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トマ・クチュール

 トマ・クチュール(1815〜1879年)はフランス人の歴史画・肖像画家です。古典派に属する画家ですが、印象派画家を教えたりしました。結果的に、古典派と印象派の橋渡しをしました。
             自画像(トマ・クチュール作)
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 トマ・クチュールはパリの北のオワーズ県サンリスで生まれ、11歳の時家族とともにパリに移住しました。エコール・デザール・エ・メティエ(国立工芸学校)から、エコール・デ・ボザールに進学しました。フランス画家としては超エリート・コースを進みました。更に(ローマ留学費用がもらえる)ローマ賞に挑戦しました。6回の落選の後、1837年に(22歳で)ローマ賞を受賞しました。1640年にはサロンに歴史画と風俗画を出品と順風満帆でした。1640年代、50年代には壁画(フレスコ画)をいくつか受注しましたが、失敗しました。完成しなかったり、不評だったりのようです。1860年に故郷のサンリスに戻りました。エドゥアール・マネ、アンク・ファンタン・ラトゥール、シャヴァンヌ等の若い画家を教えました。年代順に作品を紹介します。
          未亡人(トマ・クチュール 1840年作)
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        ホレスとイディア(トマ・クチュール 1843年作)
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     Antoine Etex の肖像(トマ・クチュール 1845〜55年作)
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    1792年ボランティアの登録(トマ・クチュール 1847年作)
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       退廃期のローマ人たち(トマ・クチュール 1847年作)
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         貴婦人の肖像(トマ・クチュール 1852年作)
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        鎧騎兵(トマ・クチュール 1855〜58年作)
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       ハーレキンとピエロ(トマ・クチュール 1857年作)
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      仮面舞踏会の後の争い(トマ・クチュール 1857年作)
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        若いドラマー(トマ・クチュール 1857年作)
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         シャボン玉(トマ・クチュール 1859年作)
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この後故郷に帰ったようです。
       ダモクレスの危機(トマ・クチュール 1866年作)
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         いばらの道(トマ・クチュール 1873年作)
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         高級娼婦(トマ・クチュール 1873年作)
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         イタリア娘(トマ・クチュール 1877年作)
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      Michel Bouquetの肖像(トマ・クチュール 1879年作)
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            ジプシー娘(トマ・クチュール作)
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画風は古典的ですが、画題はマネと共通のものが見られます。壁画で失敗して、画題が少し変わったようです。一生を通じて、虚無とか厭世を感じさせる画家です。

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