げん氣の扉

幅広い人財啓育を行っているグループダイナミックス研究所(GDI)のオフィシャルブログです。

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ある商社マンが、三十有余年にわたる企業人としての生活を無事勤め上げ定年を迎えた時点で、
あえて「冒険」に踏み切りました。

「会社側は関連会社の役員のポストを用意してくれたのですが、思い切って断ってしまいました。
そこに行っても、また5年も経てば定年というわけですが、ビジネスマンにとって定年は、死刑にも
等しいつらい仕置きです。それを二度も経験するのは耐えられないと思い、独立することにしたんす」。

つまり、自分にとっての定年は死ぬ時であり、それまでは働き続けると決意したのです。
「53歳の時に、生命保険も60歳満期だったのを解約して30年延長し、新たに83歳満期のものに変えま
した。やる氣を保つためにです」。

そして商社マン時代に培ったオフィス合理化の知識を生かすべく、その指導を業とする「FMCコンサル
タント」を設立したのです。日本の企業では、工場の合理化は進んでいるが、オフィスのそれは
まだまだといった時代のこと。そこに目をつけたわけですが、当時はユニークな新分野だったので、
企業の業績はきわめて順調に伸びていきました。

「水や肥料を与えられるだけの、植木鉢のような人生はお断りです。何事にも好奇心を持ってぶつかり、いろいろな書物を読み、社内だけでなく社外の友人たちからも、知識の吸収に努めました」。
そうやって得た新しい知識が、独立してから生かされたのです。今でも好奇心、知識欲は人一倍旺盛だと
いいます。

彼の商社の場合、定年退職後、関連会社に天下りする人が4割ぐらいいるといいます。準関連会社に
行く人も多く、彼のように完全に独立する例はまれなようです。

 かつての同僚はこう語ります。
「彼の場合は、張り切って仕事に取り組んでいるだけに、心身ともに若々しく、うらやましい限りです。小さな会社をつくるといった時には、無理をするなと反対したんですが、私なんか関連会社での第二の
定年も終わり、すっかり老けてしまいました」。

心理学者のA ・H・マズローも言っています。
「自己実現者は人生のもろもろの現象を、いつまでも新鮮に畏敬(いけい)や恍惚(こうこつ)をさえ伴って、評価できるという才能の持ち主である」。

要は、飽くことのない「好奇心」が必要ということですが、心豊かな人生を送るためには、この好奇心をベースに「冒険」に旅立つことでしょう。それはまた、若さを保つ秘訣でもあるようです。
「老人と子どもは、ほんとに共通している部分が多いんです。老人を見ていると、その幼児期がよく
わかります」。

改めてこう感慨をもらすのは、現目白大学教授の鷲津(わしづ)名都江(なつえ)さん。かつては、
小鳩くるみの芸名で童謡歌手や声優として、お茶の間でおなじみでしたが、その後童謡はもちろん、
テレビ番組やディスクジョッキーと幅広く活躍するかたわら青山学院大学の大学院も修了しました。

論文は「幼児の才能開発の基礎的研究」というアカデミックなもの。仕事との両立は、並大抵の努力
ではなかったと思います。その彼女は、NHK老人番組のレギュラーとして、丸6年老人たちと話し合った
体験から、彼らが子どもの頃、どういう環境で育ったか、どんな教育を受けたかがわかるようになったと
いいます。
 
たとえば、60歳を過ぎてから初めて英語を勉強し、東京・小平の団地で英語塾を開いた吉田其枝さん。
よく考えてみると幼少のころ、神戸の幼稚園の園長さんがイギリス人であったため、英語で会話をして
いた体験がありました。

村社(むらこそ)講平さんは、30過ぎてからベルリン・オリンピックで活躍した長距離ランナー。
小学校に入る前に、父の会社倒産のため、でっち小僧になり一日7キロから10キロも素足で走り使いを
させられていたといいます。

動物作家として活躍した戸川幸夫さんは、40代前半で新聞記者から作家に転職しますが、子どもの頃、
動物好きだったことを思い出して、動物作家になったといいます。このように小さい頃にしていたこと、
身のまわりで起きたことが、中年以降の人生の生きがいに大きな影響を与えている場合があります。

さらには、小さい頃やりたかったが出来なかったことが、その後の人生の生きがいにつながるケースも
あります。
 
鷲津さん自身も、一家そろって音楽好きだったからこそ、歌手の道へ進んだのでしょうが、また大学院
まで進んだ理由については、こう自己分析します。「4歳でプロの歌手になったため、勉強の機会が少な
く、逆に学校にあこがれるようになったのではないでしょうか」。

心理学者のアルフレッド・アドラーはこう言っています。
「小さい頃の体験とそれに対する解釈を子どもが繰り返すうちに、独自のパターンを身につけ、それが
生涯にわたってのライフスタイルになる」。

人生にハリのある生き生きした老後を過ごすためにも、親は豊かな幼児体験を子どもに持たせる必要があるようです。
かつて、ひとり息子のバイオリンのけいこを見ていた時のことでした。次の日に合同レッスンがあるとか
で、妻が特訓をしている最中でした。

10分ほど経ったとき、ふとあることに気がついたのです。「そこが違うのよ!」という言葉を妻が頻繁に
使います。数えだしたら、15分間に14回、ほぼ1分に1回の割で「そこが違うのよ」と繰り返しているので
す。
そばで聞いている私でさえうんざりしたくらいですから、直接言われている息子は、さぞ大変だろうな、
と同情したのです。

ずいぶん昔の話ですが、若い頃、私はプロ級のゴルファーになりたいと思って、ゴルフコーチを生涯の
仕事にして、引退後日本に滞在していたアーサー・ガスという米国人のコーチの指導で練習していたこと
がありました。スキーでひざを痛めたために、夢は挫折してしまいましたが、私は彼からコーチ術に
ついて大事なことを学びました。

アマチュアのゴルファーに何回かボールを打たせてみます。すると欠点はいくらでも目につきます。
グリップが間違っていたり、ひざの送り方に問題があったり、スタンスの取り方が悪かったり。しかし、
「そこですぐに、あれこれと間違いを指摘してはいけない」というのです。じっと観察してみて、どこか
一カ所だけ直してみるのです。すると、スイング全体が流れるようにうまくいくものです。どこを直せば
そうなるのか、そのポイントを見つけるのがコーチの仕事なのだ、と。

その後、大阪のある学習塾の先生と会ったときにも、同じような話を聞きました。彼は当時、小学生に
算数を教えていたのですが「算数の出来ない子どもは、間違い方に必ず個性がある」そうです。算数に
個性があるなんて、初めて聞いた話なのでキョトンとしていたら、彼が解説してくれました。

「算数が出来ないといっても、何から何までわからないわけではない。たいてい一ヵ所か二ヵ所、いつも
つまずくところがある。九九の八の段を間違って覚えてしまったとか、分数計算について誤解があると
か。そういう間違いのポイントを直すと、びっくりするくらい成績が上がるものです」。

相手の間違いを上手に、しかも的確に指摘するのはなかなか難しいものです。特に母親が子供に向かって
やる場合は、子供の意欲を失わせてしまうことが少なくありません。
バイオリンのけいこが終わったところで、私は妻に「15分間に14回も次々に間違いを指摘したら、子ども
だっていやになるだろう」と指摘したところ、「ひとが一生懸命やっているときに、そんなことを数えて
いたんですか。あなたもひどい人」と逆襲されてしまいました。間違いを指摘するというのは本当に難し
いものです。
日本では、配偶者と死別したり離婚した場合、男性はすぐ再婚の相手を探し再婚することが多いようです。しかし、女性は再婚しない人が多いようで、特に子どもが大きいと、ほとんどが寡婦として余生を送ります。ところがアメリカでは、50歳、60歳を過ぎた女性もどんどん再婚するか、さもなくばボーイフレンドをつくるといいます。

この違いはどこから来るのか。アメリカ女性レポート『サラダ・バーの女たち』の著書・菅原真理子さんは、アメリカの男性はアメリカの女性にとって実に便利な存在で、男性がそばにいないと生活が不自由だからではないか、と分析しています。

そういえば、アメリカの普通の家庭では、食事の後片づけ、皿洗いは男の子、あるいは夫が率先してやります。家の周りの芝生の手入れや垣根の修理、ペンキ塗りなども男の仕事とされています。これに対して日本では、最近こそ“男子厨房に入る”傾向が少し出てきましたが、まだまだ中年以上の男性は、家ではタテのものをヨコにもせず、妻が留守をするとお手あげです。男の子は受験戦争の“素直な戦士”とし
て、上げ膳据え膳で若殿様のように育てられているのです。
 
まだまだ、男性のまめまめしさの点で、日米の差は縮まりそうもありません。だから逆に、男性の力を借りようにも借りられないという点で「日本の女性の方が自立しているのじゃないの」と、菅原さんはアメリカの友人と笑い合ったそうです。

確かにそういう見方もあるかも知れません。日本の女性が着実に自立性を高めているのに反して、日本の男性たちは女性に頼り切っているのかも知れません。

ある有名な大学の教授はこう嘆いています。
「男の子は母親が手をかけ過ぎて、チヤホヤして育ててしまうんだね。ところが女の子の場合、割に放っておかれることが多いので、自立心が男の子より強い。大学でも女子の方がコツコツとよく勉強するから成績がよい。だから就職試験でも、ペーパーテストだけなら女性が上位にずらりと並ぶことだって起こり得る」。
 
それに比べて、男子学生はどうでしょうか。日本の学生に英会話を教えているベテランのアメリカ女性が、数年前、私にこんな疑問を投げかけてきたことがありました。

「どうして日本の男子大学生は、子どもみたいで、頼りない感じがするのかしら」と。
子どものときは母親に甘え、大学時代は女子学生のノートを借りて期末試験を乗り越え、長じて結婚後は女房に頼る。こんな状態が続くなら、やがて日本の男も“マン・リブ”を叫ばなくてはならなくなりそうです。
日本経済新聞論説主幹として活躍し、ボーン国際記者賞を受賞したジャーナリストの武山泰雄氏が、かつ
てアメリカの寡占経済の構造を分析したことがありました。その彼が亡くなる4年ほど前から「日本の問
題は寡占にある」と言い続けていたのです。

2006年にノーベル平和賞を受賞し、バングラデシュ・グラミン銀行を創設したムハマド・ユヌス氏も「寡
占や独占は大きな問題である」と主張する一人です。1974年のバングラデシュ大飢饉の後、ユヌス氏が当
時勤務していたチッタゴン大学近くのジョブラ村の貧しい42世帯に計27ドルを貸し出したことから始まっ
たマイクロファイナンスは、今や世界中での国々で展開されています。またノーベル賞受賞記念講演で提
唱し、2008年に出版された「Creating a World Without Poverty:Social Business and the Future of
Capitalism」(「貧困のない世界を創る―ソーシャルビジネスと新しい資本主義」、早川書房刊)で述
べられている、資本主義を救う二十一世紀の新しいビジネスモデルとしての「ソーシャルビジネス(Soci
al Business)は、世界中で話題になり、日本でもその芽が広がりつつあります。

2009年9月下旬に北海道大学での名誉博士号授与と記念講演にため来日した際に話し合った時も、「独
占・寡占によって特定の企業が利益を多く得ている場合には、市場が反応してより多くの資本家が参加
し、また他の企業が参加し、競争が発生すると市場原理では考えられています。

しかし、実際にはなかなかそうなりません。市場の50%以上のシェアを取るようになると、企業が強くな
りすぎてしまい、新たに他の誰かが起業して参入しようとしても、資金がかかりすぎるので、競争できな
い、競争が生み出されていかないわけです。非常に大きな企業となり、政府の意思決定にも関与して影響
を及ぼそうとするのです。

また、寡占的企業はPMB(Profit Maximizing Business=利益追求型ビジネス)のことしか考えない傾向が
特に強く、『利他の心』」はありません。資本主義システムそのものを崩壊に導きかねません。」と語っ
ていました(「財界」2010年2月9日号インタビュー記事第1回「マイクロファイナンスは途上国の経済発
展にどこまで貢献できるか」及び2月23日号第2回「日本は『利他の心』で世界に貢献していって欲しい」
参照)。

「利他の心」とは、他人の利益をはかることで、日本に古くからある哲学です。ユヌス氏も「ソーシャル
ビジネスは日本人の心の中にある考え方ではないか」と語っています。自分だけよければよいというので
はなく、他の人も含めて全体の利益を考えることが大切な時代に入りました。

独占及び寡占的な傾向は、一人ひとりのやる氣を阻害し、チームやグループの潜在的な能力を発揮させな
い大きな要因となっている社会経済システムといえます。それに、ようやく人々は気づき始めているので
す。

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