時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。平昌冬季オリンピックは、イルミナティーの主導のもとに開催された可能性は、IOCバッハ会長の訪朝問題にも、見てとることができます。
 
オリンピックの起源は、ポリス(都市国家)間において争いの絶えなかった古代ギリシャにあります。その目的は、オリンピックの開催期間中には互いに矛を収め、正々堂々とスポーツ競技において勝敗や記録を争うということにありました。ポリス間の政治・外交関係が持ち込まれないことから、オリンピック開催期間中はギリシャ全土に平和が齎されたのです。そして、同時に、オリンピックが、フェアプレー精神を養う役割をも果たしていたことも重要です。ルールが設けられ、違反選手は退場、出場停止となりましたので、選手(通常は兵士となるような青年)に対しては、戦争においても‘騙し討ち’、‘卑劣・卑怯な手段’、‘野蛮行為’を戒める機会ともなったのです。所謂‘騎士道精神’にもとづいた戦争が奨励されることにもなり、近代オリンピックの開会式の選手宣誓で、フェアプレー精神が強調されてきた理由も、この点にあります。
 
ところが、イルミナティーのモットーは、フェアプレー精神の真逆であると言うことができます。勝つためには、何をしてもよい、すなわち、騙し、詐欺、いわゆる‘八百長’は、イルミナティーの常套手段であり、仮に、オリンピックの組織委員会がイルミナティーに乗っ取られますと、オリンピックは‘騙しの祭典’ともなってしまいます。南北共同開催が、最初から計画されていたにもかかわらずに周囲に隠し続けられ、直前となって‘電撃的’に共同開催化したことにも、騙しの祭典化が看取されますが、バッハ会長の北朝鮮訪問も、その一環であると考えることができます。
 
世界各国の政治・外交関係が持ち込まれないこともオリンピックの重要な‘紳士協定’の一つなのですが、バッハ会長は、この協定を破っている可能性を指摘することができます。南北の融和とも捉えることのできるバッハ会長の北朝鮮訪問は、北朝鮮と韓国、並びに、その秘かなる支援国には有益ですが、核の脅威に晒されている他の国々にとりましては、‘噴飯もの’以外何物でもないことになるからです。すなわち、北朝鮮と韓国の2ヶ国による‘共同核保有’という意味合いを持つことになり、それにオリンピック委員会は協力しているということになるです。
 
北朝鮮と韓国の背後にイルミナティーがあると仮定いたしますと、平昌オリンピックは、イルミナティーによって大いに利用されているのではないか、という気がいたします。

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(続く)







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