時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。ハザール系‘ユダヤ人’問題は、なぜ、イルミナティーの中心勢力であるロスチャイルド家、サスーン家、イエズス会の3つの勢力がイルミナティーとして結びつくことになったのか、その要因の一端をも示していると言えるかもしれません。
 
ハザール国では、モンゴルと同様に、国王は「カハンKhan(可汗)」をその称号としていました。この称号は、姓名としても一般化しており、ロスチャイルド家の元の家名の「カーン(Khan)」であることは、ロスチャイルド家が、ハザール・モンゴル系の所謂‘ユダヤ人’であった可能性を示唆しております(中国の王(ワン)姓や英米のKing(キング)姓と同様、必ずしも王統を意味しない…)。
 
黒海北東岸からカスピ海西岸にかけての地域に勢力を張っていたハザール国の国民の大多数は、遊牧民族のチュルク系ハザール人でしたが、ユーラシア大陸を東西に移動する遊牧民族が行き交う地域にあって、モンゴル系、タタール系の他の様々な遊牧民族、並びに、ユダヤ系商人やイスラム商人の居留も著しかったと推測することができます。このことから、ハザール国の国民の多くは、元はイスラム教徒でもあったようです。
 
ここで、ハザール王国の特徴として、9世紀の初め頃に、国家宗教として改宗したユダヤ教が、特に、ラビ・ユダヤ教Rabbinic Judaism or Rabbinismであったことは、注目されます(Wikipedia英語版)。ラビ・ユダヤ教とは、『タルムードTalmud』を重視する宗派です。「旧約聖書」の解釈書や口伝とされている内容を持つ『タルムードTalmud』は、バビロンのユダヤ教徒のコミュニティーにて成立したとされています。このことから、ハザール国は、特にバビロンのユダヤ教徒のコミュニティーとの関連が強かったと推測することができるのです。
 
バビロンに大きなユダヤ教徒のコミュニティーがあった理由は、ユダヤ教徒のラビであるスタイン・ザルツStain Salts氏が『The Essential Talmud』で述べておりますように、1世紀のディアスポラ以降、多のユダヤ人が中近東からペルシャ湾沿岸地域、すなわち、バビロニアに移動したからです。そして、バグダットに移動したユダヤ人は、現地の人々と混血するとともに、イスラム教と融合し、『タルムード』が成立し、「黒いユダヤ人」が形成されていったようです(あるいは、ハザール国が、ユダヤ教の多くの宗派の中から、国家宗教としてラビ・ユダヤ教Rabbinic Judaism or Rabbinismを選んだのは、ハザール国民にはイスラム教徒が多かったからであるのかもしれません)。この点から、イスラム化していたイベリア半島に移動、居住していた「黒いユダヤ人」、すなわち、セファルディ系ユダヤ人Sephardic Jewには、もとよりバグダッド系の「バグダッド・ユダヤ」が多かったと推測することができます。
 
以上に述べてまいりましたことから、ハザール系‘ユダヤ人’とセファルディ系ユダヤ人には、イスラム教と融合していた「バビロンのユダヤ教徒のコミュニティー」という接点があったと言うことができるのです。
 
ロスチャイルド家はハザール系‘ユダヤ人’、そして、イエズス会の創始者であるイグナティウス・ロヨラIgnacio Loyolaとサスーン家はセファルディ系ユダヤ人ですので、ハザール問題を通して、イルミナティーを構成する3つの中心勢力が「バビロンのユダヤ教徒のコミュニティー」を軸に結びついていることが見えてくるのです。

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(続く)

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