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日本は、本質的には多神教であり、仏教もその土台の上に成り立っていると考える。
木にも草にもあるいは、山にも河にも神は宿る。
本書の中でも言及されているが、日本人はそれだけでは飽き足らず、
本人の意志にかかわらず、死者や生者でさえ神となってしまうのが、日本文化なのであろう。
日光東照宮・明治神宮・靖国神社・湯島天神等々のこの時期の盛況ぐらいを見れば、
日本人の本質的なおおらかさは、仏教が伝来しても変わりないものと思える。
とは言うものの、本来それぞれの神社が何を由来とし祭られるようになったのか
と言えば、ほとんどわからないと言うのが本当のところであろう。
と言うことで手に取ったのがこの本である。
まあ、私の言いたいことは既に上記に野べってしまっているので、
今更補足する必要もないのかもしれないが、蛇足覚悟で述べておくことにしよう。
日本人の本質は、その謙虚さにあるように考える。
それは、農耕民族という事実だけでは、説明しきれないような気がする。
やはり、島国であり外敵が少なく、外敵の来襲よりも天変地異の方が
その生活に与える影響が大きかったことにより、その民族性が育まれたのではないだろうか。
それと天変地異の一つではあるのだが、地震の与えた影響が特に大きかったのでは
ないだろうか。世界中に地震帯と呼ばれる地域があるが、その中でも特に
日本は地震が多い。これはその他の災害と異なり、全く事前の予想がつかなかった。
と言うことは、常に受身であることを強いられると言うことであり、
その意識が多くの神々を生み出したのではないだろうか。
と、三が日に暇つぶしに考える私であった。
さて、今年はどんな1年となるだろうか。
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遅くなりましたが、新年おめでとうございます。
仰るとおりで、日本人は宗教に対して寛容だけでなく、本質的に多神教的だと言えそうな気がします。
それと、地震をはじめ、いつ襲ってくるかわからない天変地異の影響だとする考え方も、とても興味深いです。畏れているところから神が生まれるだと言われますが、土着の日本的霊性や繊細な無常感とかも合わせて考えると面白そうですね。
2009/1/5(月) 午後 11:20 [ T.Fujimoto ]
Fujimotoさん、明けましておめでとうございます。実を言いますと、決してこの本で、地震や多神教と言ったことに直接触れているわけではなく、私の妄想ですので、その点はご了承ください。
2009/1/6(火) 午前 1:13 [ gak*1*66* ]