時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。昨日、本ブログにて、ヴィクトリア女王とメルバーン首相との関係において、ヴィクトリア女王、実質的には、ロスチャイルド家・サスーン家・イエズス会を中心とした「黒いユダヤ人」の国際組織が、英国の内政・外交にわたる政策の策定組織であった可能性が高いことを指摘いたしました。このような指摘につきましては、読者の皆様方から、「英国は議員内閣制であり、議会の採決によって国政は決せられることになるから、首相一人がヴィクトリア女王の言いなりになっても、国政を動かすことはできないのではないか」というご批判を受けるかもしれません。議員内閣制は、国政選挙によって選出された多くの議員一人一人の政策判断に期する民主的制度であると言うことができるからです。
 
しかしながら、以下の「寝室女官事件 Bedchamber crisis」というイギリスの国制(議会政治・政党政治)を危機に陥れた事件は、いわば議員内閣制の‘網目’、’盲点’を潜って独裁制が敷かれてしまう危険を示しております。寝室女官事件につきましてWikipediaは以下のように記しています。
 
――18395月初めにメルバーン子爵が議会に提出した英領ジャマイカの奴隷制度廃止法案は庶民院を通過したものの、わずか5票差という僅差であったため、メルバーン子爵は自らの求心力の低下を悟り、57日にヴィクトリアに辞表を提出した。ヴィクトリアの衝撃は大きく、泣き崩れたという。
 
代わって組閣の大命を受けた保守党庶民院院内総務サー・ロバート・ピール準男爵は、現在ホイッグ党の議員の妻で占められる宮中の女官を保守党の議員の妻に代えることを提言して、女王に拒否された。これにより女王とピールの間で寝室女官人事権をめぐって政治闘争が勃発した。…これによりピールは大命を拝辞し、ホイッグ党の首相メルバーン子爵ウィリアム・ラムが政権を維持することになった。――
 
寝室女官事件から、まずもって、ヴィクトリア女王に仕える側近の女官達が、議員の妻達によって構成されていたとう奇妙な状態ががわかります。このことは、ヴィクトリア女王が自らの政策議案(「黒いユダヤ人」の国際組織の政策議案)を議会で通したい場合(本件は奴隷解放を目的とするため人道的な法案として評価され得るものの、「黒いユダヤ人」勢力は、美名の下で解放された元奴隷の人々を組織化し、自らの”駒”として用いる傾向にあり、その真意については疑わしい…)、女官である議員の妻達を介して自らの意向を議員に伝え、議案をめぐる議員の投票を左右することができたことを示しております。このため、メルバーン首相率いるホイッグ党議員の妻達がメッセンジャー役となっており、議会の議決は、保守党(トーリー党)政権下にあっても、ホイッグ党有利に採決されることになったと推測することができます。
 
このような‘絡繰り’に気付いたピール首相Sir Robert Peel178825 - 185072日)が、女官をホイッグ党議員の妻たちから保守党議員の妻たちに変更しようとしたのが、寝室女官事件なのです。寝室女官事件はピール首相の敗北に終わり、メルバーン首相が返り咲いたということは、表面上は議員内閣制を取りながらも、議員の配偶者達をコントロールすることで、実質的にはヴィクトリア独裁政権、「黒いユダヤ人」の国際組織独裁政権が、議会制民主主義を蝕み、さらにその権力を拡大していったことを示唆しているのではないでしょうか。

 今日、イギリスでは、政治家の配偶者については公的地位を与えない方針にありますが、フランスでは、マクロン大統領がファーストレディーの公職化を目指したため、反対の署名活動が起きていると報じられております。”政治家の配偶者問題”は、民主的制度を揺るがしかねない、古くて新しい問題なのかもしれません。
 
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(続く)

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