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長屋の花見 (二)

 家主(おおや)さんが話します。
 「ご覧よ、ここに一升びんが三本あらあ。それに、この重箱の中には、蒲鉾(かまぼこ)と玉子焼きが入ってる。お前たちは、体だけ向こうへ持ってってくれりゃいい。どうだい、行くか?」

 「行きます、行きますよ。みんな家主さんの奢(おご)りとなりゃ、上野の山はおろか、地の果てまでも…… 」

 「そうと決まれば、これから繰り出そうじゃあないか…… 今月の月番と来月の月番は幹事だから、万事、骨を折ってくれなくちゃあいけねえ」

 「はい、かしこまりました。おい、みんな、家主さんに散財(さんざい・金銭を使うこと)を掛けたんだから、お礼を申そうじゃねえか」

 「どうもごちそうさまです」

 「どうも、ありがとうござんす」

 「へい、ごちになります」

 「おいおいおい、そうみんなにぺこぺこ頭を下げられると、どうも俺もきまりが悪い…… まあ、向こうへ行ってから、こんなことじゃあ来るんじゃなかったなんて、愚痴(ぐち)が出てもいけないから、先に種明かしをしとこう」

 「種明かし?」

 「ああ…… 実はな、この酒は酒ったって中味は本物じゃねえんだ」

 「えっ?」

 「これは、番茶…… 番茶の煮出したやつを水で薄めたんだ。ちょっと酒のような色つやをしているだろう」

 「いいですよ。番茶なんぞは、向こうのへ行けば茶店も幾らもありますから」

 「これを酒と思って飲むんだ。あまりガブガブ飲んじゃあいけないよ」

 「何だ、悦(よろこ)ぶのは早いよ。おい、様子が変わってきたよ、こりゃ。お酒じゃなくて、おチャケですか。驚いたね。お酒盛りじゃなくて、おチャケ盛りだ」

 「まあ、そういったところだ」

 「俺も変だと思ったよ…… この貧乏家主が、酒三升も買って、俺たちを花見に連れて行くわけねえと思った…… でも、家主さん蒲鉾と玉子焼きのほうは本物ですか?」

 「それを本物にするくらいなら、五合でも酒のほうに回すよ」

 「すると、こっちは何なんで?」

 「それもなんだ、重箱の蓋(ふた)を取って見りゃ分かるが、大根に沢庵(たくあん)が入ってる。大根のこうこ(漬物のこと)は月型に切ってあるから蒲鉾、沢庵は黄色いから玉子焼きてえ趣向だ」

 「こりゃ、驚いた。ガブガブのポリポリだとさ」

 「まあ、いいじゃあねえか。これで向こうへ行って、『一つ差し上げましょう、おッとっと』というぐわいに、やったりとったりしてりゃあ、傍(はた)で見てりゃ、花見のように見えらあね」

 「そりゃそうでしょうけど…… どうする? しょうがねえなあ、こうなったら自棄(やけ)で行こうじゃないか。まあ、向こうへ行きゃあ、人も大勢出てるし…… 」

 「ガマ口の一つや二つ…… 」

 「そうそう、落っこてねえとも限らねえ。そいつを目当てに…… 」

 「そんな花見があるもんか」

 「じゃ、みんな出掛けようじゃあねえか。おいおい、今月の月番と来月の月番、お前たち二人は幹事だから、早速、動いてもらうよ」

 「こりゃ、とんだときに幹事になっちまったなあ…… へい、家主さん、何でしょうか?」

 「その後ろの毛氈(もうせん・動物の毛で出来た敷物の一種)を持ってきておくれ」

 「毛氈? どこにあるんです?」

 「その隅にあるだろう」

 「家主さん、これはむしろ(わらで編んだ敷物)だ」

 「いいんだよ。それが毛氈だ。早く毛氈、持ってこい」

 「へいッ、むしろの毛氈」

 「余計なことを言うんじゃねえ。いいか、その毛氈を巻いて、心ばり棒を通して担ぐんだ」

 「へえー、むしろの包みを担いでね…… こいつぁ花見へ行く格好じゃあねえや。どう見たって猫の死骸を捨てに行くようだ」

 「変なことを言うんじゃねえよ…… さあ、一升びんはめいめいに持って…… 湯飲み茶碗の忘れるなよ。重箱は風呂敷に包んで、心ばり棒の縄に掛けちまえ。さあ、支度はいいかい。今月の月番が先棒で、来月の月番が後棒だ。では、出掛けよう」

 「じゃあ、担ごうじゃねえか。じゃあ、家主さん、出掛けますよ。宜しいですね。ご親戚のかた揃いましたか?」

 「おいおい、葬(とむら)いが出るんじゃねえや…… さあ、陽気に出掛けよう。それ、花見だ、花見だ」

 「夜逃げだ、夜逃げだ」

 「誰だい、夜逃げだなんて言ってるのは?」

 「なあ、どうもこう担いだ格好はあんまりいいもんじゃねえなあ」

 「そうよなあ。しかし、俺とおめえは、どうしてこんなに担ぐのに縁があるのかなあ?」

 「そう言えばそうだなあ。昨年の秋、屑屋(くずや)婆さんが死んだ時よ」

 「そうそう、冷てえ雨がしょぼしょぼ降ってたっけ…… 陰気だったなあ」

 「だけど、あれっきり骨揚げには行かねえなあ」

 「ああいう骨はどうなっちまうんだろう?」

 「おいおい、花見へ行くってえのに、そんな暗い話なんかしてるんじゃねえよ。もっと明るいことを言って歩け」

 「へえ…… 明るいって言えば、昨日の晩よ」

 「うん、うん」

 「寝ていると、天井のほうがいやに明るいと思って見たら、いいお月さまよ」

 「へーえ、寝たまま月が見えるのかい?」

 「燃やすものがねえんで、雨戸をみんな燃しちまったからな。この間、お飯(まんま)を炊くのに困って天井板剥(は)がして燃しちまった。だから、寝ながらにして月見ができるってわけよ」

 「そいつは風流だ」

 「おいおい、そんな乱暴なことをしちゃあいけねえ。家が壊れてしまうじゃねえか。店賃の払わねえで…… 」

 「へえ、すみません…… 家主さん。大変なもんですね。随分(ずいぶん)、人が出てますねえ」

 「大変な賑(にぎ)わいだ」

 「みんないい扮装(なり)してますね」

 「みんな趣向を凝(こ)らしてな。元禄時分には、花見踊りなどといって紬(つむぎ)で正月小袖(こそで)をこしらえて、それを羽織(はお)って出掛けた。それを木の枝に掛けて幕の代わりにしたり、雨が降ると傘をささないで、それを被(かぶ)って帰ったりしたもんだそうだ」

 「へえ、こっちは着ているから着物だけれども、脱げばボロ…… 雑巾(ぞうきん)にもならねえな」

 「馬鹿なことを言うんじゃねえ。扮装でもって花見をするんじゃねえ。『大名も乞食もおなじ花見かな』ってえ言うじゃねえか」

 「おい、後棒。向こうからくる年増(としま)、いい扮装だな。凝った、いい扮装しているなあ。頭の天辺(てっぺん)から足の先まで、あれでどのくらい掛かってるんだろうな?」

 「小千両は掛かってんだろうなあ。たいしたもんだ」

 「おめえと俺を合わせて、二人の扮装はいくらぐらいだ?」

 「二人が素っ裸になったところで、まず二両ぐれえのもんだろう」

 「それは安すぎだな。向こうが千両で、こっちが二人、合わせて二両、どうだ、家主さん褌(ふんどし)を二本つけるが、五両で買わねえか?」

 「よせよ、ばかばかしい。通る人が笑ってるじゃねえか。 ……それ、上野だ。あんまり深入りしねえほうがいいぞ。どうだ、この擂鉢山(すりばちやま)の上なんざ。見晴らしがいいぞ」

 「見晴らしなんてどうでもいいよ。なるべく下のほうへ行きましょうよ」

 「下では埃(ほこり)っぽい」

*こちらにGyaoで放映中
[ 入船亭扇橋 「長屋の花見」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000511030/ ]

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