げん氣の扉

幅広い人財啓育を行っているグループダイナミックス研究所(GDI)のオフィシャルブログです。

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ある会社の重役氏が、こんな打ち明け話をしてくれました。
「われわれがノンビリと受け身でやれたのは過去のことで、いまや他社とのシェア争い、業界再編成と問題が山積みしています。それだけに、私なんかは雑草のようなたくましい人財を心底欲しいと思うのです」。
 
そしてこのような「雑草型」は、大卒より高卒の人たちに多いともいいます。
「ところが、いざ採用するかどうかとなると、私が高卒を推しても、他の重役連は反対しがちなんですね。日頃彼らも、公には『学歴関係なし、まずは積極性』といっているのに」。
 
昇進についても、高卒を推薦すると、自分の身が危うくなるからかどうか、大卒の部課長クラスが異議を唱える、とこの重役氏はこぼしています。

「雑草型」といえば、新入社員には大別して三つのタイプがあるといわれています。
一つは積極グループ。これはおおむね社会・企業における役割認識があるか、またはそれを求めており、人生に生きがいを持とうとしています。いってみればミツバチ派です。

次には可もなく不可もなしのクロアリ派。もうひとつは消極・拒否グループで、役割認識を持ちたがらず、情緒や感情の未成熟型。このグループはそのうち知らない間に、自分はもちろん、ひょっとしたら会社をも食いつぶしかねないシロアリ派です。比率はミツバチ派20%、クロアリ派60%、シロアリ派20%ともいわれています。
 
ただ、ミツバチ派には大卒だけでなく高卒の人たちも多いのです。一方、不平ばかり言って上司・会社評論をしているうちに、仕事のやる氣を失ってしまうシロアリ派は、大卒でしかも有名大学出身者がかなりいます。
 
昨今の大学生は、昔に比べアルバイトに恵まれ、豊かな生活を送れるようになっています。中には家庭教師をして、初任給並みの収入をあげている者も珍しくはありません。それらで得た金を、学費や自己改造にあてるのならまだわかりますが、レジャー方面に流れがちです。その分「学生としての本業」に使う時間は少なくなってしまっています。
 
ある人事採用担当者がこんなことを言っていました。「大卒といっても中身は薄くなってきており、その程度の知識、教養なら、高卒の人たちにも働きながら独学で容易に身につけることができます。おまけに遊びにかまけているうちに、大学は出たはいいが、人生に対する積極的な姿勢をも失ってしまうのです」。

かつて、米国南カリフォルニア大学に企業家精神学部を創ったリチャード・ブスカーク博士は、「企業家として成功した人たちの半分は高校すら卒業していない」と言っていました。

「ワンマン経営でやってきました」。
静かな口調で、しかしはっきりとこういうのは富士ダイスの創業者、新庄鷹義氏でした。
「多数決では成立しないんですよ、われわれ中小企業の経営は。プロセスは別にして、こと最終的な決定となると、社長ひとりの裁断ということになります」。
 
同社はダイス、つまり鉄の線、棒、管を伸ばすという工具のメーカーで、戦後、陸大出の超エリート軍人上がりの氏が、苦労を重ね一代で築き上げたのです。

「いやあ、軍人出身ですからつぶしがきかず、どこの会社も雇ってくれなかったのです。それで親戚の工場の片隅をベニヤ板で仕切って、わずか3坪の工場でスタートしたのです」。

家族を妻の実家に預け、文字通りのワンマンで仕事を始めました。ひとりでダイスの製造、営業、経理、すべての分野をこなしたのです。
「しばらくして従業員を2人雇ったのですが、私の強引さにいや気がさしたのでしょうか、すぐやめてしまいました。またまたワンマンに逆戻りです」。

軍隊時代は23歳の若さで、中隊長として120人余りの部下を意のままに使っていました。それも自分の力ではなく、帝国陸軍の威光があってのことだったのか、とその時思い至ったといいます。
「これにショックを受け、社員の意見をよく聴き、衆知を集めて日本一のダイスメーカーになろうと、決心したのです」。

中小企業はワンマン経営でいくべき、というのは氏のもともとの考えです。かといって、状況の判断を誤って極端に走る「独裁制」と「ワンマン」とは基本的に違いがあります。
「多数の意見が正しいこともあれば、少数意見の方が正しいケースもあります。よく話を聴き状況を見きわめ、最終的な断を下すのは、社長の眼力と洞察力ということになります」。

ついては、中小企業に入ろうという若者は、これぞと思う経営者の目標に対する信念とそのワンマン性にほれる気概がなければならない、とも思えるのです。なぜなら、人はまず第一にお金を求めて働きますが、第二には指導者のために働くものだからです。

そして最後には、自分の信念や人生の目的、志(こころざし)を満足させてくれる行動なら喜んで、やる氣を起こすのです。

サラリーマンにとって、定年、倒産、失業といった言葉は、なんとも強烈に響いてきます。
ところがプロの世界では、こういったショックは日常茶飯事なのです。『巣立ちの日々』『にほん人・高見山大五郎』などの著書があるフリーライターの平林猛氏は、こういってのけます。

「私の仕事もそうですし、スポーツ界でも芸能界でも同じですが、何かの道のプロになるということは、サラリーマンでいえば毎日が定年後・倒産後みたいなものです。仕事がない、収入がないというのは、なんら珍しくもない事態ですからね」。

いくら窓際族といっても、サラリーマンの場合、それなりの保障がありますが、プロの世界ではこれがまったくないのです。氏は、こうも言います。
「冷たい言い方ですが、サラリーマンの人たちが、定年だ、倒産だ、さてどうしよう、と騒いでいるのを見ると、のん気なことを言うなと言いたくなってきます」。

逆に、こういった追いつめられた事態に陥らないために、「わたしは何々ができる」といえるだけの力を蓄え、ひいては仕事も来るように、平林氏は日々努めているのです。

プロといえば、商人の世界も似通っています。レストランチェーン「コックドール」の社長・伊藤佐太郎氏(当時)もこう説きます。
「わが社も成長して一般企業なみになりましたが、社員にサラリーマン化だけは強く戒めています。たとえ放り出されて一人になってもやっていけるだけの、味を売る独立した商人であれ、と強調しているのです」。

つまり氏が言いたいのも、誰もが「わたしは何々ができる」と自己宣言できるだけの力を持て、ということなのです。

このようなプロあるいは商人の世界と、サラリーマンのそれとでは、ベースに違いがあるかも知れません。しかし、サラリーマンにとっても、やがては訪れる定年、また万が一の倒産などという事態を考えれば、その意識に違いがあるのでしょうか。

ある人財銀行の幹部は、こうアドバイスします。
「この道10年、20年といって経験を自慢しても、 一年が10回、または20回あったにすぎません。これこれの実績があるといっても、残念ながら過去の話ではないですか」。

AIA・心のアドベンチャーを開発したボブ・コンクリンは、「真のプロは『わたしはこの道の何年の経験がある』とは決して言わない。なぜなら、その日その日がゼロからのスタートで、謙虚に学び続けることのできる人が真のプロだ。例えば、20年の経験があると言ったとたんに、一年を20回繰り返しているに過ぎないと判断されることを彼らは知っている」というのです。
かつて、ある会社を経営している友人からこんな悩みを打ち明けられました。
「取引先のメーカーから、50過ぎの部長あがりの男性を定年まで3年間、お前さんのところで使ってくれないかといってきた。これだけなら天下りの押しつけだけれど、給料はお前の所で出さなくていい、当社が持つから……というので驚いたね。聞くと仕事は一応できる人だ。だけどその会社では、年功序列からいってポジションと仕事がないというんだね。仕事がないのは本人もつらいだろうから、給料を払ってでもいい、よそで働いてもらおうという親心なんだよ。ま、うちとしては有り難い話だけれど、期限が切れたあとは、うちで面倒みなきゃならなくなることを考えると、軽々には乗れない。といって、大切な取引先だし……」

こんな配慮と根まわしをされたケースは、むしろ恵まれているというべきでしょう。
いまや“直下型地震”が中高年サラリーマンを襲っている企業も少なくないのです。いきなり「子会社にいってもらうことになった」とか、あるいは「給料は出すから会社に来なくてもいい」、「退職金を割増しするから、今のうちに辞めたほうが得だよ」などと、出向や勧奨退職の話を切り出されるのです。
 
しかし子会社といえども、昨今は無条件に再就職や出向を受け入れる時代ではなくなっています。ある有名企業の系列会社の人事担当重役は、出向や再就職が受け入れられるためには、「意識の三ない条件」が必要だとこうもらしています。

「まず肩書意識がないこと。なにか肩書をつけてくれ、という人はすでにモラールが下がっている証拠です。第二に学歴意識がないこと。オレはどこそこ大を出ている、とひけらかす人ほど実力がない。第三に親会社時代の一流意識をすてていること」。

確かに、この三つの「とらわれ」の意味は中高年サラリーマン、窓際族にとって大きいのです。子会社や新しい職場に飛び込むことの不安、定年後の不安から生じるストレスに耐え、それを乗り越える力を、三つの「とらわれ」が弱めているのです。

三つの「とらわれ」の中で最も抜けられないのが会社意識でしょう。これは、一流企業にいた人ほど身に染み込んでいて、本人が気付いていない場合が多いのです。せっかく受け入れてくれた会社なのに、何か挫折感につきまとわれてファイトがわかず、いつまでも仕事に及び腰。すると、概してワンマン経営者の多い中小企業では「落第」との熔印を押されかねません。

定年を前にした人や窓際族は、この三つの「とらわれ」がないか、胸に手をあてて反省する必要があります。それだけでも、窓際にしろ、出向先にしろ、あるいは再就職先にしろ、言動が変わってくるはずです。学歴意識、肩書意識、(一流)会社意識の三つの「とらわれ」から脱した時、あなたの本当の第二の人生が始まるといえるのです。
聖書には「ノー」という言葉が1,376回出てくるのに対し、「イエス」は4回だけです。イエス・キリストと言うのにもかかわらずです。

ミネソタ大学の社会人類学研究所の社会科学者マーク・スナイダー氏らが、興味ある調査をしました。彼らは電話帳から無作為に選び出した30人に電話をかけ、ある公共サービス団体のために、八つの調査質問に答えてもらえるかどうかを尋ねたのです。拒絶したのは30人中5人だけでした。

次に同じように選んだ別の30人に、同じく公共サービス団体のために50の質問に答えてくれないかと依頼したところ、拒絶者は30人中24人であったというのです。
 
二日後、最初のグループで「イエス」と答えた25人、および二番目のグループで「ノー」と答えた24人、それに新たに選んだ30人に電話をかけ、調査のために30の質問に答えてくれるか、と質問しました。
 
すると八つの質問を受け入れた第一のグループでは70%近くが「イエス」と答えたのに対し、50の質問を拒絶した第二のグループでは「イエス」と答えた人はわずか12%、第三のグループでは33%が「イエス」と答えたといいます。
 
つまり「イエス」と答えた人は、次の頼みに対しても「イエス」と答え続けることが多いという結果が出たのです。そして、イエスと答え続けてもらうためには、最初「イエス」と答えやすい状況を作った方が良いことも示しています。
 
話が多少ややこしくなってしまいましたが、要するに相手に「イエス」と言ってもらうためには、最初は簡単な頼み、相手が必ず「イエス」と答えるであろう頼みをするに限るということなのです。
 
実際、喫茶店のウエートレスは、こんなしち面倒くさい調査研究の話をするまでもなく、この事実を勘づいているらしいのです。「コーヒーにしますか、それとも紅茶にいたしますか」と切り出すのは彼女たち得意の手。こうすれば「いらない」という返事が返ってくる確率が低下し、肯定的な返事、すなわち「イエス」の確認を重ねることになるのです。
 
セールスのバイブルといわれる「テキストブック・オブ・セールスマンシップを書いたR・H・ブスカーク博士は、この手法を“確認を重ねる”クロージング法と呼んでいます。この手法をウエートレスの専用にしておく手はないのです。あなたも仕事の場で、あるいは家庭で相手を説得し、やる氣を起こさせるときに大いに活用してみてはどうでしょうか。

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