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ゴールデンウィークも開けて早1週間。久しぶりに更新します。 最近、北海道の歴史をいろいろと考えさせられます。 5月3日に北海道庁赤レンガ庁舎に行く機会がありました。 以前にも訪れたことがあるのですが、1Fの北海道立文書館に、明治6年のころの札幌の中心部の模型があり、興味深く見てきました。もちろん現在の赤レンガ庁舎のところに、北海道開拓庁舎があったのですが、そこから南に広がり、縦横が碁盤の目の町作りが始まっていました。 そこで私が一番着目したのが、現在のススキノです。 当時は、全国各地から一攫千金をねらって、荒れくれたちが開拓のために政府の募集に応じてやってきました。しかし、冬は寒く、過酷な状態の中で、男性たちをつなぎとめるために、現在のススキノの入り口に公設の遊郭を置いたのです。その遊郭が、塀で囲われるかのようにして模型が作られていました。(写真をご覧ください)手前に長屋のようになって、塀で囲われているところが現在のススキノです。水路のような川は、現在は埋め立てられています。左上の緑地帯が現在の道庁のあるところで、ススキノの通りを上に上がった先が現在のJR札幌駅となります。
現在でも、この囲われた場所は、飲食店ならびに、風俗が立ち並び、神社や寺院、暴力団事務所などが立ち並んでいるところなのです。ある意味、札幌の中でも一番痛んだ場所、誰も手をつけられない無法地帯でもあるのです。しかし、神様は、この地を愛しておられ、慈しみを注いでおられます。現在のガリラヤ(異邦の場所)が癒され、回復し、主の恵みと祝福があふれる場所に変わっていくようにと祈っています。 |
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