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■2001年5月21日「メンタルクリニックB病院」
5月中は薬の調整期間だったように思う。毎週、副作用が出て、その副作用を抑える薬が処方された。卵が先かニワトリが先かみたいな感じで薬がコロコロ変わるのを不信に思った記憶がある。
■2001年5月28日「メンタルクリニックB病院」
このころ、顔色が特に悪く、フラフラ倒れそうになったりする。貧血のような感じだった。病院で血圧を測ったら、異常に低かったので、血圧を安定する薬が増えた。また、下痢・便秘などの症状が見られたので、整腸剤も増えた。
■2001年 6月4日「メンタルクリニックB病院」
医師から、日常のメモをとるように言われた。医師からの指示があって、彼はこの日から毎日メモを取り始めた。先生はやりやすい形でと言った。絶対につけなければいけないとは言わなかった。彼はエクセル(表計算ソフト)で付け始めたが、3週間ほどでパソコンが使えなくなった。その後は小さなメモ帳を持ち歩き、つけていた。また、貧血でふらつくのか、具合が悪くてふらつくのか分からないので、小型の血圧計を買った。6月21日の時点で上が96、下が45、心拍数78だった。
メモを見ると、「気分が悪い」「フラフラする」「不安」「パニック」「大泣き」「眠い」「頭が痛い」「心臓がバクバク」「イライラ」「脱力感」といった表現が多々見られる。メモには起きた時間、寝た時間、薬を飲んだ時間などを書くほか、思ったことも書いている。字はたいていミミズのような字で、漢字が書けていない。
■2001年 7月6日
突然、湧き上がった感情が書かれ、大きい字で「死にたい 苦悩 苦悩 もうがまんできない。死にたい 苦しい ラベンダー日迄もたない 苦しい どうしたらいいの だれか 私を楽にして下さい。もう本当につかれました。もう頭をなやますのもいやです。なぜ?なぜ?どうして利解できない 人間なんてきらいだ。死にたい でも死にたくない ●●(私の名)といたい。なんでじゃまするんだ!こんなんじゃ なおりっこない、治らないのがつらい」と書いてある。
7月8日から13日に彼の実家に近いラベンダー畑を見に行くのを楽しみにしていたが、どうもその日まで生きていられないと言いたかったようだ。漢字も間違えているし。。。私はこのころほとんど彼と24時間一緒にいた。彼の不安は日に日に募っていって、私が一緒でないと外出もしないような状態だった。
毎日、話を聞いて、死について語って、慰めて・・・。ちょっとづつ良かったことを探して、薬が効いているとか、気分が良かったとか、二人で喜んで。彼の病気を理解するために本を買って、読んで、試して、担当の先生に相談しての繰り返しだったと思う。彼が気分が良くなる、落ち着くようにするために、毎日マッサージをしてあげていた。1時間から2時間くらい。
私自身は彼の気持を理解してあげられるよう努力もしたが、もともと気が短い人間なので、彼の苦しみを理解しようとしている反面、彼がなぜ良くならないのか・・・。イライラが募った。毎日、言ってはいけない一言が口元まで出てきて、ぐっとこらえる。些細なことが繰り返し毎日。私自身がちょっとヤバイかもと思う日が続いた。でも、まだ感情のコントロールができる。心をニュートラルにしなくちゃ。。。でも、限界かも、とぐずぐず考えていた。
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