ぎゃらり壷中天 鈍青房掌編

“鈍青房”は小生の庵号です。物をめぐる掌小話を掲載していきます。

全体表示

[ リスト ]

惰性

  『惰性』
 
 「俺たちは平和で、よい時代を生きてきたからね」
中川と木島はともに昭和三十三年に生まれた。高校の同級生である。卒業以来ずっと疎遠だったが、三十年ぶりの同級会で久しぶりに顔を合わせた。その二次会で隣り合い、お互いの近況などを話し込んだ。
 木島は上場企業の部長を務めているという。彼は高校時代から優等生で、一流の大学へ進学し、幸せな家庭を築き、企業人として成功の過程をまっしぐらに突き進んでいるところであった。さぞかしエネルギッシュな口調で自慢話を聞かされるのかと、ちょっと閉口していたのだが、意外と淡々としていて、意表を突かれた。
「物心付いた頃には家庭にテレビがあって、高度経済成長時代をほとんど不自由なく過ごしてきたんだものね」
木島はそう付け加えたが、
「みんながみんなそうではなかったぜ」
と、中川は反論した。実際、中川の人生は木島のように順風満帆ではなかったから。
「お前はいいよな、すべてがうまくいっちゃって」
「でもな、俺だってそれなりに努力はしたし、挫折して悩みもしたんだ」
木島はそう言って、何かを思い出しているようだった。
 
  「これからまだ上を目指すわけだろ?」
お互いかなり酔いが回ってきたようだ。
「まあ、そういうことになるんだろうな」
「そんな他人事みたいな言い方はないだろう」
中川はちょっと喰らいついた。
「でも、ここだけの話、結構これは本音なんだ」
「じゃあ、おまえはこれまでの自分の人生をどんなふうに捉えているんだ?」
「惰性」
木島は即答した。
「おいおい・・・」
冗談なのか、謙遜なのか、それとも本気・・・なのか。
木島は「惰性」ともう一回繰り返し、残ったコップの焼酎を飲み干した。                                                                                                                                                                          了
 
イメージ 1
 
 
 

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事