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相手にしない、この言葉はいいようにも悪いようにもとれます
喧嘩を売ってきたら相手にしない、逃げているのではなく相手にしないのです
それは自分自身の中にある怒りという感情に勝たなければなりません
売られた喧嘩をあえて買わない、恥でも何でもないと思います
それで相手は勝ったと思い込み、勝利の気持ちに酔うかもしれません
でもそれは、根本的に違うのです、相手にしてないのですから勝ちも負けもありません
卑屈になることはないのです、相手に従ったわけではないのですから
小さい犬はよく吠えます、しかし大きい犬は相手にしません
何も身体の大きさだけを言いたいのではなく心の大きさにも共通するような気がします
心が狭く、感情を制御する容量の少ない人はコップの水がすぐに溢れる
小さなコップに水が常に溜まった状態にあるわけです
だからちょっとしたことですぐに溢れ、コントロールが効かなくなる
大きなコップの人は多少、水が入ってきたところで溢れません
まだまだ、水を飲み込む余裕があるわけです
ここでいう水とは悪意の中傷など喧嘩を売る行為等です
問題はここからですが、この余裕とはどこから生まれるものか
金持ち、喧嘩せずとはよく言った言葉だと思います、余裕があるのです
全て金を価値観において話しをするのはおかしいかもしれませんが、キレイ事ではなく
世界の貧困、日本の格差社会、すべてが人間の余裕を、失わさせてる
紛争は相手にしないという余裕があればおきません、お互いが自分たちの言い分だけを主張すれば
当然、そこには戦いしか待ってないのです、全員が優雅にとは言いませんが
ちゃんと生活していけるレベルを維持させる機能が犯罪を抑止するのではないでしょうか
今はその視点が抜け落ちている気がします
いじめ問題等は相手にしないの話とは次元が違います、あれは相手にしなくてはいけない
いじめといいますが、暴力を伴うものなどは完全な犯罪行為です、学校に相談する必要もなく
刑法犯として警察に告訴すればいいと自分は考えます。。。
追記
話が支離滅裂でした、すいません。。。
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