時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。紀元前1世紀に、ヘロデ王の売官によって、伝統あるユダヤ教司祭の家々に替って新たにラビとなった人々が、ユダヤ教に新たな解釈を加え、さらに、1世紀のディアスポラ以降、むしろ、その新らしい解釈が、口伝となってバビロニアなどのユダヤ人コミュニティーに伝わり、『タルムード』やカバラの秘法の成立に影響を与えたと考えますと、その新たにラビとなった人々が、どのような人々であったのか、という点が重要となってまいります。
 

そこで、まずもって注目されるのは、ヘロデ王がイドメア人であったことです。イドメア、すなわち、エドムは、死海南部から紅海のアカバ湾にいたる地域であり、Wikipedea(英語版)によりますと、「紀元前140年から130年にかけてヨハネ・ヒラカウスがイドメア(ユダヤ教の聖書によると「エドム」と表記)の地域を征服した際に、イドメア人すべてにユダヤの戒律に従うか、それとも、出て行くかの選択を迫ったWhen John Hyrcanus conquered the region of Idumaea (the Edom of theHebrew Bible) in 140–130 BCE, he required all Idumaeans to obey Jewish law orto leave」そうです。このことから、イドメア人は、ユダヤ教徒ではなく、元は別の宗教を信じていたと推測することができます。

 
従いまして、ヘロデ王は、ハスモン王家を乗っ取ってヘロデ王朝を開きますと、イドメア人を厚遇するとともに、イドメア人が以前に信仰していた宗教にユダヤ教を近づけるために、ユダヤ教を変質させることを思いついたのではないか、と考えることができます。すなわち、今度は、ユダヤ人に、イドメアの宗教を押し付けようと計画したかもしれないのです。新たなラビの任命は、その計画の一環であり、イドメア人がラビとなるとともに、イドメア人が以前に信仰していた宗教に沿った解釈が、ユダヤ教の聖書に齎されてのではないかと考えることができるのです。
 
では、そのイドメア人が以前に信仰していた宗教はいったい何であるのかと言えば、それこそ、マルクート崇拝であったかもしれないのです(マルクート(モロコ)崇拝は、当時、中近東からアフリカ大陸北東部にかけて広がっていた)。このように考えますと、イルミナティーがマルクート崇拝者である理由が説明され得ることになります。

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(続く)

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