時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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 今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。1956年に制作された米国映画『ジャイアンツGiant』という映画も、『シェルブールの雨傘Les Parapluies deCherbourg』と同様に、表向きはハッピーエンドに見えながら、実は、「黒いユダヤ人」の国際組織であるイルミナティーの破壊活動の常套手段を表現している怖い映画であるかもしれません。すなわち、イルミナティーによる‘お家乗っ取り’問題を秘かに暴露していると考えることができます。
 
映画は、ベネディクト家というテキサスの大農場主家を中心に展開されます。ベネディクト家は、その跡取り息子がメキシコ人のインディオの女性と結婚して一子を儲けたことから差別される側となります。このことから、その生活態度をインディオの女性側にあわせようとしたり、差別発言に抗議するなど差別問題に取組むことになります。一見すると、‘反差別運動’の宣伝映画のように見えます。
 
しかしながら、映画は、そのラストシーンにおいて、ベネディクト家の当主が、孫が跡取り息子にはまったく似ておらず、完璧にインディオの容姿であって、しかも粗暴であることに、不安と困惑を隠せない様子を映し出しております。すなわち、テキサスにあっても、大農場主として英国貴族のような洗練された文明生活をしていたベネディクト家は、将来、インディオ側に‘乗っ取られて’しまうことによって、非文明化してしまう可能性が暗示されているのです。
 
このように考えますと、ベネディクト家という家名も注目されます。カトリックにおきまして、ベネディクト派とフランシスコ派は正反対であると言えるからです。「フランチェスコは貧しさを礼賛することにかけては徹底しており、物質的な豊かさのみならず、精神的ないし知的な豊かささえも認めなかった」というフランシスコ派に対して、ベネディクト派は、貧しさを礼賛することもなく、精神的ないし知的な豊かさを極めて重視する会派であり、今日、ギリシャ・ローマの古典が現存しているのは、ベネディクト派修道院がこうした書物を大事に伝えてきたからであるとも言われております。
 
このように考えますと、『ジャイアンツGiant
』が、‘お家乗っ取り’の憂き目にあう家をベネディクト家と設定していることには意味があり、イルミナティー(イエズス会・フランシスコ派)による‘お家乗っ取り’という常套手段による人類の動物化・非文明化・家畜化問題を秘かに描いていると推測することができるのです。

 
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(続く)

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