時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。西郷隆盛の訪台は、イエズス会(後のイルミナティー)による奴隷貿易の国際ネットワークとの何らかの関連も示唆されます。
 
1942年にスペインとポルトガルの間に世界二分支配を意図するトルデシリャス条約Demarcation Treaty of Tordesillasが結ばれ、ポルトガルは、特にモザンビークから長崎にかけての地域に‘海上ポルトガル帝国’の建設を試みます。海上ポルトガル帝国は、イエズス会の拡大と一体となっていたと言うことができるわけですが、当然、台湾島も、その海上ポルトガル帝国のネットワークに入ってきていたと考えることができます。
 
そこで、アフリカ大陸とモザンビーク海峡を挟んで位置するマダガスカルと台湾との思わぬ接点が注目されてきます。
 
1)台湾島の原住民は、もとは、中国南部に居住していたというオーストロネシア語族Austronesian languagesであり、この語族は、台湾から東南アジア島嶼部、太平洋の島々、マダガスカル島に広がる語族である。すなわち、台湾の原住民とマダガスカル島の原住民は、同じ民族であった。台湾島では、後に中国大陸から漢民族系の人々が移住してきており、一方、マダガスカル島では、後にアフリカのモザンビークからアフリカ系の人々が同島に移住してきたことから、両島とも主に2つの民族を居住民としている。
 
2)台湾島とマダガスカル島は、そのアーモンド形の島形が似ているにとどまらず、台湾島は台湾海峡を挟んで中国大陸の東海上に位置し、マダガスカル島はモザンビーク海峡を挟んでアフリカ大陸の東海上に位置している。大陸との関係において、両島には近似性がある。
 

3)台湾島のマダガスカル島の近似性は、17世紀、ちょうど同じ時期に、日本人女性と中国人の貿易商、海賊、官員である鄭芝龍Zheng Zhī-lóngNicholas Iquan1604- 1661年)との間に、長崎で出生した鄭成功(1624〜1662年)が、台湾島に国家を建設しており、一方、マダガスカルでは、トマス・チューThomas Tew (16491695年)という英国人(黒いユダヤ人?)の海賊と現地の女性(容姿からモザンビーク出身のアフリカ系の女性)との間に出生した人物が、国家建設(ベツィミサラカ王国Betsimisaraka)を試みている。すなわち、両島とも17世紀という時期に、海賊を父親とする人物による国家建設の動きがあった。


4)トマス・チューThomas Tewは、米国のロード・アイランド州に居住していた時期があるとされるが出自不明であり、奴隷貿易に携わっていたことから「黒いユダヤ人」であったとも考えられる。一方、鄭成功は、明の皇帝から‘ユダヤ系’であることを示す「朱」姓を与えられていることから、鄭成功も「黒いユダヤ人」であった可能性も否定はできない。
 

このような台湾島とマダガスカル島との近似性と、歴史の連動性の背景には、海上ポルトガル帝国があり、さらにその背後には、後にイルミナティーとなるイエズス会を中心とした「黒いユダヤ人」の国際組織があるのではないか、と推測することができます。ポルトガル帝国の出発点がモザンビークであり、その到達点が長崎であるがゆえに、「黒いユダヤ人」の国際組織は、両地域においてその活動を活発化させており、西郷隆盛の訪台には、この問題が関わっていると考えることができるのです。

 

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(続く)

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