パンダイアリー

2017年も読書感想文メインです。

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超ヤバい経済学以来のヤバいシリーズ。でも本家のヤバい経済学とは基本的に関係はない。扱っている内容もヤバいっていう感じではない。むしろ、学術的に示された経営学の真実をズバズバと紹介しているので、人によってはヤバいと感じるかもしれないということかな。

私の仕事は厳密にはビジネスではないが、ビジネスを生み出すような仕事も担当している。自分自身にビジネス的なセンスがないことを十分に自覚しているし、どうやったらビジネスがうまくいくかについてそもそも皆目見当がついていない。

世界の経営学者はいま何を考えているのかにおいて、エビデンス・ベースド・マネジメントという考え方が示され、理論ではなく実証の重要性が強調されていた。そういう意味では本書は、共通点があるが、アカデミックな研究とどのように関連しているかについて、注釈の見方も含めて、少し分かりにくいところがあるのが残念な感じがする。

『世界は非合理的だということを見ていくだけではなく、実際はどうすればビジネスがうまくいくのかを明らかにすることが、本書の重要なテーマだ。』

と書かれているけれど、こうすればビジネスがうまくいくについて明示的に描かれているというわけではない。

『誤解してほしくないが、私が明らかにしたいのは、今日のビジネスの本質にかかわることだ。これまでのビジネスの見方に疑問を投げかけ、何が本当に起きているのか、何がどのように企業の業績に影響を与えているのかがテーマだ。』

ビジネスには常識と言われることがあるのだろう。そういう「常識」が果たして本当にビジネスに影響しているかどうかについて、本質を見極めようとしている。

ということで気になった箇所を挙げておこう。

『1712年当時、イギリスの新聞各社は新しい税制度の導入に頭を悩ませていた。その制度とは新聞のページ数に応じて税金が課せられるというものだ。そこで節税対策として、新聞各社は巨大な紙面にできる限り情報を掲載し、ページ数を少なくしようとした。その後、この制度は1855年に撤廃されている。しかし、印刷コストが高いにもかかわらず、大きな紙面サイズの新聞は、その後も生き残った。』

新聞紙がやたら大きいのはこういう理由からだったんだ。初めて知った。新聞が売れない的なことはよく言われているけれど、あの無駄に大きいサイズは確かに何とかして欲しい。スマホで読む人が増えてきたので、もはや紙面の大きさどうこうから、電子媒体へどうやってビジネスとしてスムーズに移行していくかが悩みどころだろう。個人的には事実と意見を色分けとかしてくれると助かるんだけれど。

『目で見て測ることができる、明らかなものだけに惑わされてはいけない。もちろん、目に見えるものも必要だが、そういうものは競争力をもたらしたり、トラブルを避けたりするには、ほとんど役に立たない。』

生産能力や社員数といった目に見えるものではなく、従業員のモラルや評判、企業文化などの数値化できないものが、他社との違いを生み出すとのこと。数値化されるとそこばかり強調されて、評価の対象になるんだけれど、本当に大事なのはその奥にあって、でもそれを把握するのは難しいのだ。

『会社の戦略や将来について議論する機会があったら、「フレーミングコンテンストに参加している」ということを理解することが重要だ。そして、このコンテストで大事なことは、あなたのアイディアの素晴らしさではなく、周りの人たちをどのように説得するかである。』

フレーミングコンテストという言葉を初めて知った。正しい戦略よりも、説得力の高い戦略が選ばれる。メタだ。最近、戦略について仕事で考える機会があるんだけれど、だんだんと疲れてきたなぁ。正しさを追求したいし、そのためには実証分析のために時間がかかるんだけれど、ご理解いただけない感があるんだよなぁ。

『「大成功に導く戦略、または非常に革新的な戦略というものは、合理的なプロセス、もしくは経営トップの独断から生まれることはない」という考えがある。』

じゃあ、どうやって生まれるのって、意外な顧客の意見とか、第三者の何気ない一言だったりとか、まあ、偶発的だったりするんだ。でも準備は必要。準備をしていないと革新的な戦略に気づくことすらできない。

『企業を買収する理由は、統合された企業の価値を高めるよりも、誰かのキャリアを高めることの比重が高いのではないかということだ。』

『「ほとんどの買収は失敗する」ということだ。もうほとんど議論の余地がない事実だ。この問題については、実際に有り余るほどの信頼できるアカデミックな研究が存在する。買収案件のうち七割は、企業価値を損ねていて、この傾向は何十年にもわたって続いている。』

買収について。ちょくちょく大きな買収があるとニュースになるけれど、どうも失敗するらしい。買収は良いものだという刷り込みから、買収成功=企業が強くなるというイメージが想起されるが、実際にはこんなにデカい買収に成功した経営者のオレってすごくない的な外向きのアピールに利用されているだけなのかもしれない。

『「経営者は普通の人間と大して変わらない」(中略)「経営者は私たちよりもずっと人間らしい」』

経営者を神格化することがよくある。でも経営者も人間であり、総じて見ると私たちと変わらない。

『(経営者の)何が普通の人間と違うかと言えば、「経営者は予言の自己実現に深くはまってしまっている」点だ。(中略)人間は何がうまくいって、何がうまくいかないかについて先入観を持っている。よって結果的に、その思い込みが正しいと信じ込んで無意識に頑張る。それは経営者でも同じなのだ。』

会社がうまくいったら経営者のおかげ、失敗したら外部環境のせい、とこう考える。でも他の会社がうまくいったら外部環境のおかげで、失敗したら経営者が悪いなんて考える。経営者も普通の人間と同じく自分勝手で、自分勝手の度合いがちょっと強いのだ。

『ザッカーマンが発見したのは、アナリストが理解しやすくなるという理由で、会社は事業から撤退したり、事業を分割したりしていることだ。(中略)すなわち、アナリストが事業の多角化の流行を変えたとも言える。』

本書で面白かったのが、アナリストやコンサルタントの存在だ。経営者は自らの信念やストーリに従って、会社をマネジメントするが、好事魔からフリーというわけではない。ビジネスや技術を分かっていないのに口を出してくる存在がいる。結局、経営者もサラリーマンと同じで、他者に口出しされ、行動を変容する。決して良い方向にばかり変わるわけではないのに、従わざるをえないような状況に陥る。ゲーム理論っぽい感じもする。

『経営者の報酬と会社の業績は深く結びついている、と証明しようとした研究は多くある。しかし、そういう研究の結果でわかったことは、経営者の報酬と会社の業績はそれほど関係していないということだ。研究は繰り返し行われているが、十分に関係性を証明できていない。』

大きな会社の社長ほど給料が高いような印象があるが、どうもそうではない。協力がつくる社会でも書かれていたようにCEOにやたらと高い給料を与えると、社員の協力が得られなくなる。

『原因と結果は、ビジネスの世界ではわかりづらい問題だ。ある経営施策がすぐに利益をもたらしたら、それが良いものだと思い込みがちだ。しかし、短期的な利益の存在が、長期的に良い結果を生むとは限らない。しかし、悪い結果が最終的に現れても、始めのやり方が原因だとはほとんど気づかない。ビジネスでは、経営施策の長期的な結果について把握するのは非常に難しい。』

そのとおりだと思う。どういった経営が正しいかについて因果関係を実証することは困難で、かなり時間が経ってから判明することが多い。だからこそ、コンサルタントやアナリストの短期的な予測はあまり信用できない。

『流行りの経営手法の多くは意味がない、ということだ。しかし、こういう手法を導入する経営者は、革新的で適任だと他人の目に映る。(中略)取締役会は、経営者は祝福し実績を褒め称え、経営者の報酬額を引き上げるのだ。』

経営者は自らの報酬が多くなることにインセンティブがある。しかし、自分の報酬と会社の業績はリンクしない。

『株主の第三者責任が有限であることと同様に、株主の会社所有権は制限されている、ということだ。株主である投資家は、配当を受け取る権利がある。しかし、それが会社の「所有者」であることにはならない。』

経済ってそういうことだったのか会議では、経営と所有の分離について書かれていて、これはそういうものかと思い込んでいた。しかし、会社の所有権には制限があるということについてほとんど思いを馳せていなかった。会社を所有している株主の方ではなく、従業員を大切にすべきという著者の主張は、共感できる。なぜなら、株主は有限の所有者でしかないからだ。

『私は2008年の金融危機はマクロ経済の問題だと考えていない。(中略)また、政府の不十分な規制、規制当局の失敗、そして経営陣の強欲の結果でもない。そうではなく、経営の構造的な失敗の縮図だ。それは大企業の統治の間違ったやり方の結果だと言える。』

経営の構造的な失敗とは何か。経営者への過剰な報酬だったり、失敗する企業買収であったり、トンチンカンなアナリストの要求だったり、意味のない流行りの経営手法の導入だったりする。結局は、経営者は会社(あるいは従業員)のために仕事をするのではなく、自分の報酬を増やすために、あるいは周りからの評価を高めるために仕事をしているからで、そしてそのことを経営者自身は無自覚なままなのだ。

『コミュニティに貢献したいという欲求は、ボーナス制度によって人為的に押さえつけられている。そうなると、おかしなことが起きるものだ。2008年の金融危機は、まさしくこの「おかしなこと」の一つだ。』

既に紹介した協力がつくる社会と方向性は一致している。自分の感想文から改めて引用しよう。金銭は協力の足枷となる。まるで呪いのように。そう。2008年の金融危機はまさしく呪いだ。自らの体内に閉じ込めていた呪いを開放し、自らを滅ぼすことになった。

私たちは今、不思議な世界に生きている。広い資本を増やしたいが狭い資本で評価され、結果的に広い資本を増やすことができないばかりか、狭い資本が局所的に増大する。求めているのは呪いではない。素敵な魔法だ。呪いも魔法も体に内蔵されている。しかし、構造的に呪いが発揮されやすい状況が、自らを苦しめているように思えてならない。

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