時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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  今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。イエズス会、すなわち、イルミナティーがテンプル騎士団knights of Templarを乗っ取ったもう一つの理由としてスコットランド問題を指摘することができます。
 
テンプル騎士団は、1314年に解散されますが、イベリア半島では、ポルトガルの「キリスト騎士団」などとして存続していたことは、先に述べました。しかしながら、もう一つ、テンプル騎士団が存続していた地域があります。それは、スコットランドです。
 

すなわち、1312年に、教皇クレメンス5世は、フランス王フィリップ4PhilipIV of France(在位:1285 - 1314年)の意をうけて開いたヴィエンヌ公会議で正式にテンプル騎士団の禁止を決定、フランス以外の国においてもテンプル騎士団の禁止を通知したのですが、当時教皇庁と対立していたスコットランド王のロバート1Robert I、ロバート・ブルース(1274711 - 132967日)は、教皇の決定に従わず、騎士団は弾圧を免れたのです(弾圧されなかった地域は、他にはドイツがある)。

 
ロバート1世の父方の祖先は、フランスのノルマンディーのブリー (Brix) を出自とするスコット=ノルマンの家系であり、母方はフランス・ゲール人の家系であることもあり、スコットランドは、伝統的にフランスとの関係が強く、フランスのテンプル騎士団が弾圧を免れて、スコットランドに移住した可能性は高いと言えます。このことから、スコットランドにも、テンプル騎士団のネットワークが築かれており、イベリア半島のテンプル騎士団との間にも繋がりがあったと推測することができます。
 

そして、ここで、注目したいのは、スコットランドが、産業革命の発祥の地であることです。1764年に、ハーグリーヴスJames Hargreavesによって多軸紡績機、1965年に、ジェームズ・ワットJamesWattによって蒸気機関が、そして、1768年にはアークライトRichard Arkwrightによって水力紡績機が発明されます。スコットランドのグラスゴーは、産業革命の中心地ともなったのです。

 
この点を考えますと、イルミナティーの結成が1776年であり、産業革命が始まって間もない頃であることは、偶然ではないかもしれません。イエズス会士かつロスチャイルド家の代理人であったと考えられる創始者のワイズ・ハウプトJohann Adam Weishauptが、テンプル騎士団の乗っ取りを図った目的は、アジアに展開していたテンプル騎士団の国際金融ネットワークの簒奪のみならず、スコットランドに進出することで、産業革命の成果をも狙ったのではないか、推測することができるのです。
 
すなわち、イルミナティーは、スコットランドの紡績産業などの原料をアジアからスコットランドに齎し、その製品を輸出することで、大きな利益を得るという計画を立てたのではないか、と考えることができるのです。かくて、「三角貿易」と称される構図が出来上がり、当時の英国は、「世界の工場」とも称されるようになったのではないでしょうか。

 

 

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(続く)

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