時事随想抄

国家と国民のための政治を考える

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今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。第二次世界大戦中の捕虜収容所のカトリック司祭の洗脳活動の分析から、イルミナティーの①「憎しみこそ生き残るためのすべてである」という信条、②自己中心的男性至上主義、③文明の否定と人類の動物化の肯定、そして、④文明人女性への嫌悪と非文明人女性への礼賛という思想的特徴が見えてまいりました。
 
 これらの4つの特徴から、アドルフ・ヒトラーはイエズス会士であった可能性を指摘することができます。①の「憎しみこそ生き残るためのすべである」という信条は、ドイツ人を擁護しているように見せかけながら、実のところヒトラーが多くのドイツ人を死地に追いやっていた点において認めることができます。第二次世界大戦中にナチス政権が行った作戦を概観してみますと、不審な点がいくつかあるからです。
 
ナポレオンのロシア遠征の失敗例にも示唆されますように、また、ビスマルクも二正面戦争を避けましたように(挟み撃ちにあってしまうため)、ドイツのソ連邦への侵攻は、二正面戦争となるため、戦略的には愚策とされる作戦です。しかしながら、ヒトラーは、敢えて意図的にソ連邦に侵攻するのです。さらに、真珠湾攻撃の報を受けてのドイツの米国への宣戦布告も奇妙です。仮に、日独伊三国同盟において、これらの3ヶ国のいずれかが宣戦布告を受けた際には、相互に味方として参戦することが義務付けられていましたならば、1939年9月に英仏がドイツに宣戦布告した際に、日本はドイツ側に立って参戦しなければならなかったわけですが、1939年9月に、日本は、欧州戦不介入の声明を発表しております。このことは、相互参戦の義務はなかったことを示しているのですが、1945年12月に、ヒトラーは、日独伊三国同盟をもって米国に参戦しているのです。すなわち、ドイツの敗戦が決定的な状況となることが予測されるにもかかわらず、ヒトラーは、わざわざ、二正面となる状況をつくっているとしか言いようのない状況をドイツにもたらしているのです。
 
 さらに、ドイツの敗戦が決定的となった段階においても、最後の一人となるまで戦うようドイツ国民に命令下したことから、ベルリン陥落までの間、さらに多くのドイツ人が戦争の犠牲者となりました。仮に、意図的にヒトラーがドイツの壊滅を目的として、ドイツ人を騙し、このような作戦を行っていたといたしますと、ヒトラーは、相当、ドイツ人を憎んでいたということになるでしょう。
 
ヒトラー自身は、アルゼンチンに逃亡したとする信憑性の高い説があります(アルゼンチンにおいて撮影されたヒトラーとされる人物は、確かにヒトラーによく似ており、また、ベルリンの地下壕で自殺したとされる人物は、別人である可能性が高い)。仮に、そうでありましたならば、まさに、ヒトラーは、このイルミナティー、イエズス会の①の信条の通りに行動したということになるのでしょう。
 
歴史の教科書は、ヒトラーについて、熱烈なドイツ人擁護者、愛国主義者と書いているかもしれませんが、事実は逆である可能性は高いと言うことができます。ヒトラーは、出生の2日後の422日にローマ・カトリック教会のイグナーツ・プロープスト司教から洗礼を受け、アドルフAdolf
と名付けられております。「イグナーツ」とは、エズス会の創始者、イグナティス・ロヨラの「イグナティウス」のことであり、オオカミを意味する「アドルフ」という名前が、チンギス・ハンが自らを「蒼き狼」と称していた点を想起させることは、何かを意味している気がいたします。

 
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(続く)

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