げん氣の扉

幅広い人財啓育を行っているグループダイナミックス研究所(GDI)のオフィシャルブログです。

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「老い」と切っても切れないのが「ボケ」。「長生きはしたし、“恍惚の人”になりたくはなし」と
いうのが多くの人々の希望ではないでしょうか。

ボケが病的に進んだ脳は縮んでスカスカか、中身が詰まっていても“カニミソ”のように溶けた状態に
なっているといわれています。働いている脳細胞の数が少なくなっているのです。

人間の脳の神経細胞の数は、誰でも誕生時には約140億個に達しています。そして、この細胞は成人に
なると一日に約十万個ずつ死滅していくと、大脳生理学では説明しています。他の部分の細胞のように
増殖しないので、健康な人でも脳の神経細胞は減る一方なのです。

その進行にはもちろん個人差があります。老人ホームを経営していた、ボケ老人間題に取り組んでいる
ある医師によると、ボケには職業差もあるといいます。公務員だった人が早くボケるのに対して、
自由業や個人企業で働いていた人はなかなかボケないそうです。

「公務員に限らず大きな組織で働いてきた人は、定年によって人生の大きな“段差”を迎えるわけです
が、これがボケの引き金になりやすい。そのとき生き甲斐となるような蓄えがないと、気が抜けてモヌケ
の殻のようになってしまうのです」。

アメリカで老人医療を研究してきた工藤玄恵さんによると、老後も頭がボケず、体も元気で最も長持ち
する職業は、オーケストラの指揮者ではないかといいます。そういえばクレンペラーやベーム、オーマン
ディなど70歳を超えて活躍した世界的指揮者は多いのです。“帝王”カラヤンも81歳で亡くなるまで指揮
棒を振っていました。
「芸術上の創造意欲と指揮にともなう肉体運動がミックスしてボケを防いでいる」と工藤さん。

ボケ防止に三つの日常的なアドバイスをする医者が増えています。

,茲せ兩を取ろう―背筋をピーンと伸ばしたよい姿勢は気持ちを引き締めます。だからよい姿勢を
取り続ければ、心構えがイキイキしたものになり前向きの考え方が生まれてきます。経営者の間でも
社交ダンスが盛んになってきていますが、前に垂れがちな首がピンと伸び、凛(りん)としてくるから
です。

△茲な眥瓦鯤櫃箸Α銃辰紡く歩いたりする必要はありません。要はダラダラ、ズルズル足を引きずる
ように歩かないこと。45分間のウォーキングでは、最大心拍数の70%ぐらいで歩き続けて、始めの20分〜
25分間は炭水化物が燃え始めます。それからようやく後半の20分〜25分間で脂肪が燃えます。血管の
内側に付着している脂肪を取ることが血液の循環を良くし、動脈硬化を予防する効果があるのです。

人目を気にしよう―定年後にボケてしまう事の一つに、もう人目のつくところに出かける事もないから
と、身だしなみを構わなくなる事があげられます。これでは気持ちがだらけて、一層ボケを早めてしまい
ます。社交ダンスでは、確かにおなかの出っ張りは気にせざるを得なくなります。

「体の動きや外見が変わると、心の持ち方も変わってくる。生活の中に張りを保つという気持ちが、
まだ自分は社会に参加しているのだという実感となってボケを防ぐ」。

一人ひとりに、ボケないための姿勢の取り方がますます求められているのです。最後に、この三つの
アドバイス以外に、ボケない人は自分なりの人生の目的や志(こころざし)を支える「哲学・信念」を
持っているのではないかと思うのですが、あなたはどう思いますか。
平成26年版の「犯罪白書」によると、平成25年の少年非行の検挙・補導者数は約9万人とのことです。
その数字はここ数年減少傾向にあるそうですが、少年非行をなくす方策になかなか妙案は思いつきません。
ところが、その方策の一つとして、米国にユニークな組織のあることをボブ・コンクリン氏が教えて
くれました。

それは、ミネアポリスの郊外ミネトンカの静かな森のなかにある「ナクサス」というコミュニティーハウ
スです。ここに集まる犯罪者は16歳から26歳まで、平均10回の逮捕歴のある、社会から完全に拒絶された
問題児です。

この「ナクサス」で二年近くの共同生活と更生プログラムを終了すると、彼らは自己の潜在能力を発見
し、建設的なやる氣を起こして、再び社会に旅立って行くのです。コンクリン氏は、彼らの更生率が99%
で、ほとんど全員、二度と犯罪を起こさないというのです。

それでは、「ナクサス」ではどんな共同生活と教育を行うのでしょうか。そのカギを解く一つとして、
コンクリン氏は親友のグレン・カニンガム氏経営の牧場での出来事を話してくれました。

カニンガム氏は、8歳のとき通っていた学校の火災により大やけどを負い、医者たちは両足の切断を勧め
めました。幸いにも、両親が反対したお陰で切断手術は免れましたが、医者は「君は二度と歩けないだろう」と伝えていたのです。入院中、彼は持ち前の精神力で、まず数秒間立つ練習を始め、それから家の
周り、学校までの数キロ、最後にはオリンピックの1,500m競走でシルバーメダリストになるまで成長した
のでした。

その後、彼はグレン・カニンガム青少年牧場を設立し、世の中から望みがないと見放された少年少女を
集め、やる氣のある立派な社会人に育てる仕事を始めました。ところが、その手段が一風変わっているの
です。

彼は、牧場に初めてやって来た非行少年少女に、まず一匹の動物を与えました。若者たちは自分で世話を
し、えさをやり、愛する犬、猫、あひる、うさぎなどの動物を育てるのです。これがなんと、彼らの人生
で生まれて初めて心から愛することを学んだ最初だったのです。

カニンガム氏は、「人生の空しさは愛がないからだというより、愛することがないからだ」ということを
発見したのです。
人は、愛し愛され、期待し期待されてこそ真のやる氣を起こし、健康を維持することができるのです。
「物」の過剰な時代です。ちょっと気のつく親なら、子どもに「物」を与えすぎないように、日頃から
気を使っていることでしょう。

おもちゃの買い過ぎにならないよう心がけている家庭も多いと思います。たとえば、あなたの息子が
大好きなプラモデルについては、前に買ったものが完成していないと新しいものは買わないことに
決めている家庭があったとします。次のようなケースに、あなたはどう対応しますか。

クリスマスのプレゼントに新しいものを買いに行ったとします。
いつもなら、大きい(ということは作るのが難しい)のに飛びつくあなたの息子が、いつになく慎重に
なったとします。いちいち設計図を開いてみては、「これ、ぼくにはちょっと無理だな」などといって、
結局、中くらいの大きさの「スペース・シャトル」に落ち着いたとします。

次に買ってもらえなくなるから、出来そうにもないものは選ばない──家庭の方針があなたの息子にも
徹底してきたなと、ひそかにあなたはほほ笑んだとします。

ところが、これが父親の甘さだったのです。家に帰ってみると、前に買ったオートバイのプラモデルが、まだ完成されておらず、部屋の隅から出てきたとします。いつもより小さいのを選んだのは、約束に
違反しているので気がとがめたからなのでしょう。

あなたは、約束違反を注意しました。そして一緒にオートバイの方を完成させようと、気分を一新して、
あなたと息子は一緒に一気に組み立てることを狙いました。

しかし、オートバイは、やってみると、たいへん難しいものでした。中には紛失している部品もあって、
三時間ほど頑張ったものの完成できませんでした。結局、未完のままになりました。

前のものが完成しない限り、新しいものは買わない、作らないという約束があるので、あなたの息子は
「スペース・シャトル」に手を触れることができません。かわいそうな気もしました。しかし、原則の
厳守はあなたが言い出したことですし……、自分でもいささか困ってしまいました。

さて、あなたはどうしますか。
かつてある文化講演会で、「かぐや姫」や「一寸法師」など、おじいさん、おばあさんが拾い子を育てる
日本のおとぎ話について、話題になったことがあります。

すなわち、こうした一連のおじいさん、おばあさんの子育ては、老齢の人々による社会参加でもあったと
いえるのではないか、ということです。

これらおとぎ話に登場するおじいさん、おばあさんの子育て方が気になるところです。
育て方という点からみると、「かぐや姫」と「一寸法師」は大変な違いがあります。
「かぐや姫」はご承知の通り、光る竹の中から生まれた女の子が、長じるに従って光り輝くような姫と
なり、権力や富を持った男たちから降るようなプロポーズを受けます。

ところが、姫は無理難題を押しつけて結局すべての求婚者を退けるのです。そしてある満月の夜、軍隊
まで配備して姫を守ろうとしたおじいさんたちの願いもむなしく、姫は泣く泣く月の世界に連れ
戻されるのです。

姫は嫁に行くことも、月の世界に帰ることも望みませんでした。おじいさん、おばあさんも姫を手放した
くありませんでした。つまり親離れ、子離れの精神は、まったく存在しないのです。擬似にせよ、親子が
ひしと寄り添って、他の社会へ参加することを拒んで生きる彼らに発展をもたらすには、月からの使者と
いう、人間の力をはるかに超えたものが必要であったのかも知れません。

では、「一寸法師」はどうでしょうか。法師は(たぶん相当早い時期に)自分から「都に行かせてほし
い」と言い出し、頼んでいます。おじいさん、おばあさんは舟にするお椀と櫂(かい)にする箸を贈り
ます。子どもの独立を歓迎し、そのためのプランに快く手を貸したのです。

老後についてみれば、「かぐや姫」のおじいさん、おばあさんが姫のいなくなった後、生きがいを失って
泣き暮らしたのに対し、一寸法師の養い親は、打出の小槌で立派な体格の若者となり、身分の高い姫と
結婚して地位も築いた法師に呼び寄せられるという物語です。そして、幸せ(これが当時の“夢”で
あったのだろう)に暮らします。

子どもの育て方と老後の生き方について考えさせられるところのある話です。
「ペアレンティング」という言葉を見聞きすることがあります。「親になるための訓練」などと訳されるのでしょうか。価値観が激変する現代では、親も勉強しないと、積極的でやる氣のある子どもを育てられないという認識が広がっているのです。

“子どもを勇気づけ、やる氣を起こす親のため”のプログラム「STEP勇気づけセミナー」に「家族会議」の提案があります。「ウチでは四六時中家族会議ですよ」といった家族もあるかも知れませんが、これは親の権威でまとめる会議ではなく、親も子も尊重されるべき個人として扱われ、議長も全員で回り持ち。

そして家庭内のいろいろな問題を話し合い、仕事の分担を決め、レクリエーションを計画し、家族全体の「やる氣」を高めようという趣旨なのです。

例えば、家族会議がこんな具合に行われたとします。テーマは子どものテレビ視聴時間です。
あなたはテレビをだらだらと見ることには反対で、子どもの視聴時間も長い方ではないかもしれません。しかし、このところ少しずつ長くなってきているので、あなたは「一日おきに一時間」を提案しました。

妻「一日おきだと、好きな番組が選べなくなるわね」。

子「そうだよ。ぼくは週に三日でいいから、金、土、日にして」。

あなた「いいだろう。で、何みたいの」。

子「金曜は『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』、土曜は『天才!志村どうぶつ園』、日曜は『行列のできる法律相談所』」。

妻「でも、日曜の『行列のできる法律相談所……』は少し遅すぎるわ。月曜の朝は寝坊して遅れそうになるんだから……」。

子「じゃあ、午前中の『ワンピース』でいいけど、『行列のできる法律相談所』と一週おきでいい?」。

妻・あなた「まあ、いいでしょう」。
 
という次第ですが、最後は子どもと妻に古くなったテレビの買い替えを提案され、これも認めさせられました。
父親の場合、日頃子どもとのコミュニケーションが母親に比べて希薄になりがちです。それをどう補っていくか。家族会議はその足がかりとして期待できると思っています。

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