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次の朝に帰るので、実質の最終日。
アジア・ヨーロッパで最大の滝と言われるトルトゥム・シェラーレシ。にしては、全然情報がない。宿に聞いても、たぶんバス停からあるんじゃない、でもめっちゃ遠いで、という答え。さんざん聞きまくったあげく、地元のバス会社が便を持っているとのこと。エルズルムから北へ、アルトヴィンに向かうバスに乗れと。ん、それでどうやって滝へ?途中にあるのか?アジア・ヨーロッパで最大の滝が?バスの通り道に?まあチケットには汚い字で「たき」と書いていたので信じよう。
バスに乗る。バス、けっこう飽きた。だらだらしてたらみんな降りたり乗ってきたり。長距離バスなのになんもない場所での途中乗車が多く、立ってる人もいる。日本でいう電車のようなものなのか。どこにいってもほぼ線路がある日本はすごい。
1時間ちょっと経過。ん?看板が、「滝」?焦って運転手に聞いてみる。「うん、ここやで」。なんとか降ろしてもらう。なにもない。「ああ、危うく乗り過ごすとこやった」という気持ちより、「ここで降りて大丈夫なんやろうか」「どうやって帰るんやろう」という不安。誰もいない。犬と牛しかいない。
5分ほどで滝へ。少な。アジア・ヨーロッパで最大の滝、水少な。この前の電車の乗客率くらい。3%。
まあでも写真におさめると綺麗。しかも水少ないから真近くまで降りて行ける。
たっぷりのマイナスイオンを浴び、帰る方法を考える。チケットに書いてある電話番号が手助け過ぎる程ヒントをくれた。おっさんは「もうすぐ通る」とのこと。
道で座り込んでピスタチオを食べてると、5分に一台くらい通る車がすごく見てくる。中には「アルトヴィンに行くさかい、あんたらも乗っていきんしゃい」と親切に言ってくれる方も。ありがとう、でもどう見てもスペースない。
30分ほどでバス通過、なんとか気付いてもらい乗車。
翌朝、空港へのバスを待っている間に次の会話を聞く。
妻(電話で)「おとうさん、もう無理。わたしたち帰る。祝日で来たけどやっぱり無理。最初からわかってたやん。どうしろと言うん。」
夫(女の隣で)「もうええやん、はやく切り」
祝日に両親を訪れた夫婦がなんかの理由で家族と喧嘩し、途中で帰るところらしい。なんて悲惨なんだ。
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観光
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電車の旅、5時間で終わり。エルズルム到着。
宿はまたもや20リラ。
旅の疲れも出てきたが、それを癒してくれるレストランはなく、というか全部閉まっていたので、スーパーでパンと野菜を買い、ホテルで食べる、の繰り返し。
観光するスポットもイスタンブールを小さくした様な感じであまり惹かれず。
目玉のメドレセ(イスラム神学校)は工事中。
「中国人!」「日本人!」「コンニチヴァ!」などと言う子どもたち。笑いかけたら石を投げられた。
親切に道を教えてくれたおじさんは絨毯を売りつけてきた。
夜景が綺麗なカフェでは白湯のようなチャイ。
雨が降ると洪水のようになる道路。
明日は最終日、ヨーロッパ・アジアで最大の滝に賭けよう。
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カルスから車を走らせること1時間弱、村が点在する荒野をひた走ると突然眼前に現れる古の都。
アニ:10世紀よりアルメニア教会の主教座があった地。人口は10万人、1001の教会を持つと言われた宗教的中心地。(普通に考えて10万人に1001個の教会は多いやろ。100人に一つ教会(笑)。トルコ語で「めっちゃ多い」を意味する「binbir=1001」の誤訳かと。千夜一夜もそう。)11世紀以降は衰退し、今は廃墟となっている。
この廃墟具合が素晴らしく、荒野、崖、川、崩れた城壁、孤高にそびえ立つ教会のバランスがドラクエ。建物内部に落とし穴的に空いてる穴から下を除くと宝箱が。しかし地下へ行く扉には鍵。隣には怪しい窪み。そうか、さっきの岩をここに載せれば、、ごごごごご、、。ゼルダやな。
そんな感じで探検してたらコウモリとか変な虫とかいて即中断。
アルメニアとの国境手前に位置するため、アルメニアが少し見える。緩衝地帯のようなものもあり、こっから入るな的な軍隊の看板もある。遠くまで来たもんだ。
カルスからはタクシーをチャーターするか、大きなホテルが開催するツアーに参加する必要あり。ツアーはたぶんやってなかった。だからか、貸し切り状態やった、この広いアニが。タクシーは往復1時間半、待機3時間で70リラ(4200円)。まあお手頃でしょう、人一人雇うんですし。タクシーに戻ると運ちゃん寝てた。たぶん断食中やったんやろう。お疲れ。
カルスに戻ると運ちゃんは観光スポットで降ろしてくれた。昔の教会と城壁。ありがとう、この町はなんもなしで終わるとこやった。
その城壁を眺めつつ、電車までの数時間、チャイ。とそこに10時間のバスで近くに座っていたおじさんが。リゼ出身の塾講師だそうで、恋人の為にカルスまで来たそうな。よく出来た空気の読める人で、これまた意気投合。20%くらい理解出来ず、愛想笑いをしてしまったこと以外、とても良かった。
電車。世界の車窓から@トルコ。テンションは最高潮。ってこともないけど。
乗客は3%ほど。ちょうど断食明け前で、乗客の一人が「アッラーは許してくれます」的なことを言ってチョコやらジュースやらくれた。まず断食してないし、食べても許してくれるんや。ありがとう。
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リゼからカルスへ、バス。地球の歩き方によると6時間。実際は10時間かかった。10時間と知っていたらあきらめていたかも知れない。山ばっかり。村ばっかり。ほんまに途中で道がなくなって土の上を走ったり、牛の大群が道を塞いだりする。軍の検問も初体験。
バスの後ろの席の人は良い味を出していた。アイデルでもらったTシャツを着ていたばっかりに、書いてあるトルコ語方言に目をつけ、話しかけてきた。イスタンブールから来て、カルス経由アニ遺跡に行くということを伝えるや否や、「イスタンブールに行く時があればよろしく、でアニ遺跡に行ったらすぐに連絡くれ、めっちゃ気になるから」という返事。電話番号もくれ、バスの間中うっとうしいほど話しかけてきた。とてもありがたい。
なんか村の中を通るたびに、「目的地のカルスがここじゃありませんように」と祈るばかりだった。実際のカルスも大した違いはなかったが。
その昔、オスマン帝国とロシアの間で領地争いがあり、一時ロシア領ともなっていたカルス。その時代につくられた道路や建物は劣化がひどく、一見すると町は戦争後のようにも見える。
ドウバヤジット行きのバスチケット購入のためオフィスに行くも、直はないそう。途中のウードゥル下車で、そこからのバスは未知。トルコだけに2日に一本とかいう可能性もあるので、断念。リスクを取りすぎるのも旅を楽しむ上でNG。そのかわり新しい楽しみ、電車を発見。電車で一気に(スピードはバスとあんまかわらんが)エルズルムまで行き、そこから飛行機で帰路、という作戦に変更。一度は乗ってみたかった電車。素晴らしい。
駅へ。夜8時。だれもいない。東京だとこっからラッシュが二波ほど来るのに。人影。話してみる。駅のえらいさん(一番えらいっぽい)。国からカルスに派遣されたみたい。けっこうなハズレくじっぽく、相当参っていた。申し訳ないが疲れていたので3杯目のチャイはごちそうにならず退散。
ホテル、20リラ。シャワー・トイレ有る無しどっち?と聞かれたが、無しにする勇気はなかった。
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チャイの故郷、リゼへ。日本で言えば静岡の様なところか。近づくに連れ、茶畑が見え、チャイ工場から煙が上がる。変なお茶の匂いが漂う。全然センスのないティーポットモニュメントの前で記念撮影。
1950年代、政府の援助によりリゼはチャイの一大生産地として名を馳せる。しかし70年代になり、生産が余剰となった時点で援助を停止、その後衰退の一途を辿った少し悲しい町である。
ここの断食率は半端ではない。町でタバコを吸っている人がいない(タバコも断食)。全てのレストランが「断食明けにオープンします」。そんな中、水をペットボトルで飲みながらホテル探し。仏教はもう少し楽な宗教なんです。
ホテルは25リラ。これもまたいい。さらによかったのが、ホテルのフロント(50才くらい)が僕をテレビで見ていたこと。トルコ全土で有名。
バスで山を登る。アイデル。高地。空気きれい。人いない(観光シーズンは8月で終了)。
暇をしていたホテルマンと意気投合。
名言「イスラム教徒やけど、断食は俺らにとってちょっと難しいわ。みんなこっそり吸ってるねん。スパー(←タバコ)」。
無駄話を2、3時間してなんかしらんけどTシャツをもらって帰る。話し方がおもしろくて帰りのバス中ずっとその人の真似。ごめんなさい。
夜はピザ屋で断食明けを待つ。先に注文をし、料理がテーブルに並べられる。のが普通。でもなかなか来ない。明らかに外国人は後回しされてる。まあ既に水をがぶがぶ飲んでるからいいやと思われてるのかもしれんけど。
そしてスカーフを巻いた奥さんがいる家族は真剣そのもの。絶対に断食してる。断食明けた瞬間の水の飲み方が尋常じゃない。超神水だ。一方、金髪に染めた若者たちは絶対に断食してない。一応合図まで食べ始めはしないが、16時間待った後の飲食には到底見えない。隣のテーブルの男もそう。合図があっても一向に食べ始めず、パソコンに夢中。
それでも断食してる人に配慮して(?)、見えるところでは飲食喫煙しないのはすごい。
ちなみに、田舎に行けば行く程、家の作りが粗い。というか不細工。なのに、モスクへの力の入れようは半端じゃない。どこに行っても綺麗(例外はあるが)。違うところから持ってきたかの様。
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