時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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  今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。オウム真理教が武器弾薬を集めて軍事クーデターを準備していたことは、戦国時代に、イエズス会宣教師、ガスパル・コエリョGaspar Coelho1530-159057日)が、島原で武器弾薬を集めて戦争を準備していた点を想起させます。
 
本年4月13日付本ブログで扱いましたように、ポルトガル出身のイエズス会士の宣教師であり、日本支部の準管区長を務めていたコエリョは、1585年(天正13年)にキリシタン大名を支援する為に、フィリピンからの艦隊派遣を求め、日本全土を改宗した際には日本人を尖兵として中国に攻め入る案を持ち、さらに、バテレン追放令が発布されると、大友宗麟や有馬晴信に対して、キリシタン大名を糾合して秀吉に敵対することを求め、自身もその準備に乗り出すなど、数々の軍事計画を立案しております(コエリョは島原にて没している)。すなわち、軍事クーデターによる日本国の国権掌握を計画していたのです。
 
そこで、戦国時代にコエリョのもとでイエズス会の信者となっていた人々、すなわち、軍事クーデター計画に参加していた人々が、江戸時代の禁教以降も、「潜伏キリシタン」や「カクレキリシタン」となって、その組織を維持していた点が注目されます。Wikipedia(日本語版)によりますと、「潜伏キリシタン」とは、「1.強制改宗により仏教を信仰していると見せかけ、キリスト教(カトリック)を偽装棄教した信者」であり、「隠れキリシタン」とは「1873年(明治6年)に禁教令が解かれ潜伏する必要がなくなっても、江戸時代の秘教形態を守り、カトリック教会に戻らない信者」であるそうです。
 
本年「潜伏キリシタン関連遺跡」が、ユネスコの世界遺産に登録されましたが、まずもって、潜伏キリシタンの仏教を信仰していると見せかけて、実はキリスト教(カトリック)を偽装棄教した信者である点は、オウム真理教を想起させます。
 
潜伏キリシタンは、ごく小さな集落単位で秘密組織を作ってひそかに祈祷文「オラショ」を唱えて祈りを続け、主に中国製の慈母観音像を聖母マリアに見立てたり、聖像聖画やメダイ、ロザリオ、クルス(十字架)などの聖具を秘蔵して「納戸神」として祀ったり、キリスト教伝来当時にならったやり方で生まれた子に洗礼を授けるなどして信仰を守りつづけたそうです。特に、マリア観音への強い信仰は、イエズス会の「黒マリア信仰」の流れであると考えることができます。キリスト教(カトリック)とは言いましても、当時のカトリックは「黒いユダヤ人」の国際組織であるイエズス会と一体となっておりました。従いまして、潜伏・カクレキリシタンたちとは、実質的には、「黒いユダヤ人」の間で信仰されていたマルクート教Markuteなどの悪魔崇拝的な邪教を秘かに信仰し続けていた秘密結社である可能性を指摘することができるのです。潜伏キリシタン、もしくは、隠れキリシタンの村落では秘かに牛の頭が崇拝され、一方、マルクート教も牛崇拝である点も、このような推測を補います。
 
このように考えますと、明治時代に禁教が解かれますと、このような秘密結社のメンバーたちが、すべてではないにせよ、イルミナティー(イエズス会の後身)に加わったことは、十分にありえます。
 
オウム真理教も、この流れにおいて理解すべきであり、仏教徒であるはずのオウム真理教が、武器弾薬を集めて戦争を準備し、イエルサレムに拘り、そして、動物の仮面を多用した点は、「隠れマルクート教徒」であるとも言える秘密結社の「潜伏キリシタン」や「カクレキリシタン」との関連を示唆していいるのです。すなわち、1990年代に軍事クーデター騒動において日本国を震撼させたオウム真理教は、江戸時代においては「潜伏」・「カクレ」状態にあった秘密結社が、明治以降にイルミナティーと結びついたがゆえに出現してきたものであり、オウム真理教問題は、戦国時代に遡ってその構造と背景を解明しなくればならない問題であると言えるのです。

 
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(続く)

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