ぎゃらり壷中天 鈍青房掌編

“鈍青房”は小生の庵号です。物をめぐる掌小話を掲載していきます。

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はんでいし

  『はんでいし』
 
 近くの観音様の境内で月に二回、骨董市が開かれる。その日になるとほとんど毎回、中川古美術店にもついでに寄っていくのが石山さんだ。彼は陶芸家である。
 現代陶芸をめぐる昭和から平成にかけての事情には大きな変化があった。作れば売れるといった全盛期を過ぎ、昨今は陶芸作家も実に生きにくい時代となっている。
 その日もつい業界の近況についての話題となったのだが、「おれら、自分の仕事を深めていくことしか考えてへんからな。時代が変わったって言われてもな、やり方変えられへんわ」いつものように石山さんはいたってマイペース。
 
  「ところで今日の骨董市は何か収穫ありましたか?」中川が聞くと、普段なら「なんもない」と答えるところが、なにやらうれしそうに、
「今日は久しぶりに、ちょっと拾ったで、これ」
机の上に置かれたのは灰釉のぐい呑み。
「サインもない。箱もない。つまり裏付けはないんや。でも土はええ。この赤土はあの廣永のもんや。ろくろは右回り。口造りと高台の切り方には独特の手グセがはっきり出てる」
「つまり、あの人ですね」
石山さんは以前にも同じように骨董市で安く掘り出した茶碗を鑑定に出し、無事箱書をもらったことがあった。中川もその時は関わっていたので、石山さんが言っているのが誰のことかは察しがついていた。
「これはいけるで」
つまり、半泥子だと石山さんは言いたいのだ。
 川喜田半泥子。実業家でありながら陶芸にも入れ込んだ。旦那芸とは片づけられないどころか、東の魯山人、西の半泥子と称された近代陶芸史に名を残す現代陶芸の巨匠である。石山さんはこの半泥子に私淑していた。彼にとって半泥子は終生の憧れなのである。
 その半泥子の作品がどうして骨董市のようなところに箱にも収まらず転がっているのか。
そのことを疑問に思う向きも多いことであろう。しかし、半泥子の場合、造った焼き物を糊口をしのぐために売る必要がなかったから、出来上がった品の多くは知り合いにほいほいと手渡していたとされる。貰った方も当のご本人はありがたがって大事に保管していたかもしれないが、代がかわって、次の世代のものになると、それがどんな曰くの品なのかわからなくなってしまうことがある。結局不用品扱いされて、売り飛ばされてしまうこともよくある話なのだ。それが人の手を渡るにつれ、益々正体不明となってしまい、安価で売買されることもよくあることなのである。たまたま今回の石山さんのように事情に通じた人の手に落ち、それを証明したいと思うとする。作者本人が存命ならば自作の証明となる箱書をもらうということもできるが、亡くなっている場合はその関係者が鑑定と箱書を引き受けてくれることになる。その箱書が付くことで、骨董市に裸で落ちていた品が俄然貴重品になってしまうのである。
「箱書をお願いしますか」
中川には知り合いの業者を通して鑑定人に見てもらう手立てがあった。以前にも何度かそんなルートを利用していたので、石山さんもそのこを知っており、中川のところに持ち込んできたわけだ。
「中川さんはどう思う?」
「私もいいと思います」中川も石山さんの説明は十分に納得できた。
「そうか、じゃあそれでいいか」石山さんが言った。意外な答えが返ってきた。何かを悟ったような言い方だった。
「箱書は取らなくていいということですか?」
「うん」石山さんは続ける。「仮に箱書が取れたとしてもな、これを売ってもうけようとは思ってへん。おれが持っとくだけや。このぐい呑みが優れたものであることは間違いない。いくつかの様子からこれを半泥子が造ったとおれが信じ込んでいられたらそれでいいことや。おれが半泥子とどう向きおうているかという問題や。第三者は関係あらへん」
 
 結局、真偽をはっきりさせることはやめて、石山さんは半泥子のぐい呑みを無造作にポケットに入れて持ち帰った。高揚感は消え、実にさばさばとした様子だった。
 信ずる者は救われるという。真偽というものをはっきりとさせないほうがよいということもあるのかもしれない。改めて考えてみると、真実はとても不確かで、あいまいなものだ。そのあいまいさをあいまいなまま受け入れられず、白黒をはっきりさせないと気がすまないような潔癖な人はこの世界に近づかない方がよいのかもしれないと、中川は思った。                                                                                                                          了
 
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