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先日(11/23)も私のブログで書き込んだ香川の事件。
祖母、女児2人は遺体となって発見された。
犯人は親類の男性。金銭を巡るトラブルらしい。
先日の書き込みでは女児の父が犯人と推知させるような
マスメディアの報道に警鐘を鳴らした。
結果論であるが、当方の指摘するように冤罪報道になるところだった。
香川での事件については報道の負の一面が現れた。
防衛省汚職で前事務次官が東京地検特捜部に逮捕された。
この件では報道が先行し、地検を動かしたようである。
汚職事件は政治家が絡むことが多く、捜査は進まない。
独人制の検察であっても、行政機関であり
政治的影響によって捜査が進展しないことがある。
その点では、報道を無視できずに動いた感じがする。
報道の正の一面が現れたと評価しても良いと思う。
マスメディアの中でもたテレビ、ラジオは免許制であり
協会組織もしっかりしておりある程度の自浄作用が働く。
そのようなTV、ラジオでさえ冤罪報道を行った場合や
名誉毀損などを行った場合の回復措置には問題がある。
これが出版になった場合にはひどくなる。
スキャンダルを売りにしたり、有名人の過去を暴露し
国民の好奇心を煽って購買意欲を高める雑誌が多数存在する。
日本においては損害賠償の額が低いために裁判での賠償金を
事実上の経費として計算して出版している悪質な出版社もある。
憲法で出版の自由が保障されている以上は原則として制限はできない。
しかし、その保障も原則であって例外はある。
国家権力が表現の自由に積極的に関与することは問題があるが、
マスメディアの自浄作用が働かないことも問題である。
他人の不幸で蜜を吸うことがあってならないと思う。
「自由」「権利」と言う言葉が先行しているがそれを濫用してはならない。
報道・出版・表現の自由にも限界があることを感じていただきたい。
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マスメディア自身による人権侵害に関する自主規制には限界があるので、やはり、一度廃案になった人権擁護法案(人権委員会の国家からの独立性を保障した上で)の復活や、報道評議会制度のような第三者機関が必要ではないかと思います。卒論がらみで少し調べたのですが、マスメディア自身による人権侵害に関する自主規制(BRCや日本新聞協会等)の人権侵害に対する判断基準や判断事例等をみると、犯罪被害者等に対する2次被害に対する配慮にかけており、マスメディア側にとって都合のいい判断基準等であるという印象しか受けませんでした。
2007/12/1(土) 午後 2:28
憲法的な視点では、国家権力(特に行政、立法)がマスメディアに規制をかけることには慎重になるべきだと思います。現状では司法による救済に頼らざるをえませんが、それは個別の事案の解決であり、トータル的な解決にはなりません。また、個別的解決としても疑問は残ります。(損害賠償の事実上の経費化など)
2007/12/1(土) 午後 2:47 [ garco ]