げん氣の扉

幅広い人財啓育を行っているグループダイナミックス研究所(GDI)のオフィシャルブログです。

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あるセールス研修のテキストに、こんなエピソードが載っています。
「工場のエンジンが壊れたので、その道の専門家を呼んだところ、黙って機械の周りを五、六回まわって注意深く調べた。そして機械のすみのほうに小さな×印をつけ、そこを思い切り金づちで一打したら、モーターが動きはじめたのである」。

簡単に故障を直してしまうと、その専門家は帰ってしまいました。ところが後で、その工場主に「200ドル」の請求書が送られてきた。高すぎると怒った工場主が明細書を要求したところ、こう記されていたといいます。
「サービスに関する明細書:機械を金づちで打つ仕事……5ドル
             打つ場所を探す仕事………195ドル
                      合計 200ドル」

この話は、問題の核心が明らかになれば、余計なことをしなくても「カチン」と一打するだけで、つまりポイントさえ押さえれば商売は成り立つと説いています。
 
そこで問題にしたいのは交際費です。各企業で今、販売力の強化が叫ばれ、それに伴って交際費、接待費の使い方が問題になってきています。しかし、相手の「どの問題を解決できるか」のポイントさえ発見できれば、よけいなおカネを使わなくとも、商品は売れやすくなるのです。
お客様の気持ちを動かし、やる氣を起こすには、自分の商品やサービスが相手の抱えている問題を必ず解決するという信念が大切です。
 
さて、では夜の付き合いが無意味かというと、高血圧の黒幕である酵素「レニン」とイネの遺伝子解読に成功した筑波大学名誉教授の村上和雄氏は、ナイト・サイエンスの大切さを主張しています。(「笑う!遺伝子―笑って、健康遺伝子スイッチON!」一二三書房)
科学者の「昼の顔」は客観的で論理的な顔だとすれば、「夜の顔」は主観的で感覚的な顔だというのです。
 
ふつう、科学者が講義をしたり、学会などで発表するのはデイ・サイエンス(昼の科学)についてのことで、これは、いわば完成された目に見える効率でできあがった世界です。
 
ところが、ナイト・サイエンスは、このできあがった結果に至るまでのプロセスに関係した世界観です。生命科学の研究を40年以上も続けてきた村上和雄教授は、日夜、研究に没頭できるのは、そのプロセスに感動や驚きがあるからだといっています。いつも決まりきった現象しか起きなかったら、楽しくないのです。
 
直観や霊感、不思議体験などからヒントを得て研究を続けたら、思いもしなかった発見と創造があるのです。その驚きがあるから、おもしろくて、科学者をやめられないというのです。
 
一日中、研究実験にあけくれた夜、仲間といろいろなことを話したり飲んだりしているうちに、ピンとひらめくことがあり、そのまま実験室に逆戻りということも、日常的な風景だというのです。
 
こうしたナイト・サイエンスは、ビジネスの世界でも同じだといえます。新規事業のチャンスやアイデアは、“目には見えない”夜生まれることもお忘れにならないように。
彼とは高校の同じクラスで、席が隣でした。彼はレスリング部の、私は剣道部のマネジャーで、練習場の時間調整をめぐって、よくやり合った間柄でした。

フライ級で身が軽く、持久力は抜群。体育会のマラソンでは、いつもトップでした。その彼が大学一年のとき、アマチュアレスリング日本代表団の一員として渡米、そのまま居残ってしまうのです。5年後に全米選手権を取るのですが、ハーレム街でアイスクリームを売りながら貯めた約1万ドルを元手に、日本風のステーキレストランを始めます。これが彼のビジネスへの第一歩でした。

店の名は「ベニハナ・オブ・トーキョー」。彼とは、昭和56年(1981)に気球で太平洋の横断に成功したロッキー青木(本名 青木広彰)君です。

その後、レストランの支店はアメリカやカナダで50店を超え、大実業家に成長しました。 冒険が好きで、気球による太平洋横断の前に昭和54年(1979)には、外洋を突っ走るパワーボートのスピード記録を樹立したものの、レース中に胸骨を何本か折る重傷を負い、8回にわたる手術で奇跡的に回復しました。
 
太平洋横断も、米大陸の西岸に着く直前は、悪天候との壮絶な闘いになりました。文字どおり命をかけた冒険だったのですが、彼は常に商売のことを忘れていません。

「ベニハナはPRによって生まれた」と自ら認めますが、一号店の開店後、エレベーターボーイがストをしている高層マンションの出前を引き受けました。新聞社のカメラマンが取材する目の前で、料理はロープでするすると運び上げられましたが、所定の窓に着く寸前、彼はロープをわざと揺すって料理をひっくり返し、周りの注意をさらに引きつけたのも有名な話です。
 
セールスの理論でいう「ショーマンシップ・アプローチ」の見事な実践です。気球による太平洋横断も約3億円(当時)かかったといわれますが、冒険好きのアメリカ人には、それ以上のPR効果があったかも知れません。
 
しかし、私が感心するのはテクニックではなく、その底に光るクールでバッグンの自己管理能力です。学生時代は、一見グレた感じもありましたが、たばこも酒もやらず、体のコンディション維持に最大限の注意を払っていた彼の姿を思い出します。
 
二宮尊徳(1787〜1856)は、治水のアイデアでも秀(ひい)でた能力を発揮したともいわれています。
洪水を防ぐ川の水を堰(せ)き止(と)め、ダムを作るのに、まず藁(わら)を使った吊り橋を作ったというのです。その上に乗って、縄(なわ)を切って、橋を落とし、そこに村人たちに石を投げさせたといいます。藁(わら)と石がからまって丈夫なダムができたのです。
 
しかし、藁(わら)の橋の上に乗って縄(なわ)を切らせるのは、一種のショーマンシップといえます。堅物(かたぶつ)と思われた尊徳も、実はユーモアのあるショーマンシップ・アプローチを使っていたことは、あまり知られていません。
 
私は、研修事業を始めた若い頃、心構え変革の講演会が始まって10分くらい経ったところを見計らって、40cm四方の鏡と大きな金槌(かなづち)を取り出して勢いよく鏡割りをし、参加者の目を覚ましていたことがありました。既成概念をたたき割るという意味に使ったのです。

数年後に何人かの参加者に講演内容についての感想を聞いたところ、鏡を割ったことしか覚えていないと言われたこともありました。志(こころざし)を持った営業活動をしていないと、ショーマンシップ・アプローチも一般的な“ショー”で終わってしまいます。

「春雄と花子! すぐここにいらっしゃい!」。
母親が大声で子どもたちを呼びつけます。
「どうして、こんなにおもちゃを散らかしっぱなしにするの!」。
──どこの家でも見られる光景です。

子どもたちは、よく自分の持ちものを散らかします。母親はそれにいらいらして、結局はひとりで後片づけをします。いったいどうやって子供たちをしつけたらいいのかと、絶望的な気持ちになりながら。

ドン・ディンクメイヤー博士は、子どものしつけについて、きわめて明快に「ロジカル・コンセキュエンス」という方法が最もいいと説いています。日本語でいえば「論理的な結末を体験させる」とでもいうのでしょうか。

こういうと、ひどく難しいようですが、実際は簡単なことなのです。たとえば、寒さの厳しい冬の朝、親が着せようとしたコートを、子供がいやがったとしましょう。こういうとき、普通の親は無理にでもコートを着せようとします。しかし、いやいや着たコーは、子供にとって邪魔なものです。親の目が届かないところへ行けば、脱ぎ捨てることもできるのです。

では、どうしたらいいのでしょうか。答えは、いささかありふれていますが、コートなしでしばらく外へ出すことです。寒ければ、自分からコートを着たいと思うでしょうし、そうすれば途中で脱ぎ捨てたりはしません。同じようにコートを着ていても、親から強制的に着せられたのと自分で着たのとでは、まるで違うのです。

「ロジカル・コンセキュエンス」とは、説教したり、命令したりせず、本人にそうした方がトクだという結果を味わわせ、納得ずくで行うしつけといってもいいでしょう。

さて、おもちゃを散らかす子どもたちに、納得ずくで片づけさせるにはどうするか。これは、そう簡単ではありません。おもちゃが散らかっていて不快なのは親の方であって、子どもたちは気にならないからです。片づけなければならない動機がないのです。

私の知人の家では、こんな方法を考え出しました。散らかっているおもちゃを全部、玄関に置いた段ボールの箱に投げ入れておく。これで家の中は片づくし、子どもたちがおもちゃを欲しいと思ったときは、段ボールの箱の中を探さなければなりません。
最初は箱の中をかき回していた子どもたちも、それが面倒だとわかって、まず大事なものだけは自分で片づけるようになったと、その知人は言います。

なかなか忍耐を必要とする方法ですが、これほど確実なしつけはないのではないでしょうか。もっとも、そのことに気がつくのはたいていの場合、子育てが終わった後のことが多いようです。

かつて、旅先の宿でテレビのスイッチを入れたら、いきなり森繁久弥さんが画面に映り、こう語りかけてきました。
「人は転ぶと坂のせいにする。坂がなければ石のせいにする。石がなければ靴のせいにする。人はなかなか自分のせいにはしない」。

ユダヤの古い格言だそうですが、これはある清涼飲料水のCMの一シーン。それにしても、ズバリ人間の本質をついた格言です。私は思わず、なるほどと思いました。

R・H・ブスカーク氏も「プロはできないことの“いいわけ”を決してしない」と言っていました。ところが、実に多くの人が失敗や不成績を「自分のせい」と認めず、言い訳に終始しているのです。

たとえば「ご栄転おめでとうございます」と言われても、「いやあ、本当は来たくなかったのですよ」と、不本意さを強調する転勤者が、あなたの周囲にいないでしょうか。
「でも、ほんとは来たいと思ったのでしょう」と問い詰めると、「とんでもない」といいます。

「じゃあ、どうして転勤してきたのですか。ほんとうに来たくなかったなら、来ていないはずでしょ! ところが今、現にここに来ているではないですか。断ることだってできたでしょう」、「まあ、業務命令ですからね」と煮え切りません。

結局は、自分の意思で決断したことを認めないで、転勤も他人のせいにします。こういう“及び腰”では、転勤先でも大した仕事(志事)はできないのではないでしょうか。

プロ野球でも同じです。「監督が変なサインを出すからさ」とか「あの審判の判定はなっていないよ」などと自分の凡退について言い訳の多いバッターは、大成しないといわれていまする。チーム全体としても、こんな言い訳がまかり通るようでは、絶対に強くなりません。

「しくじった選手が、チームメートの目が怖くて『ベンチに引き揚げてくるのがつらい』ともらすようになったとき、よし、これなら優勝も夢じゃないぞと思った」。
かつてプロ野球でヤクルト・スワローズを初めて日本一に導いた広岡監督も、言い訳をしにくくなったチーム内の変化を、ひとつの転機として述懐していました。

自分の失敗を失敗として認めることは確かにつらいでしょう。しかし、その心の葛藤を乗り越えてやる氣を起こすことが、プロへの道の入り口に求められているのでしょう。
セールスパーソンのバイブルと言われる「テキストブック・オブ・セールスマンシップ」の著者R・H・ブスカーク博士はこう説明しています。
「毎朝、あなたの口座の貸し方に86,400ドルを記帳してくれるのに、次の日に繰り越しをしてくれない、という銀行があったらどうでしょうか?今日、あなたが使い切れなかったお金は、永久に失ってしまうことになります。もちろんこんなことになれば、あなたは毎日手に入るお金を全部使ってしまうでしょう」

そして、こう言及しています。
「同じように時間の銀行も、毎日ちょうど86,400秒をあなたに与えています。時間はすべての人が持っている最も大切な資産です。毎日与えられた一秒一秒を、ムダなく使うように計画すべきです」

ともあれ、時間の大切さについては、洋の東西を問わず、これまで繰り返し説かれていますが、それほどまで言われているということは、時間を上手に使うことが簡単ではないからです。また、“時は金なり”といって、スピードを上げて仕事をすれば質のよい仕事ができるかといえば、そうでもなさそうです。時間の活かし方については、信念や志(こころざし)のようなものが求められます。

理屈ではわかっていても、実践している人はきわめて少ないわけですが、日本の漢字教育の第一人者である石井勲氏はそのまれな例でした。石井氏が62歳の時、こんなふうに語っていました。
「いまや仕事を娯楽と考え、これのみに打ち込んでいるんです。私は62歳でまだまだ若いつもりですが、残されている時間にはもう限りがあります。その間に正しい漢字啓発のあり方を、世間の人たちにわかってもらいたいのです」

漢字の方が仮名よりやさしく覚えやすいというのが氏の考えです。従って日本語は、漢字から先に教えるべきで、赤ん坊が漢字を覚えると、頭脳と情緒の発育はいまよりずっと良くなるとも説いていました。そして、世界でも独特な漢字かな混じり文字の日本語は、読むことと書くことが同時にできなければならないという今までの考え方、読み書き同時論に反対したのです。

「この考えは、生きている間には無理でしょうが、次の世代にはわかってもらえると確信しています」。若い頃には夢中になったという囲碁も卓球もやめてしまい、石井氏は独自の漢字啓発の普及に全力で努めていったのです。限られた時間を生かすためには、場合によっては趣味や遊びを断ってさえしまわなければならないこともあるのですが、その仕事(志事(しごと))が趣味になっているのかも知れません。

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