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Dire Straits Your Latest Trick「愛のトリック」
「もう電話もメールもしなくていいよ」
裕子の最後の声だった
あの杉並の夜から半年が経とうとしていた夏の日
彼女の病状はやはり思わしくなく、日々予断を許さない状態が続いていた
遠く離れた直樹は電話やメールで励ます毎日だったが
それも裕子のその一言で終わった
何度電話してもメールしても返信はない
直樹は、返事のないメールを打ち続けた
「元気?俺は仕事頑張ってるよ、裕子も負けないで!」
負けないでという言葉は病床で苦しんでる人には残酷な一言かもしれないが
他の言い方が簡単に見つからなかった
裕子の携帯は解約されていないはず、だからメールは読んでいる
彼女が生きている確認、それだけで直樹は良かった
彼女と会ってから1年が過ぎ、そして2月
直樹の携帯に裕子からメールが届いた
「裕子は去年の秋に亡くなりました」
いったいどういうことだ!直樹はすぐに電話をした
今まで繋がらなかった電話が繋がる
「もしもし、直樹だけど」
「はい」
裕子の声ではなかった
「誰ですか?」
「裕子の母です、今まで黙っててごめんなさいね」
「じゃ、自分のメール読んでたんですか?」
「はい、悪いと思いましたが、言えませんでした」
「葬式も全部終わったんですね?」
「ええ、全部、終わりました、別居してたあの子の主人も来て。。。」
「どうしてすぐに教えてくれなかったんですか!」
「あの子があなたのことを好きだったのは知ってます、でも結婚してたでしょ」
「はい。。。」
言葉がもう出なかった、出るのは涙ばかり
死ぬ前まで直樹のことを話していたことを聞くといてもたってもいられなかった
裕子は自分に迷惑をかけたくなくてひとりで死んでいった
うつろなまま直樹はひとり新幹線に乗り東京に向かった
彼女のお墓参りだけは許してもらい、その足で彼女と初めて入ったあの店に行った
あの時と同じ風景がそこにある
ただ違うのはそこに裕子がいないことだけ
店の一番奥にある席、彼女が微笑んで座っていたっけ。。。
何もない空間にダイアーストレイツの愛のトリックが流れる
そういえばあの日もダイアーストレイツだったが、今日の曲は悲しすぎる
涙があとからあとから溢れてくる
「どうかされましたか?」
店のマスターが聞いてきた
「すいません、1年ほど前に一緒に来た彼女が死んだんです、この席に一緒に座ってました」
「そうなんですか。。。もしかしてその人は上原さんとおっしゃいませんでしたか?」
「はい、上原裕子です、マスターは知ってたんですか?」
「あの子はこの店の常連だったんです、去年の春に一度来ましたよ」
「えっ?」
「この席にひとりで座っておられました」
裕子はあれからひとりでここに来てた。。。おそらくこの曲も聴いてるだろう
壁にかかるマーク・ノップラーのパネルが悲しい
愛のトリック。。。
全ては終わった
裕子、消えてなくなる愛のトリックだった。。。
http://www.youtube.com/watch?v=7nOMDohML_E
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