今が花盛り・家内の庭4/2720年前に日本庭園として庭師に築いてもらった。 それが、いつの間にかお花畑になってしまった。 チュウリップ 芝桜 ムスカリと房すぐり ボケの花と花もも 小判草(手前)いかり草(左) 二輪草 いかり草 何種類の草花と花木があるのか聞いたところ、
56種類とのことであった。 |
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11/22〜11/29(ポルトガル8日間) ポルトガルへの旅は、大航海時代の栄光の足跡を辿る旅となった。 ポルトガルとスペインが他のヨーロッパ諸国に先駆けてアジア、アフリカ、新大陸に進出し植民地化していった。この時代は、ヨーロッパ諸国にとっては栄光の時代であったかもしれなスが、アジア・アフリカ諸国にとっては屈辱の時代であった。 高校世界史の教科書に次のような記述がある。 大航海時代 十字軍の遠征以来、ヨーロッパではアジア産の香辛料が肉の調味料、香料、薬物などとして需要が増大した。しかし、ムスリム商人とイタリア商人の手を経由する東方貿易では、その価格が原価よりはるかに高くなるため、直接アジアにいこうとする動きがおこった。羅針盤の発明、航海・造船技術の進歩、中央集権化を開始した国王の援助、利益を求める市民の活動などがヨーロッパの海外進出をうながした。 最初に海外進出をはじめたのはイスラム教徒をイベリア半島から追い出したポルトガルとスペインであった。アフリカ西岸の探検をすすめたポルトガルは、1488年にバルトロメウ=ディアスがアフリカ南端の喜望峰に達し、1498年、ヴァスコ=ダ=ガマはインドのカリカットに到達してインド航路をひらいた。 スペインの援助でコロンブスは、1492年に大西洋を横断して西インド諸島に達し、マゼランの部下は世界周航をはじめて達成した。こうして新航路をひらいたスペイン・ポルトガルは、16世紀のヨーロッパで最も繫栄し、たがいに競争しながら、スペインはおもにラテン=アメリカとフィリピンへ、ポルトガルはおもにアジアとブラジルへ進出した。 発見のモニュメント(現在修理中) 大航海時代に活躍したエンリケ航海王子を筆頭に30人のポルトガルの英雄の像が立ち並ぶ。 エンリケ航海王子が先頭、バスコ=ダ=ガマは3番目。 そのモニュメントの前の広場には、ポルトガルが新しい国に到達した年が刻まれている。 ユーラシア大陸最西端のロカ岬 ポルトはポルトガル第二の商都
ポルトといえばポートワイン。 ドウロ川上流域で収穫されたブドウから造られるポートワインは、一次発酵の途中でブランディを加えたもの。アルコール分が高く、芳醇な香りが魅力だ。 ワイナリーが並び、試飲もできる。 |
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2016/4/19 工房を構えて15年。 入口に看板をつるして10年。 こんな片田舎に工房の看板など似合わないが、 遠くから訪ねてくれる人への歓迎の意味もあるので 掲げることにした。 物作りが好きで、くぐり門も手作り。 庭先に回ると、今がちょうど花盛り。 30年ほど前に、庭師に頼んで「日本式庭園」を造って もらったつもりだ、、、、、、が。 あれから30年、我が家の花好きの女帝に占領されて、 今は日本式庭園の面影はどこにもない。 これまた手作りのつるべも淋しそう。 工房の入口にアケビの棚があって、花が満開。
秋にはかなりの数の実が実る。 イチリンソウの花も満開だが、幸いなことに その中に隠すように植えられていたトリカブト が今年は育っていない。 何故幸いかというと、 このトリカブトは、私への怖い女帝の脅迫状であったからだ。 、、、言うことを聞かないとこれを使うからね、、、、。 |
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2016年1/1 0:00
今年も宜しくお願い申し上げます。 |







