時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。潜伏・カクレキリシタンと「黒いユダヤ人」との関連を昨日指摘いたしましたが、16世紀に遡るような両者の関係については、半信半疑の読者の方々も多いのではないでしょうか。そこで、小岸昭氏の『隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン』(人文書院、2002年)に載る隠れキリシタンに独特の葬儀が、「黒いユダヤ人」由来の風習であることが、このような推測を補います。
 
氏によりますと、「そして棺を墓所に運び、僧が帰ると、同信者が人垣をつくり、棺をあけて更衣させる。この服装は昔から彼らによって秘かに伝承されたものであって、死者ができると数人の女子が集まり、一日のうちに、糸をつむぎ、糸をそめる。染料は紺ならアユ、茶色なら山桃の皮、黄色なら口梔などを煮出して染め、それをしま柄に織りあげる。しかし一日の間にその作業を終えなくてはならないのだから着物にぬいあげるのに身丈の寸法がどうしても短いものとなる。・・・・・一種のハッピの形式となる。これと帯も同じ織物である。また頭には同様の織物で三角な頭巾をつくって着せる。(頁263−264)」
 


死者に縞模様の服装と三角帽を着せるような慣習は、キリスト教にはありません。むしろ、第二次世界大戦期、反セミティズム運動(反ユダヤ主義)が盛んであった時期に、‘ユダヤ人たち’が‘ユダヤ人’であることを示すために着せられた‘ユダヤ的’な服装なのです。すなわち、16世紀以来、潜伏・カクレキリシタンたちは、キリスト教の風習ではなく、「黒いユダヤ人」の風習を保存してきたと言えるでしょう。さらに、潜伏・カクレキリシタンたちが拝む対象としたマリア像には、「黒マリア」を象徴するような黒い金属製のものがあったことも、このような推測を補います。


 

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(続く)

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