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元々父親は農民だった。
内モンゴルの真ん中辺りの村で18歳まで生活していた。
学校に入り、文化大革命とか、いろいろ会って、
結婚したのは、内モンゴルの東北の草原だった。
結婚して兄を生んだ。
父親は郵便局で働いていた。
仕事で、無我夢中だった。
祖父の弟の娘(わたしのおば)が家に来ていたと言う。
父親は、25歳だったおばに言う。「わたしは、前から、
わたしの祖母を身元に呼んできて生活したいと思ってきた。
ずっとその力がなかった。今は、一緒に生活することが
できると思うけど、仕事が忙しくて、田舎へ迎えに行く時間が
なかなかない。あなたにお願いしたいです。20時間の汽車に乗り、
村に行ってわたしの祖母をわたしの家へ連れてきてくれますか?」
おばは、少し考えて、「はい、できます!」と答えた。
25歳だったおばは、一人で汽車に乗り、リュウチョウコウという
遥か遠い村への旅をした。
その村へ行くのには、そんなに簡単ではない。交通が不便だった。
91歳まで村を出たことがない、中国語一言も喋れない父親の祖母を
おばが連れて、父親の家へ帰ってきた。
父親の祖母の写真が、今も家の壁で飾ってある。満州国の服を着ていて、
とても素朴だったが、とても文字一つも知らない人には見えない。なんとも言えない
立派な感じ。
テレサちゃんとボンブレチャンその写真を見たでしょう?立派な女性でしたね。
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