凛々とね・・・

病気の記事は「家族がうつ病になった体験談」です。なので、はじめから読んでもらえるとうれしいです。

病気のこと

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身近な人がうつ病になったらどうしますか?
ここでは私が体験したことを書いています。
文章が多少前後して読みにくいかもしれませんが、はじめから読んでいただけるとうれしいです。
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私たち夫婦は、彼が病気になる前からいろいろなことを常に話し合ってきました。仕事の話、社会の話、政治の話、家族の話、友人の話、体調の話まで・・・。あらゆることをいつも話し合っていました。当然、2000年9月から2001年3月頃も、このような話はしていました。仕事の状況についても話をしていたのですが、このときの私は仕事に対して、自信に満ち溢れているような状態だったので、彼の苦痛を正確に理解できていなかったように思います。
要は自分を彼の立場に置き換え、理解することが難しかった。

彼が「上司が自分の意見を聞いてくれない」と言ったとき、私は「それは、上司へのアプローチの仕方がまずいんだよ、ちょっと別の言い方をしてみたら・・・」と常に前向きに取り組むようアドバイスをしていました。でも、今考えるとそれは彼にとって、全く意味の無いアドバイスだったのかもしれません。

「精神科」に行くよう進められたところで、私は彼の病気が非常に悪いことを知ったわけですが、今まで彼を一番理解しているのは私と思っていたけれど、それは違っていることに気づかされました。表面的には理解していると思っても、人ひとりを完全に理解することなんて、絶対できない。

各個人、隠そうとしていなくても見せないものはたくさんある。心の病気はそんなところに潜んでいて、他人には理解されにくい。本人もわからないところがある。私はそこをなんとか理解しなければならないと思いました。

2人で戦っていかないといけないと思いました。最終的に克服するのは本人だけど、それを可能な限りサポートしてあげたいと思った。病気に気づいてあげられなかったという、うしろめたさがこのときの私にはあったと思う。

翌週、「総合診療部」に行ったときに、本人が「精神科」の雰囲気がダメだったため、「メンタルクリニックA病院」を紹介してもらいました。この日は下記のお薬を何とか処方してもらい帰りました。

2001年4月4日「総合診療部」

薬の名前服用時間/用量薬の効能など
夕方寝前頓服
エリスパン錠0.25mg 11100不安や緊張を取り除く薬。心と身体を安定する薬。
ハルシオン0.25mg錠11100不安や緊張を取り除き、すみやかに寝つきを良くする薬。

「精神科」に抵抗があった私たちにはこの「メンタルクリニック」が救いの場所のように思えました。
早速、4月6日に2人で「メンタルクリニックA病院」に行きました。はじめて処方してもらった薬は下記のとおりです。「メンタルクリニックA病院」では「精神科」で感じた恐怖は無いようでした。ちょっと安心。でも、先生が彼の話を聞くときにじっと目を見ているのでとても話にくかったと言っていました。

ここでは、下記のお薬を処方してもらいました。

2001年4月6日「メンタルクリニックA病院」

薬の名前服用時間/用量薬の効能など
夕方寝前頓服
トリプタノール錠25 11100三環系抗うつ剤といわれるもので、脳に直接はたらいて、感情の調整と高揚作用を示し、さらに自律神経を安定させる作用がある。※抑うつ症状を改善し、精神活動を活発にします。(抗うつ薬)
レキソタン錠511100不安・緊張・いらいらをやわらげる薬です。軽い睡眠作用もあるので、睡眠薬として使う場合もあります。(抗不安剤)
サイレース錠1mg00010不眠の治療薬です。脳の活動をおさえることで不安や緊張をやわらげ、眠りに導きます。(睡眠薬)

このころ、私は彼の様子をよく観察し、状態を見てとても不安を感じていました。いつも穏やかで争いごとを好まず、偏見を嫌う人なのに、感情が剥き出しになってきたのです。自分を傷つけたり(頭を壁にぶつける)、素手で壁を殴る、死にたいと言ったり、泣いたり、1日の間にめまぐるしくそれらを繰り返すのです。徐々にというか、突然に近かったと思います。今思うと、私に自分では抑えられない(心配させないために)気持ちを隠そうとしていたようです。しかし、病院でのいきさつを話したことで、私に隠せて置けなくなり、隠していたものが、あらわになったのだとわかりました。

2週間ほど通院していましたが、全然、よくなりませんでした。私はどうしてよいものか。とにかく状況をよく理解できませんでした。張りつめた糸がぷつんと切れるように、彼が変わりました。まるで、階段からコロコロ転げ落ちるかのように、日に日に悪くなるような感じ。眠れず、食欲もなく、見るからに顔色も悪く・・・。

この状態でも、彼はまだ、会社に行っていました。今から思うと、こんな状態でよく会社に行っていたものだと思います。

2001年3月ごろの私は仕事で納品を抱え、家にろくに帰っていない状態でした。夕方を過ぎると毎日、数時間ごとに携帯に電話が入りました。「何時に帰る?」、「何しているの?」と同じ内容の電話が何度も入りました。(「何しているの?」って仕事しているよ!)納品に追われていた私は正直、数時間ごとかかる電話をウザったく思っていました。「もうすぐ帰るから」と電話を切って、後ろ髪を引かれる思いで仕事を続けていました。

昨年からずっと通い続けていた「総合診療部」で、彼は担当の先生に毎日が不安で仕方がない。イライラがひどく、泣いたり、叫んだり、壁を殴ったり、頭を壁にぶつけてみたりすると最近の状況を伝えました。

ただ、「腹を切り裂いて、中身を全部だしたい」、「死にたい」と伝えたら・・・。「総合診療部」の担当医師は、もううちではこれ以上強い薬の処方ができないと言いました。

なぜかというと、「総合診療部」では、軽い精神安定剤などは処方できるけれど、デパス錠0.5mg以上の薬を処方することはできないとのこと。そこで、この医師は同じ病院の「精神科」を紹介してこちらで処方してもらうよう手配してくれました。彼はその足で「精神科」の窓口に行きました。

しかし、足がすくんで、気分が悪くなり、窓口で何も言えず、逃げ帰ってきてしまったのです。その理由を聞くと、待合室で待っている患者さんの目が恐かったと・・・。じろじろ自分を見て、恐かった・・・。「総合診療部」に戻り、このことを伝え、今までと同じ薬を処方してもらい、帰ってきました。
(この文面でよくない表現をしていますが、本人の言葉をそのまま書いています)

このことは、私たちはとてもショックでした。「精神科」・・・。縁が無いものだと思っていたのに。私は改めて、彼の病状が「寝ていれば治る」といった簡単なものではないと、このとき気がつきました。

今思えば、もっと早く気がついて、信頼の置ける病院に行っていれば・・・と後悔しています。心の病気になったとき、その期間が短ければ、短いほど、回復も早いのです。2000年9月の次点で、病気を認識し、ちゃんと治療を受けていれば・・・。家族がことの重大さを分かっていれば、適切な処置ができたように思います。

初期症状

病状が現れてきたのは、出社前の腹痛と記憶がとんでしまう、物事が深く考えられなくなるといったことでした。
■「会社に行こうとする」、「電車にのる」とトイレに行きたくなる。
「行ってきます」と言った後に、「必ず腹が・・・」と言って、家に戻って来ます。会社までは電車で40分ほどですが、この間にも最低1回、ひどいときは3回トイレに行きます。沿線上の各駅に設置されているトイレの場所はすべて覚えているほどです(電車が込んでいると回数が増えるようです)。健康だったときと同じ時間に出社していては、遅刻してしまう(上司に注意も受けた)ので、始発で通勤するようになりました。もともと、おなかが弱いということもあり、このときは市販の下痢止めを飲んで、だましだまし出社していましたが、とにかく朝の腹痛がずっととまらなかったのです。(2000年春頃〜)
このときはちょっと体調が悪いのねという感じでうつ病という病名すら意識していませんでした。

■記憶が飛んでしまう、思った言葉が出てこない。考えがまとまらない。
時々ミーティング中、記憶がフッと飛んでしまって、あせってしまうことがありました。多分、同じころ考えがまとまらなくなっていたようです。
勤めていた会社は大きい会社でしたので、報告書の作成、稟議を通すことは、入社してから毎日やっていた事ですが、だんだん苦痛になってきたのです。やりたくないわけではなく、できないのです。
ただ、ただ、焦って、今まで簡単にできていたことができなくなります。(2000年春頃〜)
このときは何かおかしいと思っていても、何がおかしいかわかりませんでした。

当時、何が原因で体調が悪いのかわからなかったので、総合病院の「総合診療部」へ行きました。処方された薬は下記の内容です。
腹痛や言葉が出ない、考えがまとまらないといったことはストレスによるものだと診断。2000年9月から2001年3月までこちらに通いました。

2000年9月〜総合診療部

薬の名前服用時間/用量薬の効能など
夕方寝前頓服
チアトン錠10mg 11100お腹の傷みを抑える薬。
フェロベリンA錠22200不安や緊張を取り除く薬。心と体の調子を良くする薬。
デパス0.5mg錠11100デパスは不安・緊張・いらいらをやわらげる薬です。軽い睡眠作用もあるので、睡眠薬として使う場合もあります。(精神安定剤)

彼はこの薬を飲んで、だましだまし会社に通います。この薬を飲んでいれば、何とか通えたのですが、次第に薬の量が増え、3月ごろになってくると全く薬が効かなくなってきました。ちゃんと病院行っているから、大丈夫だと思っていたのに・・・。

きっかけ

当時、彼は技術的な立場でとても重要なプロジェクトに参加していました。人出不足もあり、100億ものプロジェクトの設計、見積、スケジュール調整等を彼一人でこなしていました。上司は4.5人いましたが、どの方も彼のようにネットワークが理解できる人ではなく、彼の状況を理解してくれなかったようです。

逆に無理難題を押し付ける人たちだったのです。「スケジュールを短くできないか?」「予算を詰められないか?」「絶対に大丈夫か?」など。「そんなもの、一人でできるか!!!」と当時の彼はこぼしていました。彼はマイクロソフトのMCSEの資格を持っていましたし、CCIE(シスコ)の一次試験をパスしていたけれど、こんなに大きな規模のプロジェクトの経験がないですから、そう言いたくなるのも無理はないでしょう。

さらにこのプロジェクトのようなネットワーク構築の事例も少なく、2.3年後を見込んだネットワークの設計をいくら勉強しているからって、無理ってもんでしょう。本来なら、経験豊富な先輩の下で、実績を1回は積んで、次回からは一人でやっていくというステップがあっていいはず。こんな大きいプロジェクト立ち上げを若手社員一人にまかせっきりなんて、絶対、おかしい。

とにかく、経験の浅い彼としては、その大きなプロジェクトを立ち上げることがとても負担だったようです。せめて、自分と同じくらいの相談できるパートナーさえいれば、ネットワーク技術の未知の世界について、相談やら動作試験などできたかもしれませんが、このときは一人ですべてを決めているような状態でした。

彼は自分の未熟を補うために、家に帰ってきても調べ物をしていました。当時、彼の1日のスケジュールは、朝6時には出社し、書類作成。朝9時からプレゼン資料作成、ミーティング、ネットワーク設計作業など。終電で帰宅。朝の2時、3時まで調べ物。数時間寝て、4時30分起床。5時に家を出ていくといった感じです。土日も出社、いつ体を休めているのかわからない。そんな生活を2001年4月から5ヶ月間続けました。

プロジェクト立ち上げ当初から、上司には人手を増やすように頼んでいましたが、2001年9月にやっと経験豊富な方が回されてきたときには、すでにうつ病の初期症状が見られ、2002年の春頃には仕事をするのが困難な状態になってしまっていたのです。

ここで、大きな疑問ですが、会社でとても重要で大きなプロジェクトなのに、経験が未熟な若手、一人にやらせたのか?会社の体制を疑うようなやり方です。かなり悪環境です。会社は社員の健康を守る義務があるはず。これは完全にその義務を怠っているように思います。

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