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2001年3月ごろの私は仕事で納品を抱え、家にろくに帰っていない状態でした。夕方を過ぎると毎日、数時間ごとに携帯に電話が入りました。「何時に帰る?」、「何しているの?」と同じ内容の電話が何度も入りました。(「何しているの?」って仕事しているよ!)納品に追われていた私は正直、数時間ごとかかる電話をウザったく思っていました。「もうすぐ帰るから」と電話を切って、後ろ髪を引かれる思いで仕事を続けていました。
昨年からずっと通い続けていた「総合診療部」で、彼は担当の先生に毎日が不安で仕方がない。イライラがひどく、泣いたり、叫んだり、壁を殴ったり、頭を壁にぶつけてみたりすると最近の状況を伝えました。
ただ、「腹を切り裂いて、中身を全部だしたい」、「死にたい」と伝えたら・・・。「総合診療部」の担当医師は、もううちではこれ以上強い薬の処方ができないと言いました。
なぜかというと、「総合診療部」では、軽い精神安定剤などは処方できるけれど、デパス錠0.5mg以上の薬を処方することはできないとのこと。そこで、この医師は同じ病院の「精神科」を紹介してこちらで処方してもらうよう手配してくれました。彼はその足で「精神科」の窓口に行きました。
しかし、足がすくんで、気分が悪くなり、窓口で何も言えず、逃げ帰ってきてしまったのです。その理由を聞くと、待合室で待っている患者さんの目が恐かったと・・・。じろじろ自分を見て、恐かった・・・。「総合診療部」に戻り、このことを伝え、今までと同じ薬を処方してもらい、帰ってきました。
(この文面でよくない表現をしていますが、本人の言葉をそのまま書いています)
このことは、私たちはとてもショックでした。「精神科」・・・。縁が無いものだと思っていたのに。私は改めて、彼の病状が「寝ていれば治る」といった簡単なものではないと、このとき気がつきました。
今思えば、もっと早く気がついて、信頼の置ける病院に行っていれば・・・と後悔しています。心の病気になったとき、その期間が短ければ、短いほど、回復も早いのです。2000年9月の次点で、病気を認識し、ちゃんと治療を受けていれば・・・。家族がことの重大さを分かっていれば、適切な処置ができたように思います。
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