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			<title>パンダイアリー</title>
			<description>本を読んでは、感想文っぽいものを書いています。しばらくはこんな感じ。地味です！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>パンダイアリー</title>
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			<description>本を読んでは、感想文っぽいものを書いています。しばらくはこんな感じ。地味です！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214</link>
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		<item>
			<title>読書感想文１９－２１：トランスヒューマニズム 人間強化の欲望から不死の夢まで</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/89/65314689/img_0_m?1566431747&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;トランスヒューマニズムはかなり前から気になっていたテーマの1つである。あいにく私は不死に希望を抱いてもいないし、脳と機械をつなげるブレイン・マシン・インタフェースような技術を自身の体に取り入れようとは微塵も考えていない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;一方で、自分の体を改造するような人が出てきたり、2045年が技術的特異点（シンギュラリティ）でAIが人間を超えるみたいなことがまことしやかにささやかれたりして、いよいよもって、人間が人間たる境界があいまいになり、さらには人間が人間を超える知性（と言える何か）を生み出すんじゃないかってことが、ある種の昂揚感と絶望感とないまぜになって、私自身を混乱させる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;人間を超越した存在としての「神」への畏れと恐れが希薄になり、人間自らが人間を超える存在へと変わっていくあるいは生み出していく様は、幾度となくサブカルチャーで取り上げられたテーマでもある。人間の脳自体が超越的な何かを欲しているかのように、本能的な重力方向のような思考と嗜好が、所与としてヒトにインストールされているようにすら思ってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;こういうテーマについて書き出すとたいてい冗長になる。&lt;/b&gt;頭で整理されていないし、整理したくないからだろうか。気にしないで、気ままに今の気持ちを書いておこう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;与えられているがままの人間の存在の仕方に対する反抗。これは、これから書くことを何よりもうまくまとめ、私が本書を書く中で知るようになった人々の動機をうまく規定している。（p.010-011）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書ではトランスヒューマニズムに関係する人々が多く登場し、著者は彼ら彼女らとコミュニケーションし、そして未消化のまま、私の感想文と同様の生煮えな冗長さに躊躇せず、几帳面に描いている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;われわれの最も高度な技術によって、われわれ最後の発明がもたらすかもしれないことに感じるこの恐怖は、われわれがすでに世界に対して、われわれ自身に対して行ったことに対する無意識の恐怖のようなものではないか。（中略）つまりもしかすると、このわれわれ自身の進化の後継者によってわれわれに対して加えられる復讐の亡霊は、生存することの恥ずかしさ（エグジステンシル・シェイム）の表れなのかもしれない。（p.134-135）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;生存することの恥ずかしさ（エグジステンシル・シェイム）かぁ。こういう風に考えたことはなかったけれど、言語化するとそういう考え方もあるなと思えてくるから不思議。存在自体が原罪というか、恥さらしというか。&lt;b&gt;自らを滅ぼしてくれる超越的な存在を作り出すことによって、恥が昇華される。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-3&#039;&gt;&lt;/a&gt;現代医学の奇妙なところは、膨大な数の製薬会社ががんとか糖尿病とかアルツハイマーとか－圧倒的に老化の結果として生じる病気－の治療薬を追求しているのに、生物としての人間の細胞が時間とともに劣化するという根底にある事情そのものを追求する企業は事実上ゼロということだとデミングは言った。（p.238）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;デミングとは、ローラ・デミングのこと。1994年生まれなので、現在、25歳の若い女性だ。14歳でMITで物理の研究を始め、17歳で中退し、ベンチャーキャピタリストへ転身するという華々しいご経歴。老化や寿命延伸に関する研究で神童と呼ばれていたそうな。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;年老いて死んでいくということを当たり前の自然現象として疑問に感じなかったが、若き天才は違うようだ。学問ではなく、金儲けに突き進むあたりがアメリカらしい。デミングさんはニュージーランド出身のようだけれど。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-4&#039;&gt;&lt;/a&gt;医療等の技術の開発により老化の問題を「治療」し、余命が伸びる速さの方が、毎年1歳の実年齢での年の取り方より速くなるという「寿命脱出速度」を超えることを目指す人々。（p.297）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;地球の重力の軛を離れ広大な宇宙へと解き放たれるように、寿命というこれまで逃れようもないと信じ込まれていた枷をいよいよ外せるようになるのだろうか。&lt;b&gt;科学の進歩が死なない人間を生み出す&lt;/b&gt;のだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-5&#039;&gt;&lt;/a&gt;最初からきちんと整理された思想などあるはずもなく、アイデアも実体もまだまだ混沌としていて、それぞれが目指す未来の姿にも幅もある中、そうした未来像を受け取る人々の受け止め方や、実現するための技術の現実など、社会的状況との相互作用で具体的な形が生まれては、ダーウィンの言う「変化を伴う継承」を経て、何かの形が定まっていく。（p.299）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;あとがきにあるように、トランスヒューマニズムという言葉自体とかれこれ15年以上も前に出会ったのだけれど、未だにそのコンセプトは混沌としている。この15年間で技術は進歩し、地球環境が変わり、世紀末のノストラダムスよろしく2045年のシンギュラリティが未来に待ち受けている。きっと2045年になっても何も起きないのだろうけれど。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;しかし、ナゾの預言書ではなく、科学的根拠（っていうほどのしっかりしたものはない）に基づいているっぽく語られる未来予測は、これもまた人間が人間たる知性の表れに思えて微笑ましくもあるが、変わらぬ愚かさにげんなりもする。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;とはいえ、現実世界にトランスヒューマニズムが入り込みつつある。&lt;b&gt;アメリカではトランスヒューマニスト党という政党が発足&lt;/b&gt;し、その代表であるゾルタン・イシュトヴァン氏は2016年のアメリカ大統領選に立候補した。一方の日本は安楽死制度を考える会（安楽党）という政党が発足し、そのシングルイシューで2019年の参議院選挙に候補者を擁立した（が、大きなムーブメントにはならなかった）。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;不死を目指すアメリカと死に急ぐ日本という対比で捉えることもできるが、&lt;b&gt;安楽死と不死は似たような欲望&lt;/b&gt;であろう。次回の選挙では、いよいよ日本でもトランスヒューマニズムを標榜する政党が出てくるかもしれない。あるいは&lt;b&gt;れいわ新選組がサイボーグを擁立する&lt;/b&gt;かもしれない。メディア露出は高そうだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;はてさて、今後、超人類的な存在が生まれるだろうか。きっと生まれるだろう。でも、それが今の人類を殲滅させるみたいなことにはならないだろう。きっと。そして誕生の地はアメリカではない。人体実験への抵抗感が薄く規制が緩く何よりカネのある中国からだろう。未来の超人類は赤いのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;日本は引き続き人工生命体（ゼノブレイド2）や機械生命体（ニーア・オートマタ）が登場するアニメやゲームを作って、それで多方面に様々なインスピレーションを与えることが役割かな。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65314689.html</link>
			<pubDate>Thu, 22 Aug 2019 08:55:47 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－２０：エイズは終わっていない</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/08/65311708/img_0_m?1565222145&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;世界三大感染症の1つであるエイズ。かつては不治の病であったが、今では、根治できないものの、薬の服用を継続すれば、&lt;b&gt;エイズは死なない病気になった&lt;/b&gt;と言われて久しい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;著者はピーター・ピオット博士。エボラウイルスの発見者の1人であり、国連合同エイズ計画（UNAIDS）元事務局長である。世界的に著名な感染症や公衆衛生の専門家だ。って言いながら、たまたま参加したフォーラムでご自身で著書を宣伝しておられて、気になって読んでみたのが本書だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;政治や経済を抜きにして、科学が人びとのためにできることはほとんどないが、同時に科学的な根拠と人権の尊重がなければ、政治は有効に機能しないし、有害なことすらあるという確信を持つようになった。（p.1）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書は科学的側面ではなく、むしろ政治や経済について多くのページを割いている。なぜか。感染経路や発症メカニズムが解明され、治療薬が発明され、市場に出回ったとしても、感染症問題は、特に&lt;b&gt;エイズのような社会や文化が複雑に絡み合った病気は、科学だけでは解決しない&lt;/b&gt;からだ。事実、今でも解決していないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;エイズの終わりはまだ見えていない。毎日約5千人が新規にHIVに感染し、約3千人が死亡している。歴史的な成功を踏まえ、予防、治療、研究、そして長期的な資金確保の拡大を進めていくには、これまでの2倍の努力が必要だ。（p.4）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;確かに死なない病気となり、感染者数が減少したが、それでも毎日3千人もの人が命を落としている。同時に新たな感染者も出ている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-3&#039;&gt;&lt;/a&gt;過去30年の経験から学ぶべき教訓が一つあるとすれば、それはHIV予防に特効薬はないということだ。地域の事情に合致し、必要な人に十分に行き渡り、継続して使える複数の手段を組み合わせること、つまり、「コンビネーション予防」こそが、HIV感染の拡大を抑えるのに最も適した方法なのだ。（p.145）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;HIV感染は、季節的に空気感染するインフルエンザとは異なる。性感染症であるという点、さらに男性同性愛者による性行為のリスクが比較的高いという点が問題をさらに複雑にしている。性犯罪や売買春や道徳的価値や価値の多様性への寛容さと不寛容さといった、国や地域の制度や文化や慣習、もっと言えば&lt;b&gt;歴史までもがHIV感染への克服を阻害&lt;/b&gt;している。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-4&#039;&gt;&lt;/a&gt;歴史的に見れば中世のペストから結核、ハンセン病、梅毒まで、スティグマと感染症には強い結びつきがある。（p.191）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;さすがに今ではいなくなった（と思いたい）が、私が学生時代には、同性愛者への神の罰としてHIVが存在すると主張した医師がいた。感染症に限らず、病気＝異常として扱われ、スティグマタイズされる。魔女狩りのように、スケープ・ゴートにされてしまうようなケースもある。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;引きこもりを異常者扱いするようなメディアの取り上げ方は、現代の日本において典型的なスティグマタイズと言えるだろう。だが、スティグマタイズすることは問題の解決にはならない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;印象的だったのは、次の文章だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-5&#039;&gt;&lt;/a&gt;政治的決断を下す人にとっては、解決策のない問題はまだ問題ではない。解決策を探せということになる。（p.87）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;なるほど。今こういう病気が流行っています、と報告を受けても、じゃあどうすれば良いんだということになってしまう。今こういう病気が流行っていますが、こうすれば流行が抑えられます、コストはこれくらいかかります、別の方法もあります、といった具合に具体的な解決方法がなければ、そもそも問題として政治的には認識されない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-6&#039;&gt;&lt;/a&gt;エイズはグローバルファンドのように国際保健分野の新たな国際資金メカニズムを生み出してきた。（中略）傾向としては、開発援助は主として国際公共財、つまり国際安全保障、経済の安定、標準的な援助、地球温暖化への対応、感染症の世界的流行の抑制などに向けられている。（p.214）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;旅行者やビジネスパーソンだけでなく、移民や難民も含めた人の移動が活発になると、&lt;b&gt;安全保障対策は国際的な公共財&lt;/b&gt;となる。国の存亡をかけることになり、一個人が感染症対策をしても意味がないため、国として投資しなければならない。さらには国と国との連携が必要となると、グローバルファンドという新たなメカニズムが登場し、機能している。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;これは感染症に限定されない。地球温暖化や異常気象、廃プラ問題、海洋プラスチック問題も同様に&lt;b&gt;国際的な公共財という考え方へと切り替えていく&lt;/b&gt;必要がある。共有地の悲劇がもたらした事例と言えるだろうが、人の生き死にが直接的には見えてこない分、対応が遅くなってしまった課題とも言える。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;私が小学生の頃は、酸性雨や光化学スモッグといった現象は公害の延長線上に位置付けられていた印象がある。今や、地球環境が危機的状況にあり、人類がこの先、生きていけるかどうかすら怪しくなってきた。人類存亡の危機だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;とはいえ、私は希望を持ちたい。エイズへの対応は予断を許さない。しかし、大きく成果を上げているのも事実だ。&lt;b&gt;科学的な裏付けや発見が、正しい政治判断につながることを無邪気ではあるが、信じたい&lt;/b&gt;のだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65311708.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Aug 2019 08:55:45 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１９：なぜ倒産  23社の破綻に学ぶ失敗の法則</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/97/65311497/img_0_m?1565135848&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;To err is human.&lt;/b&gt; 人は失敗するものだ。自らの失敗を教訓に学ぶことは誰しもがある。しかし、&lt;b&gt;誰かの失敗を教訓とすることは難しい。&lt;/b&gt;なぜ失敗したのかよりも、どうやったら成功するのかという情報に飛びつきたがるからだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;本書は、中堅・中小企業23社の事例を通じ、経営における「失敗の定石」を引き出すことを目指すものです。（p.002）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書は、いわば&lt;b&gt;会社版の失敗学&lt;/b&gt;あるいは&lt;b&gt;会社版しくじり先生&lt;/b&gt;とも言える。とはいえ、本書ですら、倒産した経営者に取材を申し込んでも、ほとんど回答を得られていない。そういう観点では、やや情報と迫力が不足している。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;失意のどん底にある倒産した会社の経営者は多くを語りたがらない。「敗軍の将は兵を語らず」である。他方で、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉もある。さらに「守成は創業より難し」という言葉もある。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;事業を興し、軌道に乗り、我が世の春を謳歌する、が、長くは持たない。成功体験に囚われてはいけない、環境の変化に対応しなければならない、そりゃあ、そういうことは頭ではわかっていても、行動が伴わない、あるいは気づいたときには時すでに遅し、ということがままある。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;成功に定石はありませんが、失敗に定石はあります。「成功はアートだが、失敗はサイエンス」と表現してもいいかもしれません。（p.007）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;なるほど。染み入る言葉だ。&lt;b&gt;失敗はサイエンス&lt;/b&gt;と来たか。しかしながら、本書はサイエンスに資する事例を十分に揃えているかというとそうでもないし、実証分析を試みているというわけでもない。倒産した23社について、まとめてはいるけれど、仮説もなければ検証もない。失敗はサイエンスと豪語しているけれど、ちょっと物足りなさが残る。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-3&#039;&gt;&lt;/a&gt;1年間でどれくらいの企業が倒産しているか、ご存知でしょうか。2017年は全国で約8400件以上の倒産がありました。近年の倒産件数は漸減傾向にあります。（中略）「倒産」という言葉は法律用語ではなく、明確な定義はありませんが、基本的には「債務を弁済できなくなること」です。（p.090）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;失敗の事例分析は本書をお読みいただくとして、初めて知った基本的なことをまとめておこう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;倒産や会社がなくなることは別段、珍しくはない。そういえば、私の前職の会社も消滅している。ビジネスという生態系の中で、新陳代謝は必須であるし、今ある大会社だっていつ倒産するか分からない。&lt;b&gt;大会社に就職したら安泰というのは幻想に過ぎないということは、若い人ほど身をもってよく知っている&lt;/b&gt;だろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書では「倒産」という現象そのものが多様であるということを知った。自分なりに整理しておこう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;まず、倒産は、）‥倒産と∋篥倒産の2つに分類できる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;）‥倒産はさらに、-1再建型と-2清算型に分類できる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;-1再建型は、-1-1会社更生（株式会社のみ対象、原則経営陣の交替が要件）と-1-2民事再生（個人・法人のいずれも対象）からなる。雑に整理すると、大きな会社は会社更生で経営陣を総とっかえ、小さな会社は民事再生で対応、という感じ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;-2清算型は、-2-1特別清算（株式会社のみ対象、債権者の同意必要）と-2-2破産（個人・法人のいずれも対象、債権者の同意不要）からなる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書の事例でも、再建を目指したケースと、清算してきれいさっぱり会社がなくなったケースの両方があった。事業の将来性とか後継者とかさらには経営者の気力が倒産後の行く末を決める。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;∋篥倒産は、-1銀行取引停止（6月以内に2回目の手形不渡りを出した場合の処分）と-1任意整理（債務者が債権者らと任意に協議する財産関係の処理）からなる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ウィキペディアで倒産事例がまとめられており、興味深い。JALと武富士とハウステンボスは-1-1会社更生、タカタとそごうは-1-2民事再生にあたる。（タカタのことは知らないけれど）確かに今でも会社が残っている。インターリースは-2-1特別清算、山一證券（&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/64207234.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;しんがり&lt;/a&gt;参照）は-2-2破産、ジャパンライフは-1銀行取引停止処分と分類されている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;倒産には該当しないが、吸収合併というケースもある。小さい会社が大きい会社を飲み込んだりと、会社の仕組みについて詳しくないので、よくわかっていないけれど、こういうのもビジネス生態系で見受けられる現象だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;はてさて、本書が執筆された時期のためかもしれないが、リーマンショックの影響で倒産したケースが多々あった。&lt;b&gt;アメリカの投資銀行の経営破綻が世界中に影響を及ぼす。&lt;/b&gt;そういう時代なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;自らのビジネスが順調であったとしても、事業に全く関係のない外国の政策の判断ミスや、貿易摩擦や、自然災害によって、窮地に陥ってしまう。ビジネスとは難しいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;他方で、無性に面白いと感じる人もいるだろう。そうでなければ、会社は生まれないのだ。一昔前に比べて、スタートアップを新しく立ち上げることへのハードルは心理的にも金銭的にも下がっている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;国家や既存企業はあてにならない。未来は不確かだ。だったらリスクを取った方が賢明なのか。色々と考えさせられる一冊。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65311497.html</link>
			<pubDate>Wed, 07 Aug 2019 08:57:28 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１８：SHOE DOG ―靴にすべてを。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/75/65310275/img_0_m?1564617561&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;著者はフィル・ナイト（Phil Knight：1938-）。&lt;b&gt;ナイキの創業者&lt;/b&gt;だ。本書は、&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65099820.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;カルピスをつくった男　三島海雲&lt;/a&gt;に続く、経営者関連本に位置づけられる、とも言える。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ナイトと同じ1938年生まれは、伊吹文明、大林宣彦、細川護熙、ジャイアント馬場、石ノ森章太郎、松本零士、鈴木史朗、中島誠之助、梅宮辰夫、島倉千代子、細木数子、三宅一生、アルベルト・フジモリ、野依良治、山城新伍といったメンバー。鬼籍に入った方も、未だご健在な方もいる。&lt;br /&gt;
タイトルのSHOE DOGとは、&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;靴の製造、販売、購入、デザインなどすべてに身を捧げる人間のことだ。靴の商売に長く関わり懸命に身を捧げ、靴以外のことは何も考えず何も話さない。そんな人間同士が、互いにそう呼び合っている。（p.265）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;とのこと。あいにく私はそこまで靴にこだわりはない。バッシュはアシックス社のゲルバーストを毎回買っているくらいか。私にとってナイキのバッシュはバスケ用としてはなぜかあまり合わないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書で知ることができる重要なポイントの一つは、&lt;b&gt;経営者たるフィル・ナイトは、はっきり言ってでたらめで、無茶苦茶だった&lt;/b&gt;、ということになる。若い頃に世界一周旅行をし、日本に立ち寄り、適当な社名で日本のオニツカ社と提携するが、その後、関係は悪化し、勝ち目の薄い裁判を奇跡的に勝ち、日商岩井を味方につけ、綱渡りな資金繰りを乗り越え、そうして今の巨大なスポーツメーカーへと成長していった。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;経営それ自体はデタラメだったが、経営者としての「信念」が常にあった。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;私は商売が突然軌道に乗った理由について考えてみた。（中略）シューズの販売はなぜそれらと違ったのだろうか。セールスではなかったからだ。私は走ることを信じていた。みんなが毎日数マイル走れば、世の中はもっと良くなると思っていたし、このシューズを履けば走りはもっと良くなると思っていた。（中略）信念だ。信念こそは揺るがない。（p.80）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-3&#039;&gt;&lt;/a&gt;実際のところ、1965年当時、ランニングはスポーツですらなかった。人気があるなし以前に、軽く見られていたのだ。（p.107）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;もともとランナーだったナイトは、走ることそれ自体を大事なことと捉えていた。&lt;/b&gt;今でこそランニングは、趣味として認知されているが、当時はランニングに多くの人は関心を払ってなかった。ナイトは新しい市場を作り出し、そしてランニングはブームとなったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ナイキの前身であるブルーリボン社が誕生したのは、1964年。靴市場は、寡占状態だった。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-4&#039;&gt;&lt;/a&gt;私はアディダスを不当に軽蔑するようになっていた。いや、むしろ当然なのかもしれない。ドイツの一会社が数十年にわたって市場を支配し、外部に有無を言わさぬほど傲慢になってしまったのだ。（p.160）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;それが、プーマとアディダスだ。今でも大きな世界の二大靴会社であり、本書で初めて、&lt;b&gt;プーマとアディダスの創業者がドイツ人の兄弟&lt;/b&gt;であることを知った。こういう兄弟とか親子といった血縁関係者が、経営でもめたりして、袂を分かつってのは今でもよくある話。餃子の王将と大阪王将とか、一澤帆布とか、大塚家具とか。いわゆるお家騒動。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;ナイキ社は経営幹部もナイツ社長に負けず劣らずキャラの濃いメンバーが揃っていた&lt;/b&gt;。ワーカホリックな正社員第1号ジェフ・ジョンソン、巨躯の弁護士ロブ・ストラッサー、事故で半身不随となった元ランナーのボブ・ウッデル。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;黒い九月事件、&lt;a href=&quot;https://nike.jp/nikebiz-archive/news/other_150611-1.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;プリフォンテーンの死去&lt;/a&gt;など、つらい時期もあったが、それを乗り越えて、今のナイキが存在している。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-5&#039;&gt;&lt;/a&gt;権力を打破しようとする人たち、世の中を変えようと思う人たちに言っておきたいのは、背後で常に目を光らせている連中がいるということだ。成功するほど、その目も大きくなる。これは私の意見ではなく、自然界の法則だ。（p.543）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ビジネスという生態系を生き抜くには、どうすれば良いか。成功と失敗は紙一重だ。しかし、&lt;b&gt;挑戦しなければ、信念がなければ、成功はない。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;こういう自伝を読むと、もっと破天荒なことをしておけば良かったかなと、人生を振り返る40歳の冴えなおじさん、今日このごろ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65310275.html</link>
			<pubDate>Thu, 01 Aug 2019 08:59:21 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１７：セレンゲティ・ルール: 生命はいかに調節されるか</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/31/65310031/img_0_m?1564531042&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;セレンゲティとは、ウィキペディアによると『セレンゲティ国立公園は、タンザニア連合共和国北部のマラ州・アルーシャ州・シニャンガ州にまたがる、自然保護を目的とした国立公園。アフリカで一番良く知られた国立公園の1つ。1981年にユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録された。セレンゲティとはマサイ語で「果てしなく広がる平原」の意。 』とのこと。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;思い返せば、私が大学4年生のときに、タンザニアの隣国であるケニアに行った。初の海外旅行だった。マサイマラ国立保護区で見たライオン、シマウマ、ゾウやカバなどの大型哺乳類、ナクル湖で見たおびただしい数のフラミンゴなど、今でも鮮明に思い出せる。機会があれば、また行ってみたいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そんな国立公園の名称であるセレンゲティにルールがついたのが本書のタイトルだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;さまざまな種類の分子や細胞の数を調節する分子レベルのルールが存在するのと同じように、一定の区域で生息可能な動植物の種類や個体数を調節するルールが存在する」という発見に至った。私はこのような生態系レベルのルールを「セレンゲティ・ルール」と呼ぶ。（p.18-19）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;生態系レベルのルールがセレンゲティ・ルール&lt;/b&gt;なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;これらのルールは、生命のあり方を理解しようとする長年の、そして現在も続く努力を通じて得られた一つの報酬なのであり、本書を執筆した目的の一つは、この探求の努力と、それによって得られる喜びを生き生きと描くことにある。（中略）生命は「ほぼ無限に近い多様性をケースバイケースで示す」かのように見える。この種の見方が正しくないことを示すのが、本書のもう一つの目的である。（p.23）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;多種多様な生物が生息し、食物連鎖、共生、寄生などで互いに影響を与え合う。気温や降水量などの環境変化もある。さぞや&lt;b&gt;複雑で捉えようのない現象と思われがちだが、そうではない&lt;/b&gt;のだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-3&#039;&gt;&lt;/a&gt;生命は通常、分子レベルから生態系のレベルに至るまで、私たちが考えている以上に長い、多数のリンクから構成される原因と結果の連鎖に支配されている。あらゆるレベルにおける調節のルールを理解し、それに介入するためには、私たちは個々のリンクと、それらの相互作用の本質について知っておく必要がある。（p.92）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;相互作用の本質。本書ではカギとなる論理が示されている。訳者あとがきから引用しよう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-4&#039;&gt;&lt;/a&gt;（本書の）主張するところはきわめてシンプルで、「遺伝子レベルから生態系のレベルに至るまで、抑制の抑制という二重否定論理に基づく調節メカニズムを介して、システムの安定性が保たれている」という理論的側面と「蝕まれた生態系はいかに回復できるか」という実践的側面である。（p.293）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;抑制の抑制がシステムの安定性に寄与している&lt;/b&gt;のだ。抑制の抑制と聞いて、p53遺伝子を思い出す人もいるではないか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;分子生物学の世界と生態系の世界は似ているというのが本書の主題の一つであるが、まさに抑制の抑制、&lt;b&gt;二重否定論理が、異なる位相の共通原理&lt;/b&gt;になっている（かもしれない）のだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;分子の世界と宇宙の世界が量子力学でつながるように、分子生物学と生態系もつながるのだろうか。なかなかに興味深い一冊だった。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65310031.html</link>
			<pubDate>Wed, 31 Jul 2019 08:57:22 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１６：されど私の可愛い檸檬</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/52/65303652/img_0_m?1562198298&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65293214.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;私はあなたの瞳の林檎&lt;/a&gt;に続く、舞城王太郎さんの小説。あいにく感想文を書く時間が取れなかったので、ずいぶんと間が空いてしまい、ほとんど覚えていない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;こちらも林檎と同様に「トロフィーワイフ」、「ドナドナ不要論」、「されど私の可愛い檸檬」の3編からなる。テーマは「家族」であるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「トロフィーワイフ」が怖かったのを覚えている。静かに支配されていく田舎に住む他人の家族。何それ怖い。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;家族がテーマであり、林檎の恋愛よりは身近なはずなのに、あまりびしっとハマった感じがしない。40歳を迎えてからぐっと感性が鈍ってきた気がする。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;え？もともと大した感性持ち合わせていないって？それなー。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65303652.html</link>
			<pubDate>Thu, 04 Jul 2019 08:58:18 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１４：積分を見つめて 数学ガールの秘密ノート9</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/28/65298228/img_0_m?1560902245&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/64905444.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;やさしい統計&lt;/a&gt;以来の数学ガールの秘密ノートシリーズ第9弾。今回は積分。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;学生時代に積分が苦手だった人も多いのではないだろうか。かくいう私もあんまり好きではなかった。でも、物理の授業で、自由落下する物体について、時間を横軸にして、縦軸を加速度、速度、距離の3つでそれぞれ描くと、時間×加速度のグラフを積分すると、時間×速度のグラフとなり、それをさらに積分すると時間×距離のグラフになる、という説明を聞いて、目からウロコが落ちた。積分とはそういうことか。逆に微分すると、先ほどとは反対方向のルートを辿る。微分と積分の関係も理解できた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;これをきっかけにして、積分とも少しは親しくなった気がした学生時代。そんなことを思い出しながら、本書を読んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;テトラ「インテグラルは“S”を伸ばしたものですよね」ミルカ「“∫”は“Sum”の頭文字と考えられている。和だ」（p.112）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;インテグラルはsumからきているのだな。こういうことも学生時代に教えて欲しかった。&lt;b&gt;数学を英語で学ぶとまた違った発見&lt;/b&gt;があるかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;僕「数列〈an〉が数列〈An〉の階差数列になるのは、関数f(x)が原始関数F(x)の導関数であることに対応するのか！」（p.129）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;数列と微分・積分の関係も本書で初めて知った。こういう考え方もできるんだな。数学は本当に奥が深いし、面白いし、何より自由だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;もっと数学について勉強しておけば良かったと未だに後悔している。いや、今からでも遅くないよな。偉大な発見はできなくとも、数学が人生をより豊かにしてくれるかもしれない。老後に向けて、数学を学ぶ。初期投資は少なくて済むし、何より好きだし、美しいし、ボケ防止に役立つかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;のんびり数学について思いを馳せながら、晩年を過ごす。&lt;/b&gt;素敵だな。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65298228.html</link>
			<pubDate>Wed, 19 Jun 2019 08:57:25 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１５：私はあなたの瞳の林檎</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/14/65293214/img_0_m?1559865293&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/64144584.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;淵の王&lt;/a&gt;以来の舞城王太郎さんの小説。ジャンルとしては恋愛小説なのだろうか。ややホラーっぽさも同居している。本書は3編の小説で構成されている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;最も印象に残っているのは、「ほにゃららサラダ」かな。美大生の恋愛模様と将来についての話で、私の人生と微塵もリンクしないし、オーバーラップしないけれど、何というか若かりし頃（20年！も前のこと）を思い出したりもした。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;私自身を信じられないと、周りの人のことも信じられないのだ。（中略）私のやりたいことは、自分を信じられないうちはやれないことなのだ。（p.140）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;将来への期待と不安。根拠のない自信と劣等感。他者と比較することで得られる充足と絶望。こんな感じで、多くの人が思い悩んだであろう、その頃のことを描いている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;とはいえ、40歳に突入した私には、思い出しても、すっかり風化してしまった感性だと思い知らされる結果になってしまった。もうあの頃には戻れないのはもちろんのこと、&lt;b&gt;あの頃の感覚すら鮮明には思い出せないほど、歳をとってしまった&lt;/b&gt;のだ。寂しいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65293214.html</link>
			<pubDate>Fri, 07 Jun 2019 08:54:53 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１３：多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/36/65292336/img_0_m?1559692678&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65261766.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;数学ガール ポアンカレ予想&lt;/a&gt;を読んで、改めて&lt;b&gt;私は多面体とか幾何学が好き&lt;/b&gt;なんだと気付かされた。突如、取り憑かれたように多面体に関連する本を読んでみようと思い、手にとったのが本書。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書の主人公は、ハロルド・スコット・マクドナルド・コクセター（Harold Scott MacDonald Coxeter, 1907-2003）。同い年生まれは、湯川秀樹、愛新覚羅溥傑、中原中也、レイチェル・カーソン、淡谷のり子。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ウィキペディアによると『イギリスのロンドンに生まれ、ケンブリッジ大学で博士号を取得後、カナダのトロント大学に就任する。専門は幾何学であり、不連続群や多胞体の研究で先駆的な業績を残した。また、数学の抽象化が称揚された時代の中、イメージ豊かな幾何学の探究を続けており、「現代のユークリッド」とも称される。 エッシャーにポアンカレ円板などについて幾何学に基づいたアドバイスを行った。1950年に王立協会フェロー選出』とある。本書という存在がありながら、思いの外、記載は少ない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;コクセターは、古典幾何学という色褪せた遺物に心を奪われ、同時代の大半の数学者や科学者から見れば無駄な努力をしているように見えた。しかし、純粋数学の理論についてよく言われるように、それが美しく、エレガントであり、卓越していて、深遠なものであれば、必ず何かを切り開くことが潜在的に約束されている。最終的に、あるいはほとんど必然的に、純粋数学の美しい理論は、しばしば偶然の成り行きで、発明者のあずかり知らぬところで、科学的における応用として結実するというパターンをたどる。（p.138）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書の内容はこの引用文に尽きる。コクセターの生きた時代は、&lt;b&gt;幾何学は時代遅れ&lt;/b&gt;の、終わった、数学の領域と考えられていた。ブルバキによる、数学の潔癖なまでの簡潔性、つまりは、数学の教科書から、図形を排除する試みにより、&lt;b&gt;幾何学は迫害され、絶滅の危機&lt;/b&gt;に瀕していた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;実のところ、ブルバキは、超一流のフランス人数学者たちから構成される秘密結社の偽名だった。（p.164）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本書でブルバキの存在を初めて知ったのだけれど、この存在と活動は興味深い。ブルバキ視点からの本も読んでみたい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;改めて現代の科学を見渡すと、幾何学と関連している事例が多い。コンピュータと幾何学の融合であるCAD（Computer Aided Design）、正20面体の構造を持つウイルスのキャプシド、たんぱく質の構造解析、分子式C60の球状分子であるフラーレン、そして12面体宇宙。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;工学、生物学、化学、宇宙学へとコクセターの卓越した数学理論が新たな科学の地平を切り開き、あるいは科学者が切り開いたその先でコクセターの理論が待っている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;バックミンスター・フラーやエッシャーといった数学とは直接関連のない建築家や芸術家との交流も興味深い。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;多面体や幾何学は人を惹きつける何かがある。&lt;/b&gt;自然の一部であり、あるいは宇宙そのものかもしれない。だからこそ惹きつけて止まないのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;調べてみると多面体アートを作っている人はちょくちょくいる。私もなにか作ってみよう。ゴミが増えると、妻に怒られそうではあるのだけれど。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65292336.html</link>
			<pubDate>Wed, 05 Jun 2019 08:57:57 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>読書感想文１９－１２：世界のなかで自分の役割を見つけること</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-07-d7/gaya1214/folder/1365485/36/65280236/img_0_m?1557878282&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_200_300&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;著者は小松 美羽（こまつ みわ）さん。ウィキペディアによると、『日本の版画家、現代アーティストとして、プロジェクトチーム「風土」に所属している。 』とのこと。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;1984年生まれの若き芸術家&lt;/b&gt;であり、どういうことを書いているのか気になって読んでみた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;この本は、私の「これまで」を振り返るための本ではない。あなたの「これから」を、私の「これまで」を通じて見つけていただくための本であり、あなたと見つめ合えたらと、祈り願って書いた本だ。そして、あなたの「役割」を、私の「役割」を通して見ていただくための本だ。（p.21）&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;感想としては、なんというか&lt;b&gt;スピリチュアル過ぎ&lt;/b&gt;て、全く合わない。須藤元気さんのエッセイ集である&lt;a href=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/64171896.html/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;神はテーブルクロス&lt;/a&gt;以来のスピリチュアル本だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;合わない理由はスピリチュアル過ぎるってところだけではない。若い女性が書いた本はもとより、若い女性という存在にも日常的に接していないことも合わなかった要因だろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;他方で、小松さんの芸術作品を生で見てみたいと思った。40歳の冴えないおじさんには、若き女性芸術家の生き方を共感も想像もできそうにもないけれど。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gaya1214/65280236.html</link>
			<pubDate>Wed, 15 May 2019 08:58:02 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		</channel>
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