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GTKオーディオのブログです。YouTubeで、GTKaudio1 Shimomuraを検索すると、音を聴くことができます。

未来の恐怖 AI

遠い未来の話ではない。

車に乗った親子が話を始める。

「お父さんが子供のころは、車は人が運転していたのだよ」

「ええー、そんな危ないじゃん」

「うん、だから交通事故がたくさん起こっていたんだ」



時代が変わろうとしている。

その変化は、かつて人間が経験したことのない根本的な変化である。

人間にしかできなかった判断を、機械(コンピュータ、ソフトウェア)が担おうとしているのである。

私にとって、その未来は恐怖である。

何が恐怖か。

人間の労働の価値が、なくなることがである。



自動運転を例にとろう。

人間が運転するよりも自動運転のほうが正確になる時代が遅からずやってくる。

その時、車を運転する業務に従事する人たちがいらなくなるのである。

別の受け皿があるのだろうか。


さまざまなことを考慮して、判断を下す、人間の特権であったものが、AI(人工知能)に置き換わり、そちらのほうがより良い判断をするという時代が来ようとしているのである。

今までは、おもに肉体労働や単純労働が機械に置き換わってきた。

機械には臨機応変に判断を下す能力がなかったためである。

AIは、人間以上に臨機応変に対処することがそのうち出来るようになる。

だから、今までは不可侵の領域に属した知的労働もAIに置き換わる時代に入ってきているのである。


知り合いの税理士は、会計士、税理士、弁護士の仕事はそのうちなくなると予想している。

人間はすべての知識を網羅することはできない。

AIは疲れを知らないから、あらゆるものを探し出し、制度判例に即して、最善の判断にたどり着くことができるようになるであろう。

さらに言えば、社長が判断するよりも、AIの判断のほうが正しく、会社がより繁栄する時代が来るのである。



人間に残された創造力という領域は、ほんの一握りの労働力にしかならない。

労働が生きてゆくための基本であった時代から、人間に残された仕事がなくなる時代の変化にどう対処すればよいのかが見えないのである。



かつて、人間にしかできないと思われていた仕事が、より迅速かつ正確な判断のもとAIによって処理されて行き、その結果が素晴らしいものになる。

人間が判断するよりAIの判断のほうがより良い結果をもたらすことが分かった時、労働分野における人間の価値が消滅する。

現在、証券取引の分野で起こっていることではないか。



仕事をしなくて良い世界、バラ色か。

恐怖である。

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もう一つ、真空管オーディオフェアで感じたことを書く。

音を聴いていた方が私のところに来てこう仰る。

「デッカカートリッジはクラッシックにしか向かないと聞いていたけど、ジャズでも生き生きと鳴るんですね」

オーディオマニアの間では、まだそんなことが定説になっているのだろうか。

まあ、誰かの言った言葉を、確認することもなく、他の人に喋る人は多い。

だから私は、何十年もやっているというオーディオマニアの言葉を信じない。

その言葉に従って、自分で確認してみると、そのほとんどは間違っている。


私がデッカを使い始めたのは、およそ30年前である。

その前はオルトフォンのSPUのみであった。

当時は、デッカのカートリッジでは、ジャズには向かないというのが定説であった。

聴いてみると、まったくそんなことはなかった。

何を聴いても良いカートリッジはよい音を出すのである。


本当に、当時言われていたオーディオの定説は、ばかばかしいものに満ちていた。

デッカのカートリッジは赤腹じゃなければ、いい音はしないというのもあった。

聴いてみると、まったくそんなことはなかった。

それで、以前このブログにも書いたが、デッカにいたジョンライトに、聞いてみた。

MK1の腹の色はもともと黒である。MK2、MK3を開発した時、色を変えた。

たぶんMK2は赤、MK3は白だったのであろう。

ただ、イギリス人は、日本人とは違い、黒の薄いプラスチックが無くなった時、新たに黒を作るなんてことはしない。

たくさんある赤や白のプラスチックをMK1用に使うのである。

音は変わらないからである。

その時のブログです。日付が書いてある。2008年のことだ。

イギリス人は、音に影響することにはこだわる。それ以外のことには頓着しない。

それに対して、日本人が大事なのは、音よりも見た目なのである。名器なのである。

ピカピカの名器をそろえて、ろくでもない音を出しているオーディオマニアはたくさんいる。

名器でもレアなものなら、他人(ひと)に自慢できる。

レアな名器なら、いい音ですよと言われて、他の人は聴いたことがないから、そうですかと言うしかない。そこが付け目である。

そんなにいいならYouTubeに出してください、というとコンピュータに慣れていないとか言って、出そうとはしない。

メールをやっているなら、できるだろう。

結局自信がないのである。

話がそれた。とにかくデッカの腹の色は音とは関係ないということである。


4年前のオーディオフェアでこんなことがあった。

オーディオを始めて間もない人と、何十年も前からオーディオをやっている人が真空管オーディオフェアに連れだってやってきた。

後者は私の懇意のお客さんである。

前もって何も知らせず、全部のブースを回り、どれがよいかと聞いたそうである。

その初心者、迷わず、GTKオーディオと答えた。

「つまんねえな」と熟練のオーディオマニア。

違うことを言うだろうから、いろいろと説明してやるつもりでいたのに、その初心者、ぴたりと的を射てしまったのである。

つまり、わかる人はすぐにわかる。わからない人は、何年たってもわからないのである。

音は感覚的なものである。芸能芸術の世界である。

論理的に説明を受けて、なるほどこの音がいいのだなんて馬鹿馬鹿しい。

そういう人は、自信がないから、評論家の推奨する機器をそろえて、これがいい音だと思い込もうとする。

自分が酔えない音を聴いてどこがうれしいのか。

音の良さに絶対的基準はないのである。

自分が酔えるかどうかである。論理的説明なんて全く必要としない。



まあ、自分の耳を信じない限り、いい音なんて出るはずがない。

大きな変化をもたらすことには無頓着で、どうでもいい細かなことにこだわるオーディオマニアが多すぎる。

数十万円のRCAピンケーブルを導入し、悦に入っているオーディオマニア。笑止である。

それを推奨してきたオーディオ雑誌。罪深い。




Garrard 301のプラッターのホイールバランスをとるための穴の数。

私がYahooでGarrard 301を売っていたころ、プラッターの穴の数を書かなければならなかった。書かなければ、これを知らなければオーディオマニアではないとばかりに必ず聞いてきた。

私が聴いた限りでは、穴の数と音の良さは全く関係なかった。

だからこのブログにばかばかしいと書いた。

これも2008年のことだ。その記事である。

今はどうなのかは知らない。いまだに穴の数を訊く人がいるのかねえ。当時は必ず聞いてきた。

Ebayとかで質問されると、日本人の馬鹿さ加減を世界に知らしめるんじゃないかとひやひやしていた。

これも検証することなくうわさを広めたオーディオマニアの馬鹿馬鹿しさである。

だいたい、こういう話をするオーディオマニアが、聴き分ける耳を持っているとは思えない。

まあ、何十年もオーディオマニアをやっているといっても、音がわかるわけではない。

初心者で、音がわかる人もたくさんいる。

芸能芸術ってそういうもんでしょう。




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さてと、独特の感覚を持った興味ある二人の方たちの二人目です。

私が新しいレコードを回し、音を出した瞬間、大きな声がした。

「そんなに大きな音を出しちゃだめだ」

ワーオ!

難癖を付けようっていうのか。

正方形に並べた座席の中央付近に座った、まさに御大と呼ぶにふさわしい老人が、私に大声で話しかけている。

聞き取りにくいうえに、感じたことがそのまま言葉になっているのか、脈絡がない。

うーん困った。

私は控えめなうえに内気な性格である。こういう人ちょっと苦手。

だから、何も言わずに従うことにする。心の中で批判はすればよい。

XMSは出力が大きく、ボリュームの位置は8時ぐらいまで絞っている。

まあいい、もう少し絞って、聴いてもらう。



私が出す音は大きすぎるとよく言われる。

理由がある。

ちゃんとしていないシステムでは、大きな音にするとうるさくなるのである。

人は好みの音量で聴けばよいのである。

音量を大きくしたとき破たんするようなシステムでは、小さな音でしか聴くことができない。

小さな音で聴くようにと指導するようなオーディオ店は信用できない。

私のシステムは、大音量にしてもうるさくはない。



ちょっと音が鳴った後である。

「いいじゃない」

う、、、なんだ、、、聴く耳は持っているんだ。

おれが努力して作り上げた音だ。あんたに言われなくても、いいに決まっている。

こちらとしては、聴く相手がこの音をいいと判断する能力があるかどうかを判断しているだけである。

私は、控えめなうえに内気な性格であるから、声には出さず、にこにこしている。

まあ、音を聴く能力はあるみたいだ。OKである。



さらに、様々なことをしゃべっている。

解読不能。

アレー、、、今度は握手を求めてきた。

私は、控えめなうえに内気な性格である。

握手を受ける。

一緒に聴いている人もたくさんいるというのに、なんとも傍若無人。

まさに御大である。



私が鳴らしている機材は、ほとんど所有しておられるとのことである。

お金持ちなんだ。

だから、同じような良い音で鳴っているとおっしゃりたいのであろう。

それはない。

私のシステムは、すべて音を良くするために手が入っているのだ。

スピーカー、ターンテーブルはサンドフィルド、Leakのアンプは電源部分もオイルコン化。

ちゃんと直していないLeakのアンプでは、小さな音でしか聴けないのであろう。

御大、その違いを聴き分ける能力がなかったことが、残念である。

私は、控えめなうえに内気な性格である。

声には出さず、にこにことお別れした。


真空管オーディオフェアでは、係りの人が、各ブースの音量を測定している。

6年出店しているが、今まで一度として注意を受けたことがない。

私のブースの音が大きく感じるのは、出ている音にエネルギー感があるからだと思う。


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