凛々とね・・・

病気の記事は「家族がうつ病になった体験談」です。なので、はじめから読んでもらえるとうれしいです。

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初期症状

病状が現れてきたのは、出社前の腹痛と記憶がとんでしまう、物事が深く考えられなくなるといったことでした。
■「会社に行こうとする」、「電車にのる」とトイレに行きたくなる。
「行ってきます」と言った後に、「必ず腹が・・・」と言って、家に戻って来ます。会社までは電車で40分ほどですが、この間にも最低1回、ひどいときは3回トイレに行きます。沿線上の各駅に設置されているトイレの場所はすべて覚えているほどです(電車が込んでいると回数が増えるようです)。健康だったときと同じ時間に出社していては、遅刻してしまう(上司に注意も受けた)ので、始発で通勤するようになりました。もともと、おなかが弱いということもあり、このときは市販の下痢止めを飲んで、だましだまし出社していましたが、とにかく朝の腹痛がずっととまらなかったのです。(2000年春頃〜)
このときはちょっと体調が悪いのねという感じでうつ病という病名すら意識していませんでした。

■記憶が飛んでしまう、思った言葉が出てこない。考えがまとまらない。
時々ミーティング中、記憶がフッと飛んでしまって、あせってしまうことがありました。多分、同じころ考えがまとまらなくなっていたようです。
勤めていた会社は大きい会社でしたので、報告書の作成、稟議を通すことは、入社してから毎日やっていた事ですが、だんだん苦痛になってきたのです。やりたくないわけではなく、できないのです。
ただ、ただ、焦って、今まで簡単にできていたことができなくなります。(2000年春頃〜)
このときは何かおかしいと思っていても、何がおかしいかわかりませんでした。

当時、何が原因で体調が悪いのかわからなかったので、総合病院の「総合診療部」へ行きました。処方された薬は下記の内容です。
腹痛や言葉が出ない、考えがまとまらないといったことはストレスによるものだと診断。2000年9月から2001年3月までこちらに通いました。

2000年9月〜総合診療部

薬の名前服用時間/用量薬の効能など
夕方寝前頓服
チアトン錠10mg 11100お腹の傷みを抑える薬。
フェロベリンA錠22200不安や緊張を取り除く薬。心と体の調子を良くする薬。
デパス0.5mg錠11100デパスは不安・緊張・いらいらをやわらげる薬です。軽い睡眠作用もあるので、睡眠薬として使う場合もあります。(精神安定剤)

彼はこの薬を飲んで、だましだまし会社に通います。この薬を飲んでいれば、何とか通えたのですが、次第に薬の量が増え、3月ごろになってくると全く薬が効かなくなってきました。ちゃんと病院行っているから、大丈夫だと思っていたのに・・・。

ジョギングは三日坊主ならず、二日坊主だ!最低だなぁ〜。
2月24日に書いたけれど、
また今日も神保町〜早稲田まで歩いてしまった。今日は早足で1時間30分。

今日は打ち合わせが20時に終了。
その後、メンバーと最近見つけた看板の無いお店に行って、飯モード。
熱いトークを炸裂、その後、相席になったおじ様にからまれ、
気がついたら、あぁ〜こんな時間。

「また、歩きますか・・・」と先日のメンバーとトコトコです。
コレって充分にウォーキングですよね。
そっちに転向したほうがノンベには良いのかしら?

ヒールで歩くとストッキングの先っぽが穴開くんだよね。あぅです(T_T)

ねよ、もう〜ねよ。絶対にねよ。おやすみなさい。

きっかけ

当時、彼は技術的な立場でとても重要なプロジェクトに参加していました。人出不足もあり、100億ものプロジェクトの設計、見積、スケジュール調整等を彼一人でこなしていました。上司は4.5人いましたが、どの方も彼のようにネットワークが理解できる人ではなく、彼の状況を理解してくれなかったようです。

逆に無理難題を押し付ける人たちだったのです。「スケジュールを短くできないか?」「予算を詰められないか?」「絶対に大丈夫か?」など。「そんなもの、一人でできるか!!!」と当時の彼はこぼしていました。彼はマイクロソフトのMCSEの資格を持っていましたし、CCIE(シスコ)の一次試験をパスしていたけれど、こんなに大きな規模のプロジェクトの経験がないですから、そう言いたくなるのも無理はないでしょう。

さらにこのプロジェクトのようなネットワーク構築の事例も少なく、2.3年後を見込んだネットワークの設計をいくら勉強しているからって、無理ってもんでしょう。本来なら、経験豊富な先輩の下で、実績を1回は積んで、次回からは一人でやっていくというステップがあっていいはず。こんな大きいプロジェクト立ち上げを若手社員一人にまかせっきりなんて、絶対、おかしい。

とにかく、経験の浅い彼としては、その大きなプロジェクトを立ち上げることがとても負担だったようです。せめて、自分と同じくらいの相談できるパートナーさえいれば、ネットワーク技術の未知の世界について、相談やら動作試験などできたかもしれませんが、このときは一人ですべてを決めているような状態でした。

彼は自分の未熟を補うために、家に帰ってきても調べ物をしていました。当時、彼の1日のスケジュールは、朝6時には出社し、書類作成。朝9時からプレゼン資料作成、ミーティング、ネットワーク設計作業など。終電で帰宅。朝の2時、3時まで調べ物。数時間寝て、4時30分起床。5時に家を出ていくといった感じです。土日も出社、いつ体を休めているのかわからない。そんな生活を2001年4月から5ヶ月間続けました。

プロジェクト立ち上げ当初から、上司には人手を増やすように頼んでいましたが、2001年9月にやっと経験豊富な方が回されてきたときには、すでにうつ病の初期症状が見られ、2002年の春頃には仕事をするのが困難な状態になってしまっていたのです。

ここで、大きな疑問ですが、会社でとても重要で大きなプロジェクトなのに、経験が未熟な若手、一人にやらせたのか?会社の体制を疑うようなやり方です。かなり悪環境です。会社は社員の健康を守る義務があるはず。これは完全にその義務を怠っているように思います。

当時、インターネットで「うつ病」について、検索してみると、ごくわずかにメンタルクリニックや健康サイトで情報を得ることができました。うつ病=心のカゼ、誰でもなる可能性があると書いてありますが、実際、どんなものなのか、すぐ理解できなかった。治療方法は?どれぐらいで直るもの?完治するもの?どんな症状がある?家族はどうしたらいい?など。本人や家族の声などは、今ほどあがってなかったように思う。

このブログでは、私がどんな風に彼と接したか、彼がどんな思いをしたか、感じていたか等、当時のことを思い出しながら書いていこうと思います。それが、「うつ病」の理解につながると思うし、実際に「うつ病」の人とどんな風に接したらよいかの判断材料にもなると思う。また、このブログの目的である私自身の気持の整理にもなると思っています。

間違った表現など多々あるかもしれませんし、読みにくいところがあるかもしれませんが、ひとつの例として読んでもらえたらいいと思います。

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