ぎゃらり壷中天 鈍青房掌編

“鈍青房”は小生の庵号です。物をめぐる掌小話を掲載していきます。

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コンドルは飛んでいく

  『コンドルは飛んでいく』
 
 動物園の鳥類舎の前で。
「動物の形状っておもしろいよね」
彫刻家志望の生野君がしみじみと言う。
「変態を繰り返して、何万年もの時間を生き延びてきたその果ての姿だもんね」
生物学を専攻している吉野君が答える。
「つまり、優生遺伝子がこういう形状を選択してきた結果ということ?」
「そう。地球の環境変化に応じて、身体の機能や形状をうまく変化させた種だけが今も生き延びて、こうして我々の目の前にいるということだよね」
 するともう一人、その様子をかたわらで聞いていた自称“不思議大好きの夢想家”の
由美ちゃんが、
「ところでさ、性格のよい亀と、いじわるなパンダだったら、どっちが好き?」
「僕は亀。性格は問題じゃない。あの形が意表をついてるよ」と彫刻家志望の生井君。
「これってどちらか選ばなきゃ駄目なの?どちらも生物学的には興味深い対象で好きなんだけど」
と、生物学専攻の吉野君。
「じゃあガリガリの白鵬と足の遅いウサイン・ボルトとでは?」 
お構いなしの由美ちゃんは思いつくままに究極の選択を繰り出す。
「これで性格がわかるとでもいうの」
彫刻家志望も生物学専攻もあきれて聞き返す。三人は話しながらコンドルの檻の前にやってきた。
「“コンドルは飛んでいく”っていう歌知ってるでしょ。そう、I’d rather be a sparrow than a snail. カタツムリになるならスズメになった方がいい。というあれ」
「サイモン&ガーファンクルだよね」
「もとはアンデスのフォルクローレだけど、サイモン&ガーファンクルがカバーして世界的に知られるようになったのね」
「それで?」
「つまり、種の違いや特徴の差異はあっても少しずつ変化しながら、生物は次の世代へ、未来へとバトンを渡していくことを使命づけられているのよね。強いものも弱いものも、大きなものも小さなものも、みんなでこの先も繁栄していくことが大事なの。そうコンドルはどこまでも飛んでいくのよ」
 
 進化のベクトルはまっすぐに前を向いている。そこにあるのは遙かに果てのない道のりだ。今はまだその途中。三人の人生はこれからも続いていく。それをコンドルが見ている。                       
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ゆらぎ

  『ゆらぎ』
 
 「数学的見地から言えば、どこまでもまっすぐにのびる無限の線のことを“直線”、有限のものは“線分”として区別する」竹中さんは言う。彼は建築家。「直線とは人工的なものだ。自然界に直線は存在しない。目の前の水平線がまっすぐなように見えても大きな曲線の一部であることはピタゴラスやトスカネリやガリレオ・ガリレイに聞かなくたって、現代人ならわかるよね」
さらに続けて、
「しかし、都市には直線が溢れている」
「人間がつくった道路や建物は確かに直線的ですね」
俊平君は画学生。自分のスタイルを懸命に模索している。絵を描くことを男子一生の仕事として自分に課していこうと決めた、と言う頼もしい青年だ。
「直線は物理的な強度をもっているだけでなく、見た目にも痛快だ。ある種の心地よさをともなう」
竹中さんの言葉はたくさんの経験の中から導かれているから、大いに説得力がある。しかし、二人のやり取りを傍で聞いていた夏子さんは何か言いたそうだ。彼女は文学部の学生。就職を控えている。竹中さん、俊平君、夏子さんの三人は初対面。夏子さんは二人のたたみかけていくような会話になかなか口をはさめないでいた。
「夏子さんはどう思うの?」
骨董屋の店内で居合わせた三人。ひょんなことから話は佳境に入ってきた。店主の中川が夏子さんに振る。
「私が今一番関心があるのは、“ゆらぎ”ということなんです。お二人が話されている直線の魅力に関する刺激的なやり取りにも納得するところがいっぱいありますが、たとえばこんなふうにも言えませんか」夏子さんは話しながら、次第に自分の考えの道筋が見えてきたようだ。「都市にはゆらぎもある」
「おもしろそうだ」
竹中さんはすぐに反応した。
「都市を作ったのは人である。人と人との関係性にはゆらぎがある。個々の魂のゆらぎ、存在のゆらぎから生ずる人間関係のゆらぎのことです。それは平均率によって画一化され統制されることのできない世界です。都市はゆらぎで成り立っている。そういうとらえ方・・・なんですけど・・・」
最後はちょっと自信なさそうに。
「“ゆらぎ“という言葉を夏子さんがどういう意味で定義しているかをもう少しはっきりさせてからでないと、この問題をみんなで掘り下げていくのにはズレが生じてしまうよね」
中川が助け船を出す。
「でも、おもしろい観点だよ」
竹中は言う。
「僕もそう思います」
俊平君も同調する。
「“ゆらぎ“は芸術や文学にはもちろんだけど、建築や都市工学なんかにもどこかで関わってくる要素ですよね、きっと。おもしろそうだ」
中川が話をまとめる形になってしまった。これはとても短時間で語りつくすことのできない問題だ。閉店の時間をとうに過ぎていたし、みんなお腹が空いていたから、「ひとまず今日はこの辺でお開きに」と、またの再会を約束して竹中さんと俊平君が帰っていった。最後に夏子さんが残った。
「自分だけで考えていると、漠然としてちっともまとまらないことが、人とのスリリングな会話の中からクリアーになっていくことってやっぱりあるんですね」夏子さんはまだ話し足りない様子だった。
「みんな同じような場所でうろうろしている種族だからかな。シンパシーを感じ取ってしまうんだろうね」
中川は片づけものをしながら答える。
「私、決めました」
「何を?就職のこと?」
「いえ、それはないしょです。何年か経ったら、また報告にきます」
という会話があってからもう五年くらいは過ぎただろうか。中川はすっかり忘れかけていたが、ふと夏子さんの言葉を思い出した。彼女はまだ報告に現れていない。
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金魚のあぶく

  『金魚のあぶく』
 
 「まあそうね春の熊より君が好き」
「なんだい、それゃ」
「俳句よ。さっき作ったの」
「なんで春の熊なんだよ」
「冬眠から覚めた熊って、なんだかボーっとしててつかみどころがないでしょ。それよりは君の方がまだ好きかなあーっていう、ほわぁんってしたイメージよ」
「じゃあこれは・・・。透きとほる金魚のあぶく君が好き」
「それがどーした、の世界だね」
「そういう乙女ごころよ」
「にんじんは嫌いと言っても君が好き」
「でも一応季語はちゃんと入ってるんだ」
「そうよ、私だって角川書店編の歳時記、持ってるもん」
「俳句の先生はなんて言ってるの?」
「俳句は自然を詠むものです。あなたのはちょっとテーマがねって最初は言ってたけど、最近はもうそのままでいったらどうですかって」
「へえ」
「この前なんか、なんとなくスタイルを確立してきましたねって、応援してくれたの」
「まあ、好きにさせておこうってところだな。ところで君が好きシリーズの他はないのかい」
「ほんとうよ来世はくらげと決めてます」
「夜だけは蛍になってもいいかもね」
「昨日までつくつくほうし木の上で」
「毛玉吐く猫よそれでも恋なのね」
 
 「わかったわかった、けっこう入れ込んでいるってわけだ。それにしても本名を何かペンネームに変えた方がいいんじゃない?」
「“田中眞紀子”がなんでいけないの」
「せめて一文字変えるとかさ。その名前と作風のイメージが違うだろう」
「そうかなあ、私、結構気に入ってるんだけどな」
 地下鉄で隣り合わせた若い夫婦の会話についつい聞き入ってしまった。ご主人が言うように田中眞紀子はやめた方がいいと私も思う。                                                    
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旅に出る理由

   『旅に出る理由』
 
  「以前から気になっていたんですが、大槻さんて時々胸をかばうようなしぐさをしますよね。どこかお悪いのですか」
美奈子は思い切って聞いてみた。二人は中堅の文具機器メーカーの社員。大槻は中途入社の営業マンで、もう40歳を越えている。独身だ。美奈子も婚期を少し越したところ。そういえば最近は縁談の話もこなくなっていた。たまたま二人で得意先に挨拶に出ることになり、その仕事を済ませた後、喫茶店で昼食をとっていた時のことである。
「アメリカンフットボールの選手が試合前に国歌斉唱を聞く時みたい」ちょっと茶化したつもりだった。深刻な答えが返ってきたら、墓穴を掘りかねない。すると大槻は
「くせなんですよ。自分でも無意識に手をやってしまうみたい」と、おどけて言って、白い歯を見せた。それがやけに白く輝く。ああそうか,あらためてよく見てみると大槻はかなり日に焼けている。それで余計に歯が白く目立つのだ。
「実はこれ」
と、胸の内ポケットから差し出したのはかなり年季の入ったパスポートだった。
「持ち歩いているんですか」
「御守りみたいなものかな」
そう答えて、また爽やかに笑う。美奈子はその様子に惹かれている自分がいることにその時、気がついた。
 
 この会社に中途入社する前もずっとインドにいた。と大槻は切り出した。かいつまんだ事をざっと聞いただけだったが、これまでに大槻は日本である期間働いて、資金が貯まると、それを持って外国を一人で歩き回って来たという。それを実に楽しそうに話す。だが純粋にその行動を自分だけで楽しんでいるようで、旅のハプニングを根掘り葉掘り話そうとする、にわか旅行者とはまったく違う様子だった。
「俺にはこれがあるんだ。と思うようにしているんですよ」
つまり、パスポートのことらしい。いやなことがあったり、ここは自分の居場所じゃないんだ、なんてふっと感じた時、ポケットに手をやって、そこにパスポートがしのばせてあることを確かめると、落ちつくということらしい。
 大槻の話は美奈子にとっては意外なものだった。彼のそうしなければ生きられない性分のようなものが短い時間で理解できた。普通ならそのことは驚きと好感をもって受け止められたはずだ、と美奈子は思う。しかし、どうも自分の中にある混乱の正体をつかみかねていた。
「また、行っちゃうんですか」
「もう少し、先になりそうだけどね、今度の旅はね・・・フェリーで韓国の釜山に渡って、それから大陸を横断してインドへ入り、・・・・」
その後の大槻の言葉は耳に入ってこなかった。なんだか小さな憤りが美奈子の中に小さな泡ぶくとなり、それがはじけた。
「帰る場所があるから旅に出る。出発点に戻るつもりのない行程は旅とは言いません。それは放浪というんです」
ちょっと怒ったような口調になった。自分でも意外だった。大槻も面喰らったようだった。彼にとってはどうでもいい屁理屈だ。美奈子の脳裏に昨日のニュースで見たウサイン・ボルトのフライングの場面がよぎった。始まる前に終わった。
 そのあと二人は喫茶店を出て、ほとんど言葉を交さず事務所に戻った。
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博物館にて

   『博物館にて』
 
 時代の道具の中には、これって何に使うの?ってものがある。かつては当り前だった日用品が今では出番がなくなって、用途さへわからなくなっているというわけだ。
「たとえばこれ」
市立博物館の常設展示フロアーでボランティアガイドの札を胸に付けたかなり年配の老人がガラス越しの展示品を説明してくれた。
「これは謄写版印刷機。原稿を鉄筆でガリガリと引っ掻くので、ガリ版印刷機とも言われました。1893年にトーマス・エジソンが発明し、日本では翌年に堀井新治郎という方が改良したものを発売いたしました」
「これなら、私も使ったわ。中学の時、生徒会のチラシをこれで作ったもの」
美智子は言った。昭和40年代くらいまでは学校とか会社の事務用品として欠かせない必需品であった。
「コピー機みたいなものね」
美智子の娘、瑞穂は高校二年生。耳にはイヤフォーンをつけたままだ。静かな館内で、微かに音が漏れている。
「こんなものでも博物館に展示されちゃうのね」
美智子は言った。
「そうですね。ちょっと前までは百年ひと昔とか言いましたが、進歩のスピード感は増していますからね、五十年前のレコード盤だって、カセットテープレコーダーだって、もう骨董品ですよ」
「そうよ、CDやMDだって、もう使わないもん。今はアイポッド」
ボランティアガイドの老人に対して、瑞穂が答える。
「でもさ、そうすると五十二歳のママはもう立派な骨董品ね」
「やめてよ」
美智子はふくれっ面に。
「そうとなれば私も間違いなく骨董品だ」
ガイドの老人もまいったまいったといった調子で頭をたたく。
すると瑞穂が大声で笑い出した。他の観覧者が皆振り返るほどの大きな笑い声だった。
「ゴメンゴメン。二人がガラスの向こうでおすましして展示されているところを想像しちゃった。でもおかしいっ。」と言いながら瑞穂はまた笑いが込み上げてくるのをこらえているようであった。
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