げん氣の扉

幅広い人財啓育を行っているグループダイナミックス研究所(GDI)のオフィシャルブログです。

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ある調査によると、男性が同性と目が合った時にほほ笑む率は、わずか21%。女性に対しては70%の
男性がニッコリするといいます。特に、同性同士の間で「笑い」が忘れられているということになる
のですが、ミシガン大学の心理学教授ジェームズ・マコーネル氏の見解はもっとシビアです。

「ビデオテープやカメラ関係の会社と手を組んで、人々のごく日常的な会話のシーンの映像、写真を
分析したことがあります。そうしたら、同性同士に限らず異性との場合も含め、人間はなんとまあ、
笑わない動物かと驚いてしまいました」。

教授に言わせると、ほほ笑みは仕事先での立場をよくし、人生をより楽しませてくれるとのことです。
「しかめっ面をしている医師は、常にほほ笑みを絶やさない医師に比べて、治療ミスが二倍もあると
いう結果も得ました」。

このように「笑い」というものは、私たちの毎日に必要欠くべからざる大切なものですが、たとえば
企業の場合、その職場の雰囲気が、明るく活気に満ちたものでないことには、「笑い」も生まれて
こようはずがありません。

欧米人に比べ、表情が硬いといわれる日本人の場合はなおさらですが、ここに「社是」からして思わず
ほほ笑みたくなるような、ユーモアのセンスあふれる言葉を採用した経営者がいます。

分析・計測機器のメーカー堀場製作所の創立者・堀場雅夫氏で、その社是は「おもしろおかしく」です。
一般にこの手のものは「和」とか「誠心誠意」といった具合に、そこに盛り込まれた内容自体はいいに
しても、時代がかった、およそ身近には感じられないものが多いのです。若い社員ほどその感を強く
します。

それを斬新かつ平たく「おもしろおかしく」にしようと、社長当時の堀場氏は役員会に提案したのです
が、全員から総スカンを食い、即座に否決されてしまったといいます。それでもあきらめず、社長を
退き、会長に就任する際、役員たちに「何か記念品を」といわれ、またもやその社是を持ち出したので
す。

「そこまでいわれるのなら」と、こんどは承諾されたのです。堀場氏はいいました。
「社員が毎日、おもしろおかしく生活できるようにしたいというのが、私の願いなんです」。そこには
「人生のもっとも活動的な時期を費やす仕事にプライドとチャレンジマインドを持ち、エキサイティング
に取り組むことによって人生の満足度を高め、よりおもしろおかしくすごせる」という考え方が込めら
れているのです。この社是は今でも続いています。

リラックスして笑えば血液の循環を活発にして、健康にもいいはずです。
「燃えつき症候群(バーン・アウト・シンドローム)」が有能ビジネスマンの間に広まることがあります。たとえばY・Y氏(46歳)の場合。中堅メーカーの常務取締役・営業部長で会社きっての切れ者といわれ、つい先頃までは彼の次期社長就任を誰ひとり疑う者はいなかったといいます。

事実、彼が約十年前営業部長に就任してからというもの、売上高は毎月うなぎ登り。朝は誰よりも早く
出勤し、夜は自宅に「寝に帰るだけ。子どもたちの姿をまともに見るのは半年に一度あるかないか」と
いう生活を続けました。体には自信がありました。「風邪気味で休ませてほしい」などと部下から電話が
入ろうものなら、烈火のごとく怒りました。

「なんだ!だらしがない。緊張が足りんのだ!しゃんとしてれば、風邪の方がよけて通る!」と。
そのY氏が、朝の出勤電車の中で突然めまいを覚えたのは、売り上げの伸びが三ヵ月横ばいを示していた
ある日のことでした。業界全体が不振ならまだしも、ライバル社の中には、鈍ったとはいえ業績を伸ばしている会社もありました。Y氏は焦りました。夜もろくに眠れなくなってしまいました。そしてめまい。

翌朝は電車の中で突然、呼吸困難となったのです。あぶら汗が流れ、このまま死ぬのか、とさえ思った
ほどです。次の日から、電車を見るのさえ怖くなり、ついには、朝、家を出ていつどこで倒れるかと思う
と、玄関先で足がすくんで動けなくなってしまいました。今、彼は病院のベッドにいます。もう、焦る
ことも忘れました。

かつて、銀座内科院長の藤井尚治医博は、こう語っていました。
「高度成長の波に、企業もろとも個人として乗りに乗った人々、『趣味?仕事だよ!』『オレから仕事を
とったら何もない』と豪語していた強者に、今こうした症状が襲いかかっているのです」。

何をする気もなくなって、かつての積極的な姿勢が影をひそめ、別人のようになってしまう。これは
“定年”に伴う現象としては比較的知られてきました。ところが、この“定年現象”を、早い人は三十代
に起こしてしまう人もいるのです。

「あの人、遊ぶことの楽しさを知らなかったんです。遊びは仕事の敵みたいに考えていて、わたしたち、
昔は夏の旅行だって母子三人で行ったりして…」(Y夫人)。

「失われた20年」の日本社会で、仕事一本ヤリの神話が、いま崩れつつあるのでしょうか。

「人間の心は、庭園のようなものである。よく手入れをすれば、美しい庭になるが、手入れを怠ると
荒れ放題になる」。
ジェームス・アレンの著書『人は考えた通りの人間になる』の一節を引用しながら、ある企業の社長が
語ったことがあります。

「人は何の役にも立たない考えや不純な思いの雑草を取り除いて、正しい有益な考えや、純粋な思想の
花や果実を、自分の心の中に育てていくことができるのです」。

いってみれば人は、自分自身の心の専属の庭師といえるのです。
私たちはよく、運とか、偶然といった言葉を口にしがちです。金持ちを見ては「運のいい人だ」と言い、
頭の良い成功した学者を見ては「恵まれている」と言います。また出世していく人を見ると「何をやって
もついている」と評するのです。それに対して、その社長はこう反論しました。

「彼らの成功の裏に隠されている努力や、苦しみや、何度となく繰り返された失敗を見ていない。どれ
だけ犠牲を払い、どれだけ夢を信じ続けてきたかを知らないわけなんです」。
人の行為には必ず努力があり、結果があります。「心の庭師」として、どのような目標を設定し、いかに
努力をするかが結果を左右するのであって、運によって決まるのではないというのです。

かつて男子バレーボールチームがミュンヘン・オリンピックで優勝した時、キャプテンの中村祐造氏は
こう語っていました。
「選手のロッカーのドアの内側に、たとえばジャンプ力をあと30センチ伸ばす、というように各選手の
上達目標を書いた紙を貼らせました。毎日練習の前にそれを読んで、自分の目標を自分自身にしっかりと
言い聞かせ、コートに出るようにさせました」。

大学駅伝の強豪・順天堂大学においても区間の自己目標を各選手に書かせ、それに向かって自己イメージ
を描かせることによって、チームが覇者になれたという話を聞いたことがあります。

無言ならぬ有言実行、自分には必ずや何々ができるという「プラスの自己イメージ」を描き、それを言葉
にして決意表明することを自己宣言(セルフ・アファーメーション)といいます。

冒頭の社長は、こう結論づけます──。
「企業も同じです。社員が何を目標とし、どれだけ自己宣言するかに応じて、企業は考えた通りの企業に
なるのです、必ずや」。

見方を変えれば、積極的自己宣言が運を呼ぶともいえます。“幸運の女神は、前髪しかない”ので、早く
AIA自己宣言の完成度を高めてください。ただ、弱肉強食のような風潮が強まる中、不運と思われる人に
出会ったら、その人を勇気づける度量を強者は持って欲しいものです。

お客の来なかった九州熊本県の山間にある黒川温泉を再生し、日本有数の温泉地にした立役者で、
露天風呂造りの名人、新明館主人の後藤哲也氏が73歳になったときに語った「再生の法則 十二の教訓」
があります。

法則1 現場の声を「お客さんの後ろ姿」で判断する
法則2 毎日、自分を振り返る
法則3 部分に気をとられて全体を見失うな    
法則4 忍耐、忍耐・・・・・・忍耐力
法則5 速度(スピード)よりも間(スペース)を大切にする
法則6 出番は必ず訪れる
法則7 「我が身かわいさ」から脱皮せよ
法則8 「状況」は自らで変えていく
法則9 心の持ち方で人生は変わる
法則10 スキルや資格は志がなければ役に立たない
法則11 嫉妬はなくならない、前進あるのみ
法則12 理想の状態は最悪の事態の始まりだ

「この世の中、同じことの繰り返しです。人気のある観光地や温泉地がダメになっていくのには、
一つのパターンがあるとですよ。

旅館にお客さんが来始めると、お客さんのありがたみがわからんようになってきます。流行っとらん
時はお客さんが“神様”のように見えるのに、満足な状態が毎日続くと、その気持ちを忘れてしまい
ます。そのうち、売り上げが目に見えて落ちてくるが、もうその時は手遅れ。お客さんを歓迎する
“心”を忘れてしもうとるから、あとは坂道を下るだけになってしまうとです。

こげん事態を招かないためにも、成功しとる時ほど危機感をもっとかんといけませんな。商売がうまく
いっとる時は、実は悪いことが始まっとると思わんといかん。これは反対のことも言えましてな、
最悪の状態の時はチャンスちゅうことなんです。これ以上、悪くなることはありませんので、かえって
大胆に改革に取り組めますからな。」
「実は私、かつて左遷されたことがあるんですよ」
こう切り出したのは、ある信託銀行常務取締役。いまや幹部の地位にあるだけに、意外とも思える言葉
です。
「30代半ばで支店の次長になり、チヤホヤされていたのですが、部下の不祥事の責任をとらされ、小さな証券会社に飛ばされてしまったのです」。

エリートコースをはずれた途端、ごくわずかな上司、同僚を除いて「あの人ももう終わりだ」とばかり、
周囲の目は急に冷たくなりました。それまでが順風満帆だっただけに、普通ならここで崩れてしまう
ところです。

「私も、支店の屋上で天を仰いで、もう終わりかなとも思いました。しかし、すぐに気をとり直して、
開き直りの精神でいくことにしたのです。首を切るなら切れ、俺は精いっぱいやるぞと、覚悟を新たに
したわけなんです」。

そして出向先の会社では、打ちひしがれるどころか、逆に人一倍働いたのです。幹部に対しても、単なる
批評やぐちではなく、経営上の提案を筋道を立て次々と行ったのです。さらには二年後、しかるべき業績
をあげた後、銀行の幹部を訪ね「本店に戻してくれ」と直訴し、栄転を得たとも語ります。

左遷といえば、大手総合商社の社長も、課長時代に相場の失敗でヒラ社員に降ろされたことがあったとの
ことです。大変なショックで、辞めようとさえ思ったのですが、なんとか気を取り直したといいます。
あるインタビューに答え、その社長はこうアドバイスしています。

「みんな不運の時代を経験しろとはいいませんが、とにかく粘り強くなければいけません。頭がいいとか
悪いとかいう、能力の個人差は知れたもの。仕事にしろ何にしろ、執ようなぐらい食らいついていくこと
です」。

二人のねばり精神の奥にある共通点は、「問題から逃げない積極的な心構え」にあるといえます。
彼らは問題にまともに取り組んでいく、厳しい態度を身につけていたのでしょう。
ついては、先の常務取締役氏はアメリカのハードボイルド作家、レイモンド・チャンドラーの小説に出て
くる次の有名なセリフが好きだと言っていました。

「タフでなければ生きていけない。やさしくなれなければ生きている資格がない」。

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