ギター工房「上水」

棚田を望む工房でギター製作。オーダメイドの製作受注。ギター製作体験者募集(過去3人)

「さらしなの里」と姨捨の棚田

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棚田の家路

棚田の家路(偲ばれし棚田の暮し)


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太陽が山の彼方に沈むと一気に闇が迫ってくる。同時に天空の月や星がにわかに存在感を示すようになる。この月の光を頭上から浴びると、足下に影を落とす。その揺らぐ影を目で追いながら、肩に食い込む背負子の痛みに喘ぎ喘ぎ、一人俵を背負って棚田の坂道を登る少年の姿を想像することができるでしょうか。
 暗くなるまで黙々と働き、帰り道、背負子で荷揚げをする少年の光景は、現在の日本列島のどこを捜しても見られない。            
 私は、こうした光景がどこにでも見られる時代に生まれ育った。私は13歳の秋、一俵俵を背負子で背負うことができた。「一人前になったなー」、と褒められて嬉しかった記憶がよみがえる。
荷揚げを成し遂げ、重みと肩の痛さから解放されたときの、あの何とも言えない解放感と達成感は、その後の私のいかなる体験にも勝るものとして身体の奥深くに記憶されている。私の「依って立つところ」となった。
 昭和30年代の中頃から日本は高度経済成長期に入り物質的には豊かになるが、それ以前の昭和20年代は私の幼少期であった。私がつぶさに見て来たその頃の棚田での家族の生活の日々は、忘れられない懐かしい思い出として脳裏に焼き付いている。宿命を背負って一途に生きていた貧しくも心豊かな人間の生き様がそこにはあった。人力だけによる労働は、土と水と雑草との格闘であった。しかし、棚田のあちこちで働く人達の表情は、苦しい状況下にあっても決して暗いものでは無かった。朴訥(ぼくとつ)とした中にも明るさと強さがあった。貧しさと厳しい労働、私はそれがとても愛しい。
 そんな世代の生き様を称えたい思いと、忘れがたい記憶を留めておきたいとの願いでこの詩を書き綴った。





棚田の家路 (偲ばれし棚田の暮し )
                        作詞  上水 清  作曲  宮阪富雄

1、母さんは            坂道 急ぎ
  夕げの支度する         疲れた身体を擦りつつ
  かまどの 煙に          涙ぐんで 
  腹をすかした 子供らに      麦飯 炊いた
  わたしは 見てた         重荷を背負った 人生を

2、 父さんは            月の明かりで   
  田んぼを起こす         腰の痛みに 耐えながら
手と手に つば付けて      鍬振り下ろす
  わが子の未来 背負いつつ     踏ん張り こらえ
  わたしは見てた         重荷を捨てない 生き方を

3、 ばあやんは          腰を かがめて
  石臼 廻す          しわしわの手首に 力を込めて 
  ゴロゴロ ゴーロと       こうせん 挽いた
  孫のおこびれ 作るため     心を 込めて
  わたしは見てた        一途に生きた 人生を

4、 じいやんは           わら打ち仕事
  草履を作る          わずかな小銭を稼ぐため 
  冬の寒さが          身にしみる
  額のしわは 耐え抜いた    人世の 証 
  わたしは見てた         宿命背負った 人生を 
  
5、姉さんは           はた織り仕事  
  涙をこらえ          貧しい人世を 知るが故  
あかぎれこすり        夜更けまで 
小さな夢に すがりつつ     愛しき 人よ
  わたしは見てた        心豊かな 人生を


 非人間的な重荷をかなぐり捨て、人間的な重荷を背負い続けるのが人生だとすると、
私は肩に食い込む程の重荷を背負い続けてきたであろうか?  


「棚田の家路」は10/4(18:30)の月見会(さらしなの里展望館)のアトラクションで披露させていただきます。宮坂富雄さんの伴奏で、ごくんぱフレンドの年配の皆さんが歌います。

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秋の棚田

9/8.16時 稲刈りが始まった姨捨の棚田


実りの秋
稲刈りを待つ棚田
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稲刈りが始まった
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9(土)10日(日)この休日を使って稲刈りが進む

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春の棚田

田植の準備が進む姨捨の棚田

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苗代・種が播かれ苗が育っている
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代かき前に肥料をまく
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畔草はまだ伸びていない、
これからの畔草刈りが大変
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2017年の元旦

明けましておめでとうございます


2017年1/1
正月の棚田
姨捨の棚田は17世紀の後半、溜池(大池)の築堤によって水を確保し、ほぼ全域水田
にすることが出来たものと推定される。それ以来今日まで三百数十年間、このような
景観が保持されてきたものと思われる。
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昭和三十四年、私は中学二年生の秋に、初めて一俵俵を背負子で背負いこの
棚田の坂道を背負いあげることができた。褒められてとても嬉しかった。
今でもあの頃の記憶が鮮明によみがえる。
その時の背負子
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背負子で荷揚げをする途中、ねずっぼ(杖)を背負子の下の横棒にかけて、
両肩にかかる重荷の食い込みを外し、やや前かがみにして背中と両足の三点で重荷を支えて立ち休み
する方法がある。これはなかなか難しい方法で、これが出来るようになれば一人前だ。
私もどうにか出来るようになった。

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大池百八灯

400年の歴史大池百八灯は、千曲市指定無形民俗文化財
小松姫の遺徳をしのび、8月16日の夕暮れ時、108(煩悩の数)
の火をともして、小松姫の供養を大池区民が実施した。

6時30分、着火直前、準備万端が整う
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午後7時、大池区の中学生が着火
(以前は大池区の小中学生が子供の行事として実施していたとのこと)
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一番目から次々と火が灯されていく。
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108番目の巨大な火柱
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大池区は姨捨の棚田の最上部、
ここからの夜景も美しい。
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8/16の月は「待宵の月」
月の都さらしなの里
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大池百八灯と「待宵の月」

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