時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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  今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。ゴヤの『巨人The Colossus』という作品に描かれたスペインからピレネー山脈をまさに越えてゆこうとしている野生的で、攻撃的な姿勢をとる裸体の巨人には、イルミナティーが寓意されていることを昨日指摘いたしました。では、その攻撃的姿勢は、何を意味しているのでしょうか。
 
そこで、ゴヤの『巨人』が、3月29日付本ブログで扱いました米国映画の『ジャイアンツ(巨人) Giant』と同じ作品名であることが注目されます。
 
2018年10月6日付本ブログなどでも扱いましたように、映画のベネディクト家では、その跡取り息子がメキシコ人のインディオの女性と結婚して一子を儲けて差別される側となったことから、その生活態度をインディオの女性側にあわせようとしたり、差別発言に抗議するなど差別問題に取組むことになります。一見すると、‘反差別運動’の宣伝映画のように見えますが、映画のラストシーンは、ベネディクト家の当主が、孫の容姿が完璧にインディオの容姿であって、しかもその気質が粗暴であることに、不安と困惑を隠せない様子を映し出すというものです。すなわち、テキサスにあっても、大農場主として英国貴族のような洗練された文明生活をしていたベネディクト家は、将来、インディオ側に‘乗っ取られて’しまうことによって、非文明化してしまう可能性が暗示されているのです。
 
仮に、米国映画の『ジャイアンツ(巨人) Giant』の製作者が、ゴヤの『巨人』をテーマとして、映画を制作していたといたしますと、ゴヤの巨人、すなわち、イルミナティーの作戦が見えてまいります。すなわち、イルミナティーは、中央ヨーロッパにおきましても、婚姻や婚外子などを通して、徐々に、非文明人に文明人側の家々を乗っ取らせるという戦略を採ったと推測することができるのです。原作者のエドナ・ファーバーEdna Ferber1885815 - 1968416日)の父親はハンガリー系ユダヤ人で、母親はドイツ系ユダヤ人であり、「黒いユダヤ人」の社会に通じていたと考えられる点も、こうした推測を補います。
 
ゴヤの時代は、『二都物語』の時代であり、まさに、イルミナティーが、カルマニョールなどによる謀略・暴力活動を通して、大々的にヨーロッパに展開し始めた時代です。このように考えますと、ゴヤは、こうした常人には理解しえないようなカルト的なイルミナティーの脅威、すなわち、イルミナティーの持つ文明に対する執拗なまでの攻撃性を、巨人に喩えて描いたと言えるのではないでしょうか。

 
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(続く)

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