時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。特に1877年の西南戦争以後、しばしば「明治天皇」を演じたと推測される「西郷隆盛」には、幕末においてどのような役割が期待されていたのでしょうか。
 
そこで、昨日の『日本経済新聞』の文化欄に「西郷ら奄美流刑の実像」というタイトルで、郷土史家の箕輪優氏が、西郷について「後年、明治政府の重鎮となったときに「奄美の砂糖を困窮する鹿児島県士族の救済使えばよい」と説いた。島民搾取の現実を目の当たりにしながらこういう考えだったのを知ると、私は西郷を英雄と単純にたたえる気持ちになれない」と語っていることが注目されてきます。
 
奄美の島民は、薩摩藩によってサトウキビの栽培を強制され、逆らう者は極刑に処されたそうです。西郷は、このような島民の惨状を無視しすることができ、薩摩藩の利益のみしか考えない人物であったことがわかります。こうした被支配地の住民の福利厚生や生活水準の問題に全く関心を払わず、あたかも‘家畜’のように扱う支配体制は、イルミナティーによる植民地支配にも共通しています。すなわち、イルミナティーは、‘忠誠心’の極めて強い西郷隆盛の性格に目を付け、西郷隆盛に日本国の植民地化を推進させる役割を担わせたと考えることができるのです(おそらく、薩摩藩主の島津久光も、西郷隆盛もイルミナティーのメンバーであったと推測される)。薩摩藩と奄美の関係が、イルミナティーと日本の関係に拡大されることになると言えるでしょう。
 
幕末において明治天皇すり替え、すなわち、「チーム明治天皇」作戦などの様々な工作活動を行ったアーネスト・サトウErnest Mason Satow1843年〜1929年)は、英国への帰国後、「日本には武士がいたから、日本国を植民地化することができなかった」とする主旨の発言をしているそうです。サトウは、その生い立ちと略歴からイルミナティーのメンバーであったと考えられますので、イルミナティーによる日本の植民地化計画は、確かにあったようです。
 

サトウの発言から、イルミナティーによる日本の植民地化計画は、失敗に終わったようですが、西郷隆盛に科せられた任務は日本国の植民地化であり、イルミナティーは、まだその計画を諦めていない気がするのです。


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(続く)

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