殺処分

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最近「アザラシを助けて」という記事を見かけます。
 
貴方はアザラシが大好きだから、助けて欲しいと記事にしているのですか?
これは自分の好きなものを助けたいという欲求なので理解できます。
貴方のエゴだとわかります。
 
それとも、アザラシが絶滅しそうな情報があるのですか?
それも生物学的な義務感が発生するのでしょうから理解できますよ。
 
 
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もしかすると、貴方はヴィーガンなんですか?
ああ、そうなんですね。(笑
 
それではお願いです。
最初にアザラシの何百倍も何千倍も殺されている家畜を助けてあげてください。
「家畜を殺さないで」と記事にしてください。
 
え?量は減らしたけど少しは食べているんですか?
お友達には、バーベキュー大好きで、大晦日にはステーキを食べる人もいる?
 
毛皮だって持っているって??
 
貴方いったい・・・???
私も「殺処分」について思う事はあるのですが、自分の考えをきちんと説明できる言葉が見つからないので、その事を文章にはできないでいました。
 
ところが今日ある転載記事を読んだときに「何かおかしい」という思いを捨てきれなかったので、誤解を恐れずにそのことについて書いてみます。
 
およそ犬や猫を愛する人で「殺処分」に心を痛めない人はいないと思うのです。
けれども「殺処分」が無くなることを願って何かしようとするとき、立ちはだかる現実の壁の大きさを思い知らされることが多いのではないでしょうか。
まず最初に気がつくのは、世の中には犬や猫が嫌いな人たちも大勢いて、それから嫌いではないけれど特に興味を持たない人たちも存在するということです。
そして、少しは犬や猫に興味を持っている人たちを含めて大部分の人たちが、犬猫を「殺処分」から救い出すこと以外に差し迫った仕事や要求に追われていて、犬猫を助けるために手をさしのべることができないでいます。
 
もちろんその事を責めることはできないのだと思っています。
 
地球上では多くの命が別の命を食べることで生きています。
私も魚や肉を食べています。
私は「犬や猫を好む私が、犬や猫の命を助けてほしいと願うことは私のエゴだ」と考えています。
ですから私が他の人たちに犬や猫の命を助けてくださいとお願いすることは、「私の我が儘を聞いてください」とお願いしていることになります。
 
もちろん私は私のエゴを恥じているわけではありません。
 
もしもドイツのように「殺処分」をなくすことができるのならば、私は「ペット税」を払うために一生懸命働きますし、自分の願いを叶えるために自分でしなければならないことはやっていきます。
 
 
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今日の記事の話にもどります。
世の中には自分が頑張るのではなく、犬猫の命を助けてくれるのは(助けなければいけないのは)行政だと本気で思っている人がいるようです。
 
>熊本市の取り組みについて、いろいろな面を参考書として大いに取り入れていったらよいと思うが、その中で一番重要な点が地元ペット業界も巻き込んで”地域住民との協力体制”を取っていることだろう。
>今後、尼崎市に同じ様なことができるだろうか?
>動物愛護センター職員さん達は今よりはるかに仕事が忙しくなるでしょうができますか?
 
夜になって熊本市に住む友人に話を聞くことができました。
彼女の話では、ペット業界が殺処分0に関係している話は聞かないということでした。

熊本で一番読まれている新聞の「タウンパケット」という広告欄には熱心な保護団体や個人から里親募集の記事がいつも寄せられているけど、同様にペット業者の「子犬売ります」という広告も多いと言うこと。それに関西を本部にもつペットの生態販売店が町の真ん中にあるし、個人のブリーダーやペットショップも多く、詐欺販売や崩壊状態で問題になったりすることもあると言うことでした。
 
彼女曰く「その作文書いた人、まったく保護活動の現場が見えてないよ」。
 
私もそう思います。
熊本のセンター職員さんは、自分が犬猫を助けたいと思いそれを実現するために頑張っていらっしゃるし、捨てられた犬猫の受け皿となる保護活動をしている方々も自分たちが助けたい犬猫のために必死になって頑張っていらっしゃる。
そこにはもうぎりぎりのところで助け合う選択肢しか残されていません。
そしてそれでもそこには助けようとしても助けられなかった犬猫に対する深い悲しみと悔しい思いがあるんです。
システムとか参考書とかいうマニュアルの話じゃないんだと思う。
 
助けたいと思っても助けられない悲しみを理解できるのなら
 
>今後、尼崎市に同じ様なことができるだろうか?
>動物愛護センター職員さん達は今よりはるかに仕事が忙しくなるでしょうができますか?
 
こんな人ごとみたいな台詞は出てこないよね。

自分が犬猫を助けたいと思って、自分が頑張る場所を求めて「市民委員」になりたいんじゃないのかな?
 
この方が「市民委員」に選ばれないとしたら、理由は愛護センターにとって耳の痛いことを言うからではなく、犬猫を助けたいというこの方の自分自身の想いが寸分も見られないからだと思う。
 
蛇足ですが、本気で「市民委員」になって頑張りたいと思うのなら、この時点でなれなかった時の逃げ口上なんか書かないでしょうに。
 
 

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