時事随想抄

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西郷隆盛の謎の訪台

 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。Wikipedia(日本語版)によりますと、西郷隆盛の経歴には、以下のような謎の訪台があります。
 
「台湾に西郷の子孫あり嘉永4年(1851年)、薩摩藩主・島津斉彬より台湾偵察の密命を受け、若き日の西郷隆盛は、台湾北部基隆から小さな漁村であった宜蘭県蘇澳鎮南方澳に密かに上陸、そこで琉球人を装って暮らした。およそ半年で西郷は鹿児島に帰るが、南方澳で西郷の世話をして懇ろの仲になっていた娘(平埔族)が程なく男児を出産した。この西郷の血筋は孫(呉亀力と伝わる)の代で絶えたという。」
 
西郷が訪台した1851年は、清朝の中国で、キリスト教の信仰を紐帯とした組織太平天国による乱の起こった年代です。このことから、西郷隆盛の訪台の目的は、太平天国の動きをめぐる中国南部から台湾にかけての情勢の視察ということになるでしょう。
 
昨年の5月5日から7日にかけての本ブログにて指摘いたしましたように、太平天国は、イエズス会との密接な関連が推測されるカルト宗教団体です。太平天国を起こした洪秀全は、1)キリスト教徒である点、2)洪秀全は広東省花県の客家出身であり、客家は‘ユダヤ系(黒いユダヤ人)’であるとされている点、3)太平天国は、信徒に対して‘上帝(ヤハウェ)’への絶対服従を要求する宗教軍事組織であり、イエズス会の忠誠心絶対主義に通じている点から、太平天国の背景には、イルミナティーがあったと考えることができるのです。
 

従いまして、台湾にもイルミナティーがその活動を展開していたと推測することができます。‘1851年の訪台の際に、西郷隆盛はイエズス会と接触し、イルミナティーのメンバーとなった’とする仮説は、強ち否定できないのではないでしょうか。


 

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(続く)

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