所以(ゆゑん)歟(か)。
先生懐中(くわいちゅう)を探り銭(ぜに)二百を奉じて曰く、
願はくば寸志を呈せん今一たび誦読(じゅどく)し玉へ、
僧その志を感じ転読以前の如し、読畢(よみおわ)りて去る、其の行所(ゆくところ)を知らず。
先生胸中豁然(かつぜん)として大いに喜び、栢山(かやま)村善栄寺(ぜんえいじ)に至り和尚に謁して曰く、
大なる哉観音経の功徳(くどく)、其の理広大無量、其の意云々(うんぬん)と説解(せつげ)流水の如し。
和尚(おしょう)大いに驚きて曰く、
予(よ)既に耳順(じじゅん)を超えたり、多年此の経を誦する事幾百千篇(ぺん)、未だ其の深理を解することあたはず。
然るに子(し)若年一たび読誦を聴いて無量の深理を明解す、嗚呼(ああ)是所謂(いはゆる)菩薩の再来歟(か)。
今、野僧此の寺を退くべし、子(し)願はくば僧となり衆生の為に此の寺に住し、大いに済度の道を行ひ玉へと云ふ。
先生固辞して曰く、
是予(よ)の望む所にあらず、予祖先の家を起し、其の霊を安んぜんとす、志す所出家にあらずといふて去る。
是より後弥々(いよいよ)仏意(ぶつい)も諸人(しょにん)を済ひ安んずるより大(だい)なるものなきことを了知せりと云ふ。


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事