時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。昨日、本ブログにて、アシュケナージ系ユダヤ人のレビ族の半数に、中央アジア由来の遺伝的特徴がある点について、「レビ族は、モーゼMosesの兄のアーロンAaronをその始祖とする支族であることから、モーゼとアーロンは、中央アジア系の民族であった。もしくは、両者は異母兄弟か異父兄弟であって民族を異にしており、少なからずアーロンは中央アジア系の民族の出身であった」とする仮説を提起いたしました。
 
この点と関連して、紀元前13・12世紀頃に結成された「12・13支族」の‘ユダヤ人’とは、そもそもコーカソイドであるのか、非コーカソイドであるのか、といった問題が認識されてまいります。「アシュケナージAshkenazy」という「ドイツ」を意味する名称は、今日、一般的にコーカソイド系ユダヤ人を指す総称として用いられております。しかしながら、このような総称を用いることには、問題があるようなのです。
 
本年6月28日付本ブログで述べましたように、西暦70年にローマ帝国によってイエルサレムが占領された際に、ユダヤ人たちは、ローマ帝国の植民地のあったライン・ドナウ川を中心とした地域に移されています。これらの人々は、コーカソイドと推測され、また、ユダヤ教の経典でもある『モーゼの十戒The Ten Commandments』の教えが、ヨーロッパの人々の倫理観・道徳観やキリスト教に近かったこともあり、曲がりなりにも、ヨーロッパ文化に馴染んだようです。
 

ところが、10世紀頃から、別の集団、すなわち、「東欧ユダヤ人」、否、「東方ユダヤ人」とも称すべき人々が、ヨーロッパ大陸に流入し、これらの人々も「アシュケナージ」と称されるようになったことから、混乱が生じるようになったようなのです。この点につきまして、インターネット上に公開されている『東欧ユダヤ人のルーツ:「出ドイツ仮説」の検証』という文章の以下の記述は、参考になります。

 
――
ポーランドのユダヤ人
●興味深いことに、ポーランド建国にまつわる言い伝えの中に、ユダヤ人が重要な役割を担っている話がある。この言い伝えによると、スラブ系部族同盟が王として選んだのは、アブラハム・プロコウニクという名のユダヤ人であった。彼はへりくだって王位を固辞し、先住民族の中からピャストという名の百姓を王に推した。こうして、ピャストは、962年頃から1370年までポーランドを治めたピャスト王朝の創始者となったのである。
 
ピャスト王朝下のポーランド人とその隣人リトアニア人は、急速にその領土を拡張したため、移住者を呼び入れることによってその土地を植民地化し、そこに都市文化を築き上げる必要に迫られていた。彼らはキプチャク汗国によって占領された地域のアルメニア人、南部スラブ人、ハザール(ユダヤ)人などの移住者を積極的に受けいれた。移住者の中には、クリミア・タタール人のような捕虜も多数含まれていた。
…中略…
■■東方から流れ込んできた25万ものユダヤ人集団
 
●ポーランドのユダヤ人の数は、16世紀のはじめ頃は5万ぐらいであった。しかし、その後1世紀半のうちに7倍も増えた。17世紀半ばには35万人以上、人口の10%に及およんだ。ユダヤ人は広く各種の職業に従事するようになり、また君侯に重用されて国政を整え、ユダヤ文化もこの地で栄えた。18世紀の半ばには彼らの数は75万人以上になった。
 
いったいなぜこの時期突然、爆発的にポーランドのユダヤ人の数は増えたのであろうか?これは、東欧ユダヤ人のルーツを探る上で、非常に注目すべき現象である。
 
 ●実はこの時期、ポーランド国内には東方、ロシアからリトアニアを経て、ユダヤ人の移住者が多く流れ込むようになったのだ。たいてい彼らは社会的、経済的な困窮から移住したり、居住地区以外の地方から追放されたユダヤ人で、決して自らをロシア人だとはみなさず、ユダヤ人(リトアニア系ユダヤ人)だとみなしていた。
 
後の時代に数多くの西欧ユダヤ人が、移住してくる東欧ユダヤ人に対して当惑し、拒絶反応を示したのと同じように、ポーランドのユダヤ人の、とくに同化の意志のある者のかなりの部分は、東方からやってくるリトアニア系ユダヤ人移住者を不信の目で、それどころか反感と侮蔑の目で見ていた。
――
 
この文章から、ローマ帝国時代にライン・ドナウ川流域などに移住していたユダヤ人とは別に、10世紀以降、ハザール系ユダヤ人が、多数、ポーランドやリトアニアに流入してきていたことがわかります。そして、この‘ハザール系ユダヤ人’は、ハザール国が、国家ごとユダヤ教に改宗したために後から‘ユダヤ人’となった人々であり、必ずしも、「ユダヤ12・13支族」ではない、という問題を抱えた人々であると言うことができるのです。
 
ハザール国は、元モンゴル系のキプチャク・ハン国領でしたので、モンゴル系の人々も含まれていた可能性は高いことにもなります。すなわち、「アシュケナージ」という名称は、1世紀後半にローマ帝国によってヨーロッパに移動させられてきたユダヤ人を指すには相応しい用語ですが、ハザール系ユダヤ人を指すには不適切であり、混乱要因となっているのです。

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(続く)

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