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音頭取りの師匠格の方から、音頭に関することを聞かせていただきました。
以前は音頭というものは、面白いものではなかったが、昭和の初期に浪曲が流行っていたときに、音頭に取り入れたら面白かろうと、音頭取り達が皆で競って浪曲を音頭に合わせて取り始め、それが当たって音頭のブームになったそうである。ラジオで普段から聞いている浪曲を、音頭取りがどう取るのかということで、会式踊りに人がたくさん出て、身動き出来ないほどの盛況であった時代があったとのことでした。音頭を聞くために矢倉の下に縁台をおいて聞く方もいたとのことで、また矢倉のない地区でも縁台を取り囲んで会式踊りをしていた地区も沢山あったそうである。上手く取る人は大変評判になり、人がたくさん集まり、凄かったそうである。
私はそのような歴史を知らない者だから、先人の音頭のテープを聴いて、文字で書き出し覚えて今に到っているが、昔は音頭取り達は自分で、浪曲を音頭にどう取り込むか考えて取っていたということを聞くと、驚くばかりである。
今私が十八番にしている、「玉菊灯籠」の話しや、「吉田御殿」の話しも前段、後段と聞かせていただき勉強になった。
師匠格の方は18歳で音頭を志し、19歳で師匠につき会式にて音頭を取り始めたとのことで、今は58歳である。経験年数を聞くと37年という。3年くらいはあまり熱が入らずブランクがあったようである。最初はしばらくは5分くらいしか取れなかったそうである。
若いときの想い出もいろいろ聞かせてもらう。音頭を取りに行った地区でお嫁さん候補を見つけて相談したら、高校生になる子持ちだった云々楽しそうに話してくれました。
音頭を取るについての心構えや、工夫についての指導もいただきました。
私のように、師匠につかず、二本のテープだけで聞き覚えた音頭なので、前読みも一つしか知らない。その方はいろんな引き出しをもっておられて、自在に音頭を取られるので、上達するにはこれを盗み取るしかない。フラメンコにしてもそうだが、気づくのが60になってからのことなので、先があまり無い。でも出来る様になっただけでもうれしい。師匠格の方から、音頭取りとしての待遇を受けているのだから。
あと10年は、病気にならない限り、精進して師匠格の方に追いつきたいと思っている。川崎音頭も甚句もそのつなぎも取れるようになって来たので、次回は自信を持って取れるように練習をしておきたい。
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