時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。「大阪G20集合写真」には、サウジアラビアのアブドラ皇太子が、あたかも“国際社会に復帰”したかの如くに、その中央を占めて笑顔で写っておりました。G20をめぐる奇妙な“国際社会への復帰”は、G20閉幕後に、番外編の如くにもう一つ発生したようです。
 
それは、米国トランプ大統領の北朝鮮訪問です。核開発問題、米朝首脳協議の難航(失敗?)、そしてこれと関連した交渉担当者への残忍な粛清によって国際社会の孤児のような存在となっていた金正恩は、トランプ大統領の訪朝によって、突如、“国際社会に復帰”しているかの如くの印象を与えることになりました。
 
この悪名高い二人の独裁者のG20を通しての“国際社会に復帰”は、大阪G20の背景にイルミナティーがあると仮定いたしますと、説明がつく気がいたします。
 
イルミナティーは、極めて狡賢い戦略を立てる人々です。次期G20がサウジアラビアでの開催となりますと、日本国政府は、アブドラ皇太子を大阪G20に招かざるを得ず、また、集合写真の撮影の際には、安倍首相と並んで、その中央を占めさせざるをえないのです(日本国政府は、アブドラ皇太子の入国拒否もできたのでは?)。そして、大阪G20閉幕後の各国首脳のスケジュールにつきましては。日本国政府は介入できませんので、トランプ大統領が大阪から飛行機で僅かな距離の韓国と北朝鮮との国境の板門店を訪れることを止めることはできなかったのです。
 
ではなぜ、イルミナティーは、大阪G20を悪用して、アブドラ皇太子と金正恩の“国際社会復帰”をパフォーマンスしたのでしょうか。それは、これらの独裁体制である両国が、イルミナティーにとりまして、極めて重要な役割を果たしている国々であるため、昨今の両国に対する国際社会からの強い批判を和らげる狙いがあったと推測することができます。アブドラ皇太子への疑惑や金正恩への国際社会からの非難は、両人が、独裁的権力を行使して、他者の基本的人権を踏みにじった点にあり、世界の多くの人々は、「やはり独裁体制は残忍であって、だめだ」と感じることになりました。ところがイルミナティーは、こうした独裁体制が大好きですので、両人が批判を受ける状態は、イルミナティーの計画の遂行上、都合が悪かったと推測することができるのです。
 
そこで、イルミナティーの“知恵袋”は、大阪G20を悪用して、アブドラ皇太子と金正恩にスポットライトをあてることで、両人を“国際社会に復帰”させようとしたと考えることができるでしょう。
 

かくて、中身が空っぽの“米朝首脳挨拶”が、板門店で行われることになったのではないでしょうか。


 

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本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。昨日G20が閉幕いたしましたが、参加各国の首脳や国際機関の代表を一堂に会して撮影された集合記念写真の中央を、サウジアラビアのアブドラ皇太子が堂々と占めている点に違和感を覚えました。
 
開催国の安倍首相の隣にアブドラ皇太子が位置している理由は、次期開催国がサウジアラビアであることにあるのですが、アブドラ皇太子は、昨年発生した残忍極まりないカショギ氏暗殺事件への関与を疑われ、国際社会からの非難を受けている人物です。さらに、ゴーン容疑者による私的な巨額損失の日産への付け替え疑惑において、その協力者となったのが、サウジアラビアの財閥である「E・A・ジェファリ・アンド・ブラザーズ」の副会長であり、かつ、同国の中央銀行の理事でもあるハリド・ジュファリ(Khaled Juffali)であり、氏も、サウジアラビア王室と近い関係にあります(ゴーン氏は、レバノンのベイルートに所在するイエズス会系のCollège Notre-Dame de Jamhour(コレージュ・ドゥ・ノートルダム・ドゥ・ジャンブール)で中等教育を受け、一方、ジュファリ氏は、ベイルートに所在するクェーカー教系のBrummana High School(ブルマナ・ハイスクール)で高等教育を受けており、ともに「黒いユダヤ人」の国際組織であるイルミナティーとの関連が疑われる。ビクトリア朝時代の1873年に、ブルマナ・ハイスクールをベイルートに創設したセオフィルス・ヴァルドマイヤーTheophilus Waldmeier氏は、「黒いユダヤ人」である可能性が高い)。

このような怪しげな人物であるアブドラ皇太子が、いつのまにやら大阪G20において国際社会に復帰しているかのように見えるのです。では、次期G20の開催国がサウジアラビアであって、同国の権力の頂点にあるとされるアブドラ皇太子の復帰は何を意味しているのでしょうか。
 
サウジアラビアと言いましたならば、オイルマネーを背景とした黒人至上主義の発祥の地でもあります。この点と関連して、今般の「大阪G20集合写真」には、もう一つ注目すべき点を見付けました。それは、韓国の文大統領の後ろと横に位置する2名のアフリカ系の参加者が、大阪G20におきまして唯一のアフリカ系であることです。この韓国とアフリカとの密接な関係を示唆する構図にも意味があるようです。
 
韓国は、そもそもエベンキ族との民族的近さから、「カンKhan」の国として、イルミナティーの強い影響下にある国であると推測することができます。従いまして、韓国の国旗である太極旗は、イルミナティーの「蛇鷹輪の思想」を表現していると考えることができるのですが、「蛇鷹輪の思想」こそが、黒人至上主義を支えている思想であると言うことができます。黒人至上主義とは、白人至上主義を逆転させた思想であり、白人や黒人も含めたあらゆる人々の基本的人権を保障する世界の構築を目指す思想ではなく、上下を逆転させた世界を目指す思想です。こうしたイルミナティーの「蛇鷹輪の思想」にもとづく黒人至上主義の実現に協力しているのが韓国であり、文大統領の周りをアフリカ系の参加者がかためている理由であると考えることができるのです。
 
昨今、スポーツ界では、大阪直美選手やサニ・ブラウン選手と言った黒人との混血選手が、日本代表の選手として活動し、マスコミも大きく取り上げておりますが、大阪選手には、大阪サミットが想起され、サニ・ブラウン選手には、ブラウンという名前におきまして、ヴィクトリア女王の事実上の皇配であったジョン・ブラウン、米国初の黒人至上主義者であると言えるジョン・ブラウン、そして李氏朝鮮の財務官であったジョン・ブラウンが想起されるのは、偶然でしょうか。「大阪G20集合写真」は、黒人至上主義の台頭を物語っている気がいたします。

 
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本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。ローマ・カトリック教会は、今日でも世界最大規模の宗教であり続けておりますが、特に、教皇庁、ヴァチカンの組織を支える財源は、どこにあったのかと申しますと、「ピーターのペンスPeter’s Pence」と称される税が、8世紀にシャルルマーニュによって設立されたことに負うところが大きいようです。シャルルマーニュは、ヨーロッパ大陸のほぼ全域を征服・統一しておりますが、その際に、教皇レオⅢ世のための特別税制度を設けて教皇庁の財源を確保していたのです。すなわち、特に8世紀以降、ヨーロッパ全土にローマ・カトリック教会が拡大した理由は、潤沢な税収があったからなのです。
 
そもそも教皇庁のための税が、「ピーターのペンスPeter’s Pence」と称される理由は、ローマにあるカトリック教会の総本山が、聖ピエトロ大聖堂と命名されていることに示されますように、第一代の教皇が、キリストの弟子であり、12使徒の一人でもあるペテロであるとされているからです(聖ペトロの進言によって、キリスト教の教会が初めて建立されたことにより、ユダヤ教のシナゴーク組織から明白に分離して、キリスト教教会組織として独立)。「ピーターのペンスPeter’s Pence」こそ、教皇のお財布であったと言えるでしょう。
 
いずれにいたしましても、教会の十分の一税とともに、「ピーターのペンスPeter’s Pence」もローマ・カトリック教会の活動資金となったわけですが、そのローマ・カトリック教会が、イエズス会出身の初の教皇、教皇フランシスコを迎え、現在、イエズス会フランシスコ派の強い影響下にあることは、ヴァチカンがイルミナティーの影響下にも入っている可能性が高いことを示唆しております。すなわち、教皇庁の財源が、イルミナティーの活動資金となっているのかもしれないのです。
 

このように考えますと、洗礼名がフランシスコである麻生財務大臣による消費税10%への増税も、気になるところです。イルミナティーの活動資金とならぬよう、日本国民は、その使い道につきまして、十分に監視してゆかねばならない、ということになるでしょう。


 

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 本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。イエズス会フランシスコ派が本能寺の変に関与しているがゆえに、本能寺の変の真相は歴史の教科書の記述とは、まったく異なっている可能性を本ブログにおきまして指摘いたしましたところ、読者の方から、それでは織田信長はどうなったのか、という質問をコメントとしてお寄せいただきました。
 
憶測の域は出ませんが、私は、本能寺の変は、イエズス会フランシスコ派の意を受けた信長と光秀によって計画された朝廷制圧クーデターであったと考えております。イエズス会フランシスコ派から朝廷制圧による天下統一、一元支配を勧められた信長は、腹心の明智光秀を本能寺に呼び寄せて秘かに朝廷を武力制圧する計画を実行に移したと推測することができます。
 
すなわち、信長への謀反という口実で京都に入った光秀が、本能寺にて信長と合流して、京都御所を制圧するという計画であり、表向きは“信長は本能寺で光秀に討たれた”ということにして、実際には、秘かに京都御所に入った信長は正親町天皇を殺害して、自らが天皇になるという計画であったと推測することはできます。天皇は、御所の内にあり、外出することは皆無ですので、信長が天皇と入れ替わっても、御所さえ制圧していれば、誰にも気づかれることはないわけです。
 
このように考えますと、光秀の軍勢が本能寺に到着するまで、信長が光秀の軍勢が本能寺に迫っていることをまったく気付かなかったという極めて奇妙な点を説明することができます。信長自身の桶狭間の戦いによってもよく知られておりますように、急襲されることは戦国時代にあって常識ですので、信長が、鎧の経帷子の轟音をたてながらやってくる光秀の1万5千の兵に気付かなかったはずはないのです。
 
では、信長は、天皇になったのでしょうか。あるいは、天皇となったのかもしれませんが、イエズス会フランシスコ派の裏切りによって、朝廷にて討たれていた可能性もあります。本能寺の変が朝廷問題と関わっていたことは、本能寺の変後の数日の間に書かれていた公家衆の日記類が、すべて没収・破棄されたことによっても示唆されます。
 

また、明智光秀をめぐりましても、信長が天皇で、光秀が将軍という構想であったのかもしれませんが、イエズス会フランシスコ派の裏切りによって、豊臣秀吉が天下人となったとも推測することができます。いずれにいたしましても、“本能寺の変”という朝廷制圧クーデターによりまして、朝廷におけるイエズス会フランシスコ派の影響力は増し、幕末史にも影響を与えていたのではないか、と考えることができます。


 

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本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。フランシスコ・ザビエルが日本に齎したとされる悪魔の化身である果心居士が、「南蛮寺の建立前後、京都にも、屡々出没した」と芥川が記述している点は、南蛮寺が本能寺に隣接していた点におきまして興味を引きます。すなわち、芥川は、このような表現によって、イエズス会フランシスコ派が、本能寺の変に関与していた可能性を示唆しているのです。本年4月21にち付本ブログにて「ノートルダム大聖堂火災の“火事場泥棒説”」と題しまして、以下の記事をアップロードいたしました。
 
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今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。本能寺の変とそれにともなう安土桃山上の炎上の直後、イエズス会士が、日本人から「あなた方は、本当は、泥棒であったのですね」と言われたとする記述が、イエズス会士がパリのその本部に宛てて送った書簡に見えるそうです。
 
意味不明のような言葉なのですが、本能寺の変の前夜に、本能寺には「名品」や「名物」として賞賛されていた美術品や工芸品の数々が天覧目的で集められていた点、そして、安土桃山城が、信長によって収集されたヨーロッパや日本の美術品や工芸品によって飾られていた点を踏まえますと、本能寺と安土桃山城の両火災事件には、別の側面が見えてくるかもしれません。
 
これらの美術品や工芸品は、火災によって焼失したとされております。しかしながら、仮に、焼失していなかったといたしましたならば、それは、どうなったのでしょうか。ここで注目されるのが、イエズス会の南蛮寺が本能寺に隣接していたことです。本能寺と南蛮寺は地下トンネルによって結ばれていたとする説がありますように、両寺は至近距離にあります。本能寺の変によって火災が起こった際に、イエズス会士たちは、十分にこれらの美術品や工芸品を運び出す時間があったと考えることができるのです。安土桃山城も同様であったと考えることができるのです。すなわち、両火災事件は、“火事場泥棒”を狙った計画的放火であって、その犯人は、イエズス会(フランシスコ派)である可能性を指摘することができるでしょう。
 
本年2月18日付け本ブログで「イエズス会(フランシスコ派)の武装盗賊団気質の問題」とするタイトルで扱いましたように、イルミナティーの前身であるイエズス会(フランシスコ派)をめぐりましては、その創始者のイグナティウス・ロヨラとフランシスコ・ザビエルの両人が、イベリア半島のバスク地方の出身であるという特徴があります。Wikipedia(日本語版)によりますと、「この頃(古代)のバスク人たちは長老会議や戦士団を持ち、女性は農業を、男性は狩猟や略奪を行った。何らかの言語を話していたが、その言語を文字にすることはなかった」こと、そして、中世のバスク人については「ヴァスコニアは西ヨーロッパの人々によって野蛮性が強調され、「破壊者」「浮浪者」「略奪者」などと呼ばれた」ことも注目されます。
 
すなわち、バスク人の男性は、もとより集団による掠奪を生業としてきたようであり、このことも、大航海時代にイエズス会(組織的な男性集団)が、「掠奪者」や「奴隷商人」と称されたことを説明していると言えるでしょう。
 
このように、イエズス会(フランシスコ派)の武装盗賊団的な性格は、バスク人気質によっても説明することができ、こうした性格は、イルミナティーの性格であるとも言うことができるでしょう。
 
このように考えますと、ノートルダム大聖堂の火災事件も、“火事場泥棒”を狙ったイルミナティー(イエズス会(フランシスコ派)の後身)の計画放火である可能性も浮上してまいります。この計画は、消防士たちが率先して美術品・工芸品の救出を行ったことから失敗したようですが、その保管と管理には要注意であると言えるでしょう(厳重な警戒が必要)。イルミナティーの窃盗の特徴は、貧しい人々に配るという口実によって、泥棒であるにもかかわらず、“正義の味方”を装うことです。同じ口実を用いて“正義の味方”の仮面を被ったアルセーヌ・ルパンの舞台こそ、まさにパリであったのですから。
 
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 悪魔の化身・果心居士が南蛮寺にあったという伝承と南蛮寺と本能寺の位置関係は、本能寺の変の真相が、火事場泥棒という側面も含めて歴史の教科書とはまったく異なるものであった可能性を示唆していると言うことができます。すなわち、歴史の教科書に載る本能寺の変は、果心居士の幻術の一つなのかもしれないのです。「果心居士が絵の中から船を呼び出し、船に乗り込むとそのまま絵の中に消えていった」という伝説は、仮想現実をつくることに長けていた果心居士の幻術、すなわち、イエズス会フランシスコ派の常套手段を表現しているのではないでしょうか。


 

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