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GTKオーディオのブログです。YouTubeで、GTKaudio1 Shimomuraを検索すると、音を聴くことができます。

モノラルカートリッジ

イメージ 1

Decca XMS(ゲンコツ)に出会って以来、ステレオのレコードを聴くことがめっきり減ってしまった。

モノラルレコードにはまってしまったのである。

何が違うのであろうか。

音の太さ、その密度が違うのである。濃厚である。

リアルに聞こえる。


デジタルの音は、綺麗ではあるが、さらりとしていて聴いていてつまらない。

だからステレオレコードということになる。

ステレオレコードのほうが音が太く濃厚である。


それと同じことがステレオレコードとモノラルレコードにも言えるのである。

ステレオレコードよりモノラルレコードのほうが、音が太く濃厚である。


ステレオカートリッジでモノラルレコードを鳴らしても、モノラルレコードの良さはわからない。

モノラルレコードは音が悪いと思うくらいのものである。

音の良いモノラルレコードを鳴らすには、モノラル専用カートリッジが必要である。

私はXMSですが、今回4個のカートリッジを試してみた。


写真左から、Decca XMS、Fairchild 225-A、右2個は、GarrardのSP用カートリッジにモノラル用針を装着して、LPに対応させている。

今回は、Billie HolidayのLady In SatinのモノラルLPから、それぞれ曲を換えて再生した。

コロンビアのオリジナルLP 6eyeである。オリジナルではあるが、高価ではない。



まずはDecca XMS,


つぎは、Fairchild 225-A、英国製PA用昇圧トランス(5倍)を介して鳴らしている。


Garrardの78回転用の針を外して、LP用サファイヤ針に交換。もともと針は固定されていない状態で、下を向けると落ちてしまっていた。このままでは使えないので、接着剤で固定して使っている。


最後は、SP用鉄針をネジで固定するタイプの電蓄用カートリッジに、ジュークボックス用LP針を無理やり装着してモノラルレコードを再生している。4個の中でおそらくもっとも古い。

Billie Holiday But Beautiful Old Garrard Cartridge


最後の2個、ガラードの針圧など分かるはずもないので、10グラム程度の針圧で再生した。


モノラルLPの魅力、わかっていただけるでしょうか。

時代を経るにしたがって、手軽で、綺麗な音に変わっていった。

レコードでは不可避のものであった針音さえ、ステレオレコードになると極力抑えられた。

しかし、些末なことにこだわって、モノラルレコードが持っていた野太く濃厚な音もなくなっていった。

私には、針音はしても、野太く濃厚な音のほうが大切なのです。

音場がみえるよりも、音色のほうが魅力なのです。

イメージ 2

あ、そうそう、ここで再生しているVarislope3とTL/10の嫁入り先が決まった。

特にTL/10は真空管オーディオフェア等で鳴らしたアンプである。

YouTubeに載るのもこれで最後です。

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入院 その2


手術も無事終わり、私としては一安心の状態だった。

ベットに載せられたまま病室に帰ってきた。

左腕には、手術の時もついていた点滴の針が刺さっている。

心電図のモニターもつけた。

フラットなベットの上で、右足を動かしてはいけないという。

起てても曲げてもいけない。

なかなか苦しい。


朝から何も食べてはいないのだが、腹はすいていない。

それに、横になった状態で、ものを食べるのは難しい。

3時になったら30度体を起こすことができるとのことで、その時軽食をとることになった。


担当の看護婦さんは、小さくて華奢な感じの人だった。

若く美人である。

その看護婦さんが、トイレに立つことの出来ない私の小便を、尿瓶(しびん)を使って手伝うとおっしゃる。

つらい話である。


私は、下半身不随になった母親のオシモの世話を、母が死ぬまでの数年間介護した。

私自身が汚い人間だから、汚物の処理にすぐ慣れた。

初めのうち、母が恥ずかしがるのが邪魔であった。


だから照れることなく、手伝ってもらうことにする。

朝9時ごろトイレに行って以来である。点滴で水分はどんどん補給されている。

CTを使っての手術だったため、造影剤が体に残っている。

小便とともに造影剤を排出することが、大事な医療行為なのである。


2時ごろ一度試みた。

溜まっているのはわかるのに、まったく出ない。

横になったままでは無理である。


3時になり、30度、体を起こすことができるようになった。

軽食が出た。

パンにジャムを付けて牛乳で食べた。

久しぶりの食事、うまい。



さて、尿瓶(しびん)である。

体を起こしても、30度ではあまり寝た状態と変わらない。

手伝ってくれている看護婦さんには申し訳ない。

出ない。


4時ごろ、看護婦さん新たな道具を持ってきた。

ついに決断したのだ。

尿道カテーテルである。

尿道に管を突っ込んで、膀胱にたまった尿を排出させるのである。

痛い。我慢する。



どんな処置が行われているのか、さっぱり見えない。

たぶん出ている。

仕事とはいえ、申し訳ない。

「すみません」

「いえ」

また痛みが来た。たぶん管を抜いているのだ。

終わったようだ。


「こんなに出ましたよ」と、看護婦さん初めてにこっとした。

尿が出ないことが気になっていたのだろう。

尿瓶(しびん)に半分ほどの尿が入っている。

400ml。

これでどうにかなった。



夜、担当の先生がみえて、傷口を確認し、病室内なら歩いても良いとの許可が出た。

点滴と心電図モニターをトイレの近くに置いてくれたので、自分でトイレに立てるようになった。

これまでが手術の一環であることが分かった。



この間にも、点滴や心電図モニターの警告音が鳴るたびに、新たな看護婦さんの手を煩わせた。

その時、ほとんどの看護婦さんが、傷口を確認し、そのあと足に触るのである。

傷口はわかる、足がわからなかった。

心臓カテーテル手術だったのに、なぜ足?

訊いてみた。

「足の血流を確認しているのです」

そうか、片脚全体に血液を送る血管をカットしているのである。

この血管に支障があれば、足の血流が悪くなる。

たぶん足の脈を診ていたのだ。


翌朝、担当医に最終確認していただき、退院した。






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入院

心臓カテーテル手術から4年が過ぎていた。

3か月ごとに受ける、血液検査、心電図、ともに結果は良好だった。

昨年暮れの12月初めに、久しぶりのCT検査をした。

検査の際、検査官の「もう一度とらせてください」の言葉にちょっとした不安を感じた。



狭さくが見つかった。

1月11日入院し、カテーテルの手術を受け、12日退院ということになった。

朝8時半から手続きをし、9時45分から手術が始まった。

局部麻酔だから、すべてがわかる。

淡々と進む。

予想外のことがあって、再びトライした時も、あわてる雰囲気は全くなかった。

11時ころ終わった。

「うまくいきましたよ。でも、これからが大事なんです」と、担当の先生。


以前のカテーテル手術は、左手から入れた。

手術が終わった後の止血は、バンドをまくことで、できた。

今回は太いのを入れなければならないため、右足の鼠蹊部から入れた。

止血が簡単ではない。

「20〜30分、手で押さえておかなければなりません」

傷口を担当の先生が押さえている。

「こんな単純な作業を先生にやってもらうのは申し訳ないです」

「いえ、これをちゃんとしないと、後から内出血したりして大変なんです。ひとまかせにできないんです」と、先生。

20分ほどで終わったが、この止血の時間が、ひどく長く感じた。


手術は無事終わった。

しかし、私にとって、これから後のほうが大変であった。


続く。







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