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わりと有名な作品なので、満願と一緒に本屋で購入した。著者の中村文則さんの作品をこれまで読んだことがない。 いきなり結論を書くと、私の肌には合わない。これはもう仕方ない。合わない理由を書くことができるかもしれないけれど、本質的にはよく分からない。なぜか合わない人がいるのと同じく、なぜか合わない作品がある。 そういう状況であえて、感想文的な何かを書いてみることにしよう。どこまで書けるだろうか。ある意味、実験的かつ意欲的ではある。 読む価値が無いほどツマラナイ作品ではないことはきちんと書いておこう。読み応えがあるし、惹き込まれる部分もある。タイトルに教団とあるように、宗教、あるいは宗教団体がテーマの一つになっている。そして、もう一つは「悪」。 悪をテーマにした作品としては、天童荒太さんの歓喜の子を思い出す。純粋な悪だけをなすことはできないというある種の救いが描かれている。 本書では、3人の登場人物である、松尾、沢渡、高原、がそれぞれ悪に触れる強烈な原体験が描かれ、そこから導き出される教義というか、憎悪というか、行動が交錯していく。 話としては良くできているし、私も肌に合わないと言いつつも、読み切ったので、別段、金返せとか思わないのだけれど、なんだかしっくりこない。 しっくりこないからダメとかではなく、これまでに味わったことがないから受け入れられないとかでもなく、分厚い文庫版で読み切ったけれど、自分自身の本質的な何か、人格を構成している何か、それとうまく合わない。ダメだ。うまく説明できないな。簡単に言うと、気持ち悪い感じ。 その気持ち悪さ、合わなさというのを感じさせたという点で、良くできた作品なのかもしれない。でも、中村文則さんの作品を読むことはないだろう。たぶん。もうちょっと歳を取ったら手にとることがあるかもしれない。 逆説的に印象に残った作品かもしれない。そうか、わかった。何が気に食わないって、この気持ち悪さを感じさせるためだけに作ったんじゃないのって、思ったからだ。作品を作る力量としては凄いのかもしれないけれど、違った方向に発揮できませんかね。一読者からの意見です。
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で完成させ...



はじめまして。(^_^)
私も好みじゃありませんでした。
2017/11/9(木) 午後 4:20