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世界絵画美術館巡り旅
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 ジャン=バティスト・デエ(1729〜1765年)は18世紀に宗教画/肖像画を多く描いたフランス人画家です。
 ジャン=バティスト・デエはルーアン近くで画家のジャン=ドミニクの息子に生まれました。父に絵の手ほどきを受け、ジャン=バティスト・デカンの無料素描学校で学びました。その後ジャン=バティスト・コラン・ド・ヴェルモンの工房に入りました。1749年に(20歳で)歴史画家ジャン=レストゥー2世の工房に移りました。1750年のローマ賞に挑戦して、三等賞を受けました。翌年の挑戦して一等賞を受賞して、ローマ留学の権利を得ました。留学前の義務として三年間「王立特待せ学校」に通いました。ローマ留学後帰国して、1758年に(29歳で)王立絵画彫刻アカデミーの準会員に、翌年には正会員に選ばれました。王立絵画彫刻アカデミーの助教授の職を得ましたが、僅か36歳で亡くなりました。年代順に作品を紹介します。製作年が伝わらない作品や未完成の作品が多く残っています。病死のようですが、予期せぬ死だったのだと思います。
    聖アンドリューの受難(ジャン=バティスト・デエ 1758年作)
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  家畜に流れを渡らせる遊牧民(ジャン=バティスト・デエ 1760年作)
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描きかけのように見えます。
   奴隷のヨセフとポテパルの妻(ジャン=バティスト・デエ 1762年作)
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これも描きかけのように見えます。
      聖母の結婚(ジャン=バティスト・デエ 1763年作)
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        リュートを持つ女性(ジャン=バティスト・デエ作)
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          花を持つ女性(ジャン=バティスト・デエ作)
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           園遊会(ジャン=バティスト・デエ作)
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       エジプト逃避行の休息(ジャン=バティスト・デエ作)
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これも描きかけだと思います。
         おサルの画家(ジャン=バティスト・デエ作)
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畔でスカマンドロスに身を晒すトロイ勇士ヘクトル(ジャン=バティスト・デエ作)
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      ピュグマリオンとガラテア(ジャン=バティスト・デエ作)
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          芸術の寓意(ジャン=バティスト・デエ作)
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         キリストの復活(ジャン=バティスト・デエ作)
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         羊飼いの礼拝(ジャン=バティスト・デエ作)
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ロココ調の絵もいくつか見られます。並行して長期間描き込む画家が若くして亡くなったので、未完成の絵が多く残ったのだと思います。

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